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2016.03.05 (Sat)

【妻】旅行⑧money is

私がこのツアーに参加した目的は、できるだけシンプルな循環する暮らしを実際にみてみたい、体験してみたい、というものでした。

実際に見てみて、体験してみてどうだったか?

う~ん、とってもいろいろ考えさせられました。

初めはね、マリコン村に答えがある、ぐらいに思ってたかもしれません。忘れっぽいので、ツアー前に何を考えていたか忘れちゃいましたが、なんか、そんな感じだったような気がする。

でも、結局、答えなんてないんだな~という、当たり前のことを、再確認しました。

「答えがない」ってどういうと?

例の自己紹介での日本人と村人とのやりとりに、いろんなことが凝縮されていたように思います。
むどんなやり取りだったかというと、動物とともに暮らす循環生活を夢見る日本の青年が、自己紹介のときに、とてもまっすぐな気持ちで "Money is dirty" と言ったら、それを受けて、マリコン村の元教師の女性が "Money is important" と言ったんです。

そう、そうだよね。

お金は、たぶん、善でも悪でもない。ただの便利な媒介物。武器と交換して人を殺せば、悪いものにもなるし、困っている人を助けることに使えば素晴らしいものにもなる。

でも、私たちは知ってしまったんだよね。
お金はとっても便利。でも、その便利なお金と、それを介したとても効率的な分業が行き過ぎれば、ひどい格差を生み出し、多くの人を苦しめることを。

お金が目的になった時、人はずいぶん不合理で近視眼的でひどい選択を平気でするということを。環境保全よりお金。人の健康よりお金。未来の私たち自身より今のお金、というように。
そして、いざという時は、お金は食べられないことも知りました。紙切れだからね。これは、震災の時に骨身にしみたな。

だから、私たちには、マリコン村の人たちが、金銭的には貧しくとも、自分たちの手で米を育て、野菜を育て、動物と暮らし、そうやって暮らしの糧を得て、とても豊かな暮らしをしていること、お互いに支え合いながら、幸せそうに笑っていることが、本当に尊いことだと思えるんだ。

一方、マリコン村の人たちは、お金でできることの幅広さを知り始めていて、というか、よく知っていて、現金を稼ぐために、多くの人が町を出る。

私たちのホストマザーは、結婚してすぐ、サウジアラビアと香港に出稼ぎに行き、一度帰って第一子をもうけて、次は台湾に出稼ぎに行き、も一度帰って第二子をもうけて、キプロスに出稼ぎに行き、そこに7年いて、旦那様のジミーが大病をして手術を受けることになって、ようやく帰国したんだって。そして、またすぐ出稼ぎに行こうとしたけど、ジミーがもう行くな、ここで一緒に年を取ろうと言ってくれて、マリコンに留まったんだって。

男性は出稼ぎと言っても適当な仕事を得ることが難しいけれど、女性のメイドさんなら、たくさん需要があるから、フィリピンではお母さんが出稼ぎに行くのも珍しくないみたい。しかも、勤め先を紹介してくれるエージェントにバカ高いお金を払うために、借金をしてまで、出稼ぎに行くから、最初の数年は借金を返すだけで終わっちゃうんだって。だから、雇い主ファミリーが、例えば暴力を振るったりする人で、途中で帰国してしまうと、借金だけが残っちゃうというわけ。

子供がほんの小さい、一番可愛い時期に、母親がその子の側に居なくて平気なわけがない。でも、その可愛い子供を置いてでも、借金というリスクを負ってでも、子供の教育費のために、家を建てるために、家電を買うために、出稼ぎに行く。どんなに後ろ髪引かれたことだろうね。「長く家を空けていたから、子供達、父親の方に懐いているのよ」と、少し寂しそうに話すラケルは、本当に絵に描いたように優しく包容力のある、母性が満ち溢れちゃってるような女性なんだよ。

ラケルのような愛情豊かな母親が、そこまでの犠牲を払ってでも必要とするお金を、つまらないものだと決めつける権利など、誰にもないよね。

親しくなって、「日本にも来てね!」なんて、言ってみても、「あなたたちは、またこの村に来られるけど、私たちは日本には行けないわ~。それが問題なのよ」なんて、言われちゃったりね。確かにそうだよね。

人力脱穀を披露してくれたおばあちゃんのところだって、決して贅沢な暮らしとは言えないけれど、8人中7人が海外にいて、外貨を稼いでいるわけで。出稼ぎなしには、今の暮らしは成り立たないのかもしれない。

そういえば、唯一成功した社会主義国と言われるキューバだって、少し中に入って見てみれば、アメリカへの出稼ぎ兄弟の仕送りで経済が成り立っているような面もあったなぁ。

ラケルの家にはね、ラケルががんばったから、テレビもあるの。だけどさ、テレビは遠い国の都会の暮らしを映し出し、自分たちを惨めにさせたりもするんだよね。誰だって、そんな華やかな生活を追い求めたくなっちゃうからさ。

そして、テレビは、時に家族の会話や時間も奪っちゃったりするんだよね。私たちは、テレビにも、それが生み出す消費社会にも、もううんざりしちゃった、そんな国から来たんだよね。

でもさ、機械化と分業と資本主義が行き着くところまで行ってしまった日本の、息詰まるような閉塞感の中、電車に乗れば皆がピリピリしていて、人と人の繋がりなんて何処へやら。そんな風に暮らすことを強いられている日本人が、マリコンの暮らしから何かを学びたいという気持ちだって、これまた、切実なもので、それを否定することもまた、誰にもできないと思うんだ。

石油や電気や機械も同じ。私たちには当たり前で、むしろなるべく自然に負担をかけないように、できるだけ機械を使わずに、自然に寄り添う形でやっていこうなんて考える人もたくさん出てきているけど(私も全然へなちょこで実践できていないけど、その一人デス)、マリコン村の人々の日々の仕事が大変な重労働であることは、ほんの少しお手伝いしただけでもすぐわかる。

私は、畦作りだって、脱穀だって、とてもマリコン村の人々のようにはできないし、日本では、自分の小さな田んぼや畑も、機械に頼って作ってる。

もちろんマリコン村の人に、あなたたちの暮らしはそのままがいいんだから機械を使うな、なんて、絶対に言えっこない。当然だけど。

だからね、答えはナシ!

幸せの形は、きっと、自然との調和と、手作りの喜びと、暮らしの快適さと、周りの人との調和と、そんなこんなのいろいろな要素が、複雑に織りなして紡ぎだすもので、人それぞれ違うからね。

私はこれからも自分の心地よい地点を探り続けていくし、それが、できるだけ自然との調和を壊さないものであって欲しいと願いながら、日々を丁寧に生きるだけ、なんだよな!ってことを、再確認した旅なのでありました。

でも、一つ確かなのは、何でも自分の手で作り出し、直し、加工し、循環させてしまう男と女は、文句なしにかっこいいってこと。働く手足は、文句なしにクールだってこと。ほんとに惚れ惚れしちゃうよ。

マリコンには、村の伝統をちゃんと受け継いでいる若者が一定数いて、とても眩しい。すごいことだと思う。棚田のおかげで車が全く入れないことが、この村の伝統と精霊たちを守っているのかもしれないね。

今回のツアーの参加者でもあり、山岳民族出身のボーイフレンドがいるめいちゃんが、FBでこんな事を書いていました。

「ひと通りの発展を終えた国からきた私たちは、いまもお金をあまり使わずシンプルだけど絆に溢れ心豊かな生活を続けている人たちに、そのままでいてほしいと願わずにはいられない。

それでも彼らが望むなら、彼らの暮らしが少しずつ近代化していくのを見守ることしかできない。

でも、彼らの暮らしが決して文明に遅れていて恥ずべきものではないこと、一部の人々は彼らの暮らしが自然や地域の人々と共存できる素晴らしいもので、心から尊敬していることを、少なくとも伝えることができると学んだ気がします。

彼らの暮らしに学びたい気持ちを伝えたときの村の人の綻んだ顔と、お別れの朝泣いてくれたステイ先のお父さんの顔が忘れられません。」

うんうん、すごく共感するな~。私も、もしかしたら、あの自己紹介の場面が一番心に残るものだったかもしれないな!
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