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2019.06.25 (Tue)

【妻】後戻り

痛み止めのリリカをやめても
母の傾眠傾向は続き、


おやつ中の母。寝てます。


状況はさらにひどくなっています。

何度言っても、どうやっても、
ベッドでパンツを脱いでおしっこをしてしまう。

夜中に何度も何度も、シーツを変え
着替えをし、、、
全て総とっかえで、
その後の洗濯。


こりゃ、介護する側が、もちません。


トイレに座るときも、
便座にお尻を向けて座ることができなかったり、
少しお尻をずらすことができず、
ぴょんっと立ち上がってしまったり、

一番ひどかった頃に
後戻りしてしまったようです。

母の中で何が起きているのだろう?



介護は、よくなることを想定して
計画を立ててしまうと、辛い時がありますね。


母は、ユマニチュードをやりだしてから
すごくしっかりしてきていたので、
家に帰ってきてもらおう作戦で
父と頑張っていましたが、

「ここまで来たら、一息」
というところになかなかたどり着けない。


大きーい目で見れば、
死に向かってすこーしずつ衰えているわけなので、
一時的に悪くなったものが、
一時的に挽回したとしても、
それは部分的な揺れで、
全体は下がってきている。

それを、上り階段と勘違いして、
次のあそこの踊り場で一息つこう、
なーんて思っていると、
その踊り場に、
永遠にたどり着けなかったりするわけです。
全体が下ってるから。

一歩一歩階段を上っているつもりが、
全体を見れば下りエスカレーターだった、
みたいな。


そのことを、ようやく理解しつつあります。
遅いわっ!



目の前でみるみるうちに母が
壊れていってしまうのは、なかなかに辛いです。


でも、どこまで行っても、
その人の尊厳は失われないんですね。

…ということも、だんだん
実感としてわかってきました。

だから、辛いけれど、なんとか受けとめられるんだな。


まあ、ほんとに、学ぶことの多い日々です。



お母さん。
これから、何が起きてくるのかな?

どんな状況であっても、お母さんが最期まで
少しでも幸せでいられますように。




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22:07  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2019.06.23 (Sun)

【妻】母の傾眠傾向

本当にまあ、次から次へと
いろいろ起きてきます。

これまでも寝ている時間が多かった母ですが、

今回の一時帰宅では、

食事以外はほぼ寝ていて
(横になっているだけでなく、
ぐーぐー寝ている)、

食べながらもコクリコクリしてしまうぐらい。

口だけはモグモグしていますが、
目は完全に瞑っていて、

まっすぐ座っていられず、
父にもたれかかってしまいます。


おやつタイムの2人。
「仲が良さそうでつっかえ棒!」
(以前の母の名言)


これ、「傾眠傾向」と呼ばれる症状のようです。



原因はいろいろで、母の場合、
痛み止めのリリカや、モルヒネパッチかなぁ。

でも、ずっと前から使っているのに、
こんなのは、初めてです。

全体的に体力が落ちているからなのか?

痛み止めに限らず、長年の薬の蓄積が原因の可能性もあるそうです。



夜も、寝る前にリハビリパンツを履き替えるのを嫌がり、なかなか履き替えてくれません。


とにかく何をするのも億劫。
特に人に言われてやるのは、なおさら億劫。


なんとか一段落し、
今日は父が母のそばで寝てくれるというので、
私は2階に上がって寝たのですが…


ウトっとしたところで、
父からのヘルプ・コール。

母、半分リハビリパンツを脱いで
おしっこをしてしまい、
パジャマやシーツを汚してしまっているのに、
起きて着替えることすら嫌がります…

こんなこと、今まで一度もなかった。


なだめても、すかしても、
頑として動かず、
無理に動かそうとすると、とても嫌がります。

「嫌だ~」
「何もしない」



熱も特になく、血中の酸素濃度も脈も正常。

どうしちゃったんだろう?


小一時間かけて、
根気強くいろいろと働きかけていたら、
ずっと瞑っていた目が、なぜかパッとあき、
その瞬間に父と目が合うと、なぜか大笑い!

その勢いでなんとか起きてもらって
パンツとシーツとパジャマを取り替えます。

そして、真夜中の洗濯。


父、またすっかり自信をなくして、
「ああ、情けない」
「もう自信ないよ」
を連発。


散歩に連れ出したときは、
昔の父復活かと思ったんだけどなぁ。


うわーん、お父さん。
お父さんは何も情けなくないよ。

私たち、精一杯やってるよ!

・・・なーんて、心の中で父を慰めていたら、
私より先にいびきをかいてます。


案外たくましい父であった。

よかった^ - ^;


ついしん1
父、その後、夜6回起こされたそうです。
父が倒れてまう!>_<
っていうか、わたしが変わればよかったのに、
何やってんだ、わたす>_<


ついしん2
主治医と相談の結果、ひとまず痛み止めのリリカをやめてみることになりました。


ついしん3
父の要支援申請について、改めてケアマネさんに電話して、手順を具体的に一つ一つ聞いたら、全体の地図が見えてきて安心したのか、父、また申請に向けてやる気になってくれてます。

また、ケアマネさんに「コープくらしたすけあい」のお掃除サービスや、調理サービスのことも教えていただき、早速電話をしてみたところ、とてもいい感じ。

今度、私が帰省する際に、コーディネーターが話を聞きに来てくださるとのこと。ありがたい!


ついしん4
すみちゃん(ダンナさんの妹で介護の仕事をしている)によると、看取り体制に入って、薬をやめたら状況が好転して、そこから2年も生きた方もいらっしゃったとのこと。


介護は、
行き詰まりかと思うと、少し光が見え、
の連続ですね。


何が起こるかわからない中、
いろいろなサポートが、ほんとにありがたいです。















23:28  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2019.06.22 (Sat)

【妻】父の要支援申請


父が、だんだん大変そうになってきました。

もともと緑内障で目が見えにくいのですが、

先日は、ひと玉の1/4ぐらい余った玉ねぎを、翌日のみそ汁にでも入れようと思って、器にポンと置いておいたら、

それをご飯だと思って、ラップして温めて、お茶碗に移す段になってようやく気付くという事件?があり・・・

すごく心配になってしまいました。


「母に家に帰ってきてもらう」

という目標に向かって、二人三脚でがんばってきたつもりでしたが、

途中、母がインフルにかかったり、

脚のけがをしたり、

少し調子が上向きになったと思うと、なにか邪魔が入る感じで、

なかなか実現できませんでした。



その、実現できない要因の一つに、
とうとう、「父の衰え」というのが入ってきてしまいました。



母の認知症がひどくなる前までは、
父は毎日散歩をしていました。

そして、本当に80代には見えない元気さで、溌剌としていました。


この頃は、まだまだはつらつ父さん




父は、緑内障の目薬のせいで、脈が遅くなってしまう「徐脈」という症状があります。

そのせいで、午後になると頭が痛くなるそうなのですが、

散歩をすると、ふくらはぎのポンピングが活発になるためか、
頭の痛いのも治り、調子がよかったのです。


でも、母の認知症が進んできてからは、散歩にも行けておらず、この一年で急激に衰えてきてしまったように感じます。


いろいろ考えた末、父も要支援を取った方が、母を迎えやすいのではないか、

そうでなくとも、要支援を取っておけば安心じゃないか、

と思い、先日、父にそう提案したら、「そうだね」と、やけにすんなり承諾してくれました。

なのですが、、、

ケアマネさんにその話をし、いざ書類を揃える段になって、「主治医がいないから」と父、却下。


こうなってくると、母に家に帰ってきてもらう目処も、なおさら立ちにくくなってしまいます。

うーん。

着地点が、、、

見えない。


そう思うと、そわそわフワフワと落ち着かず、遠い目になってしまう自分がいます。


父にも、母にも、私にも、優しい着地点は、どこかにないものか?


もう何が起きるかなんてわからないし、母のことも、他のことも、基本、流れにお任せするしかないなぁと思ってはいるのですが、

どこかで「この状況をなんとかコントロールしなきゃ」って思っているんだろうな、私。

だから、着地点がみつからないと、そわそわ落ち着かなくなっちゃう。
とほほ。


まー、なんとかなるさ、
なんくるないさぁ~!



作り置いたおかずには、このぐらい大きい字の説明書きが必要、の図。



ついしん

今日は、父を散歩に連れ出し、1時間ぐらい歩いてきました。気持ちよかった!

父の脚力も、体力も、気力も、散歩習慣を取り戻せば、まだまだ復活しそうな予感♪
よかった!!!

気持ちいい散歩道のある環境って、ありがたい♪


そして、屋外活動ついでに、庭の梅の収穫も。


梅をとる父



とられる梅。南高梅だから、デカイ!



今年は豊作だぁ~!!!

重いけど、少しもらって帰って
梅干し漬けようっと。


父とどっちが美味しく漬けられるか、競争だ!























16:16  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2019.06.22 (Sat)

【妻】ありがとう:ダンナ編


最近、しょっちゅう三重の実家に帰っているので、当然、自分の家が疎かになりがちです。

ただでさえ、千葉と山梨の2拠点暮らしでややこしいのに、三重が加わって、実質3拠点。

ふぅ。


でも、ダンナさんは、文句も言わず、
いつも気持ちよく送り出してくれます。






ほとんど浦安に帰れなかったりしても、
「いいよ、いいよ」って言ってくれるし、

浦安でも都留でも、
缶瓶のごみと、段ボールは
全部まとめて捨ててくれるし、

洗濯もやって、たたんでおいてくれるし、

今なんて、浦安の洗濯機が壊れているから、
コインランドリー通いして、私の洗濯物もやってくれているし、

浦安の家に人が泊まりに来るのに、全然掃除できてないとなれば、

「今週は、お風呂掃除がテーマ」といって、
おふろピッカピカにしてくれるし、

都留の仲間のひろちゃんの田植えが手伝いたいのに手伝えないな~って、
FBでつぶやいていたら、
山田家代表で田植えのお手伝い行ってくれるし、

いつも、笑わせてくれるし、

頼りになるし、

ナツキータの読書会で、参加理由を言ったときの話をして、

→読書会の記事


「たんだんシンプルになって、人の奥の奥のピュアな部分を信じられるようになってきた気がする。座禅やっているからかな?OADのおかげかな?」

って言っていたら、

「そうだね。でも、一番は、きっとお母さんのおかげだね」

って、言ってくれて。

その言葉がすごく優しくて。



きょうじ、本当にありがとう。
心から。







16:01  |  暮らし  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2019.06.22 (Sat)

【妻】読書会


都留の仲間であり、農的暮らしの先輩&師のナツキータが主催する読書会に行ってきました。

読んでいる本は
田中 茂樹 (著)『子どもを信じること』



平日の午前中ということもあり、参加者はほぼ子育て中のお母さん。

子どものいない私が参加するのもどうなのか?
と思いつつ、本のタイトルに惹かれたことと、ナツキータに久々に会いたかったのとで、思い切って参加してみました。

そしたら、皆さん気持ちのいい方で、
子供のいない私でも、
何の違和感もなく受け入れてくださり、
とても楽しく、気づきの多い時間でした。

最初に簡単な自己紹介の時間があり、
名前と、どこから来たかと、この会に参加した理由を30秒以内で話すことになりました。

「理由といっても、なんとなく興味があったことと、ナツキータに会いたかったことだしなぁ」なんて思いつつ、「なんで興味があったのかな?」って考えながら、話してみました。

そしたら、話すうちに、「あー、そうだよね」って自分でも思って、納得しました。



最近の母の様子、

今、母のお世話をさせてもらえていること、

母が見せてくれたた命そのもののピュアな輝き、
→ブログ 命の輝き

去年から習っているOADというセラピーを
学べば学ぶほど
どんな人が、どんな状態にあるときでも、
心の奥の奥の一番深いところには
抱きしめたくなるような、けなげで、ピュアで、かわいらしい想いや感情が
じーっと声を聞いてもらえるのを待ってるんだなって、感じていること、

マイペースで、ゆるゆる座禅をしていること、



そういうたくさんのことから、影響を受けて、

父や母や、ダンナさんや、
周りにいる人や、学生のことを、

前より素直に、まるごと信じられるようになってきている気がして、

物事へのわだかまりがどんどん溶けてきて、


そんなタイミングだったから、
「子どもを信じること」というタイトルにとても惹かれたんだと思う。

考えてみると、いろいろやってきたもの全てが、
なにかをプラスするのではなく、マイナスする方向に向かっている気がします。

足し算でなく、引き算。


引き算のイメージ図^ - ^(きれいな写真入れたかっただけ)

OADで思い込みを手放し、
かこさんの顔コリとりマッサージでコリを手放し、
母の命の輝きを見て看取り士になって、死への恐怖を手放し、
つぶつぶ雑穀料理で、一人ご飯は、ご飯とみそ汁とつけものだけで十分、となって、

いろーんなことがどんどんシンプルになってる。

それと同時に、いつも元の元の、一番シンプルな何かに触れているような感覚があり、

だから、人を本当に信じられるようになってきた気がするのです。

元の元の、一番シンプルな部分は、みんなピュアだから。


ナツキータ、ステキな場づくりと、
学び多き読書会をありがとう♡









15:58  |  その他  |  トラックバック(0)  |  コメント(2)

2019.06.22 (Sat)

【妻】母の手紙


1月に母がインフルエンザで入院したとき、
治療の時間以外は話しかけられる機会もあまりなさそうだったので、

せっかく大分回復した認知症が、また一気に悪化してしまっては困ると思い、毎日のように母にハガキや手紙を書きました。

→手紙を書いた時の記事

そうしたら、母、それをいつまでも覚えていて、

私が帰るたんびに、「浩子に手紙をたくさんもらったのに返事が書けていない」
と言って、返事が書けないことを気にしているようでした。

そんなの、気にしなくていいのにね。

今の母は、手紙書くのも頭や字がぐちゃぐちゃになっちゃって、一苦労なんですよね。

でもね。

今日、都留の家に久しぶりに戻ったら・・・

来てました。

母からの手紙。



父からの「何日もかかって書きました。」というメモが添えられていて、

涙が出ちゃいました。

お母さん、ありがとうね。
大事にとっておきます。

何度も読んじゃうな、きっと。

手紙の文面にある、「健と浩子の4~5才位の写真が出てきて」っていうのは、
たぶん、私が以前作ったフォトブックの中の写真だと思うんだけど、
(少し前にホームに行ったとき、そのページが開いてあったから)

フォトブックのページを繰りながら、
「あ、子どもたちが可愛い時の写真が見つかった!」
って思ってくれたなら、すごく嬉しいな。

お母さん、また手紙書くね!




15:10  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)
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