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2019.09.17 (Tue)

災害ボランティア装備


今回の千葉県の災害支援ボランティアに参加してみて、作業時の服装やあると役立つ装備品を書き留めてみました。(他のサイトも参考にしました)

【服装・装備】
・長袖長ズボン
・着替え服・下着
・帽子
・靴(安全靴または安全中敷)
履き慣れたトレッキングシューズなど
底が厚くてすべりにくく防水タイプの
靴に安全中敷がおススメかな
・丈夫な靴下
・ゴム張り軍手
・タオル(首に巻けるもの)
・ティッシュ
・大型ウエットタオル
・マスク
・ゴーグル
・レインウェア(上下に別れたもの)
・防寒着・カイロ
・携帯・充電器・予備バッテリー
・ヘッドライト
・予備電池
・リュック(手ぶらになれるように)
・ウエストポーチ(貴重品入れ)
・水(1日1から2リットル)
・保温マグまたは小さいペットボトル
・自分の食物(1000kcal/1食)
・箸
・おやつ・飲み物・アミノバイタル
・ビニール袋(大・小)
・保険証
・身分証
・絆創膏・とげ抜き・テーピングテープ・常備薬
・ボールペン・メモ帳
・ボランティア保険書類
※地元の社会福祉協議会で加入しておき
ましょう。ネットでも加入できるサイトが
開設されました!(年間350~710円で加入可)

ボランティア保険ネット加入へリンク


【手持道具(腰に付ける・あると役立つ)】
・鉈(なた)
・鋸(のこ)
・万能バサミ
・げんのう(とんかちです)
・ペンチ
・ドライバー

【車なら】
・予備ガソリン
・長靴
・上履き
・ヘルメット
・シャベル(大型)
・バール(大型)
・ハンマー(大型)
・掛矢(木槌)
・鍬(すき)
・鋤簾(じょれん)ドブさらいなどに
・ワイヤーカッター
・丸ノコ
・発電機
・チェーンソー〈ガソリン・オイル〉

【泊まりなら】
・寝袋
・銀マット
・カセットコンロ・キャンプコンロ
・小型鍋
・トイレットペーパー
・ろうそく・ライター(マッチ)
・ランタン
・携帯トイレ

思いつく限りあげてみましたが、身軽に動けることも重要です。現場の状況に応じて臨機応変に対応できるようにしたいですね。

↓写真は車のトランクに積んでいった道具です。






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22:30  |  災害支援ボランティア  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2019.09.05 (Thu)

【妻】もう嫌だ!


久しぶりにOADセラピーを受けました。



OADセラピーというのは、
溝口あゆかさんという方が考案したもので、
インテグレーテッド心理学という心理学の
考えに基づいたセラピーです。
→OAD


私は昨年度、このOADセラピーを習っていて、
勉強のためもあり、定期的にセラピーを受けていました。
これからも、定期的に受けていきたいなーと思っています。

で、かなり久しぶりに、昨日
柳本ようこさん
→ようこさんのブログ
のセラピーを受けました。

そしたら、「もう嫌だ!」
という言葉が飛び出てきました。

この想いを抑圧していたんだなー。

母の介護2年目に突入し、
母と居ること、母のケアをすること自体は、
全然嫌じゃないんです。
むしろ楽しいんです。

でも、次々と新しい事態に見舞われ、
それに対処していかなきゃいけない。

母の状態の大波小波に応じて、私の心も大波小波。
それを受け止めていかなきゃいけないことが
「もう嫌だ~!」だったみたい。


とはいえ、結構自由にいろんなことやってます。

看取り士の資格も取り、
先日は「看取りを考える会全国大会」に岡山まで行き、

サルサも相変わらずへたっぴだけど自分たちでやっていて、
月一で甲府のパーティに出かけ、

OADの勉強も続け、
その繋がりで友達になった方に講師をお願いして
NLPのワークショップ開いてみたり、

私自身もいろんな人にモニターセッションやらせてもらったり、

去年に引き続き、毎月、雑穀の料理教室に通い、

田んぼは諦めたけど麦は収穫できたし、
大好きなDIYも結構やってる。

ときどき主人といろんな催しに出かけ、
小旅行にも行き、

毎日一緒にいる人とは違って、
「介護してます」と大きな声で言えないぐらい
本当に好き勝手やってます。

だけど、それでも、
「もう嫌だ」だったんだなー。

その声を聞いてあげられていなかった。


好き勝手にやってるからこそ、
そんな思いがあったなんて、気づかなかった。
出てこないように抑圧してた。

たぶん、
「私もちゃんと楽しんでる、オッケー」って、
言い聞かせてた。


だから、このところうっすら苦しかったんだな。
目から鱗だった。
やっぱりOADすごいなー!


もう受け止めたくない。
もう嫌だ。

だけど、父や私(ときどき兄)しか受け止める人いないじゃん。
なら受け止めるしかないじゃん。
と思ってた。

だから、それ前提での、好き勝手でした。


だけど、「もう嫌だ。もう受け止めたくない!」って
言ってよかったんだね。
我慢して飲み込まなくても、よかったんだ。


人間だから、生きてるから、
いろんなこと思うさ。
生きてる証拠だ。

どんな想いがあっても大丈夫。
ありのままで大丈夫。

OADの基本です。


やっぱりいいセラピーだな~♪










10:37  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2019.09.04 (Wed)

【妻】映画 みとりし


映画「みとりし」、
公開前に観るチャンスをいただきました。

とても、とても、感動の映画でした!

医療関係者には、抵抗感を持つ方もいらっしゃるかも、と思っていたのですが、

近くで観ていたお医者様も
ずーっと泣きっぱなしでした!

その、共感力豊かなお医者様にも、
別の意味で感動でした。

映画の中で、「看取り士」の仕事がちゃんと描かれているかというと、正直かなりズレがあるし、「それは看取り士の仕事じゃないよなぁ」というようなこともいっぱいありました。

でも、

「病院でなく、家に帰る。
家で最期を迎える」
と望んだ本人と、

その想いを受け止めた家族と、

それぞれが決めた覚悟に対する
ご褒美のような優しい時間が、

静かな優しさの中で描かれていました。

私は、母の姿と重なりまくって、
最初から涙ボロボロ
鼻水グシュグシュ。

日本看取り士会の柴田会長いわく

看取る家族が、旅立つ人から
「命のバトンを受け取る」

という一番大切なところが
十分に描けていなくて、

第2弾を作りたいぐらい。

ということですが、

それでも、私は、
とても感動しました。

静かな、静かな、派手なところの何もない映画なのに、なんであんなに泣けたんだろう?ってぐらい。

9月13日から各地の映画館で
ロードショーが始まります。

とってもおススメです。
ぜひぜひぜひぜひ
観てもらいたい映画です。

それに、この映画が成功すれば
今度は、看取り士の真髄に迫る第2弾が制作されることになるかも!
と思うと、ワクワクします。




映画上映スケジュール

看取りを語る現役官僚さんの記事

予告編


14:20  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2019.09.04 (Wed)

【妻】孤独


母の介護が始まって以来、初めて
母にイラッとしました。


これまで何度も書いてきたように、
父に対してはすぐイラッとしちゃう私ですが、
母に対しては自分でもビックリするぐらい、
どこまでも寛容でした。

何をやっても、かわいいかわいい、いいよいいよ、でした。


でも、先日、自分の中で、母に対して
イラッという感情?感覚?が走ったのを感じました。

何がきっかけだったかは忘れてしまったのだけれど、
その時の思いは
「家族一丸となってこのプロジェクト(母をサポートするプロジェクト)に、懸命に取り組んでいるのに、自分だけリタイアしちゃって!」
っていうような感じでした。

論理的にはあり得ないんですけどね。

母をサポートするプロジェクトに、
母がサポート側として一緒に取り組むって、
論理が破綻してる。

でも、そんな感じでした。
「何で一人だけさっさと降りちゃったの?」
みたいな。

「私を一人ぼっちにしないで」
みたいな。

「母を頼りにしたい」とか、
「母に聞いてもらいたい」っていう気持ちが、
まだ、こんなにあったんだなぁ~。

もうすっかり大人なのに。


何もかも初めての経験ばかりで、
「どうしたらいいのかわからない」という焦燥感。

何をしても、どんなにいいように見える変化があっても、
大きく見れば、下り階段というのを、
受け入れなければならない悲しみ。

誰も私ではない。
どんなに共感して、わかってもらえたと感じても、
その人は私自身じゃないという孤独。

どれもこれも、もう最初っからわかっていた当然のこと。
あたり前のことなのに、
それが本当には受け入れられず、
こんなに抵抗して、
こんなに凹んでいたんだなぁ。

「私以外の誰も私ではない」
という、どっからどう見ても当たり前の、
あたりまえすぎる事実がもたらす孤独に、
55歳にして、初めて気づいたような気がしています。

14:06  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2019.09.04 (Wed)

【妻】切ない電話



珍しく夜父から電話がかかって来ました。

私は呑気に甲府でサルサを踊っていて気付かず。

そしたら、これまた珍しく「折り返し電話が欲しい」と、留守電が入っていました。




ドキドキしながら折り返してみると、
母の夕食を済ませて、
歯磨きや着替えも済ませて
ホームから帰ってきたところ、
すぐに母から電話が来て
(電話がかけられたところがすごい!)

「どうして来てくれないの?
ご飯も食べていないし、
もうお腹が空いて死にそう!」

と訴えられたそうで。

父、おろおろ。


鎮痛剤やモルヒネのパッチをやめて、
意識が大分はっきりして来たと思っていた矢先なので、
父にとってはかなりショックだったみたいです。


「お母さんは、やっぱり認知症だねぇ」
と父。

いや、うん、それはもう、そうだよね。
もちろん薬の影響もあったけど、
認知症であることは、もう随分前から
認めざるを得ない事実だよね・・・
と心の中で思ったけれど、

「そうだね」などと、言葉を濁しつつ、
ひとしきり話を聞いて、

「もし、心配だったら、お兄さんに電話してみたら?」と言ったら、そうしたみたい。

兄(一応、医師)は、
「状態には波があるから、そういう時もあるよ」
という感じのことを言ったらしく、
父も少しホッとしていました。


父はまだ母を認知症と認め切れていなかったんだなぁ。

そう思うと、切ないなぁ。


人は、こうやって大波小波を経つつ、
少しずつ壊れていくのかな。

本当にね、「弱っていく」というより、
「壊れていく」っていう感じなの。

お母さん。

とっても切ない夜でした。


14:02  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)
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