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2018.10.02 (Tue)

【妻】コミュニケーション

母の介護は大変だけれど、こんな期間がなければ味わえない特別な時間でもあります。むしろ、すぐに死んじゃったりしないで、母の残された時間に伴走するための、かけがえのない時をくれたことに、感謝しています。

最近、母の足をさすったり、頭をなぜたり、隣にピターっとくっついて寝たり、肩を組んでみたり、やたらベタベタしているのですが、そんなことが臆面もなくできるのも、こんな時期だからこそ。


母の隣でしょっちゅう寝転がってるムスメ

だから、この介護生活、私にはそれほど苦にならないのです。父と違って、毎日が介護ってわけでもないし、日常的に寝不足だったりもしないしね。これから長期化した時にどう感じるかはわからないけれど・・・

実際に介護が始まるまでは、「私は結構身勝手なところもあるし、子供の頃、 “お父さんやお母さんが死んだら、私、ちゃんと悲しめるのかなぁ?” と悩んだこともあるので(なんでそう考えちゃったのかは謎)、親の介護をするような状況になったとき、そんなこと、本当にできるんだろうか?」と心配していたのですが、いざそうなってみると、案外ふつうに自然にやれるもんだ^ - ^

母がわがまま言っても、おしっこ失敗しても、パジャマの上からズボン履いちゃっても、あんまり腹がたったりはしないんです(何度も書くけど、これは私が毎日母を看ていないからだと思う。毎日一人で母を看ている父は、もうほんと、かなりストレス溜まってるはず)。

でもね。コミュニケーションが取れなくなってくることは、たまらないですね。

少し前まで、大変ながらも、何かおかしいことがあると、わはは!って笑いあっていたのに、楽しいことや嬉しいことがあっても、喜ばそうと思って何かしても、反応がないことがある。いつもじゃないのです。今もわははは笑ってることもしょっちゅうあるのです。でも、たまに、寂しいぐらい反応がない時がある。

これは、ほんと、こたえます。

いろんな大変なことがあっても、にっこりしてくれたり、ありがとうって言ってくれたり、笑ってくれたりしたら、それだけで帳消しになるけれど、何も反応がないとぐったり疲れてしまう。

父が要介護申請をするときに書き留めた、母の様子を表す文に、こんな感じのがありました。うろ覚えですが…

「楽しみにしている2人のお茶の時間に、交わす言葉がないのは寂しいことです。」

この最後の一文を読んだ時には、涙がポロリと出てしまった。

父がこれを書いた時から2ヶ月も経っていないのに、このところさらに、急にコミュニケーションが取りにくくなって、びっくりするような行動も増えてきました。父も私も、そのスピードに面食らってしまって、ちょっと参っています。

そんな状況だからなのかな。
先日、また母の横に寝転がって、小さい声で
「おかあさん」って呼んでみたら
「なぁに」
と、子供の頃に聞いた母とおんなじトーンで返事が帰ってきました。
本当にふつうに「なぁに」って。
ただ、それだけなのにじわ~っと涙が出てしまった。

ふつうに「なぁに」って返事をもらえることが、こんなにスペシャルな、嬉しいことだなんて、知らなかったよ。

子供の頃の私は
この「なぁに」が聴きたくて、
何度も何度も母を呼んだんだろうな。

そして、母は何度でも「なぁに」って、応えてくれたんだろうな。

お母さん。
お母さんは、やっぱり私にとって特別な、特別な人です。


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