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2018.11.22 (Thu)

【妻】新しい関係


一つ前のブログで
「父と母の間に生じている新しい関係について書きたかった」
というようなことを言いましたが、
今日は、そのことについて書いてみようと思います。

父、毎日ホームに入り浸っています。
そして、いま、ユマニチュードという武器を手に入れました。

母、何でもないときは、よく下を向いてごみを拾っています(これも症状の一つなんだと思う)。
疲れているときや、機嫌が悪い時は、下を向いて、ぼそぼそ話します。
でも、疲れてもいなくて、ごみも拾っていないときは、よく父の顔を目で追っています。
父と話すときも、3人で話しているときも、父と私が話しているときも、
本当にしょっちゅう。

母、父を頼りにしているんだろうな。
父、本当に母の助けになりたくて必死で母に向き合っているんだろうな。


母が今のような状況になって以来、
私は毎日定期便のように実家に電話をしています。
初めのころは母は電話口に出てほんの少しでも話ができたのですが、
どんどんそれもできなくなり、今はもっぱら父と話しています。
(あ、でも、母、最近は少し回復してきて、電話口にも出てくれるようになりました!)


さて、前回の帰省の翌日、父に電話すると・・・

私「今日はどう?」
父「うーん、一言でいうとね、機嫌が悪かったね。」

この日、母は一時帰宅から直接デイケアに行き、
そのまま隣接するホームに戻る日。
昨日は「ホームがいい」なんて言ってたから、
ショックながらも少しほっとしていたのですが・・・

父「何か嫌なことがあったっていうんだけどね、 聞いても、わかんないとか、忘れちゃったって言うんだよ。」
私「そうかぁ。なんだかわからないけど、嫌だなっていう気持ちだけが残ってるんだろうね」
父「そうだねぇ。美子(母の名前)がそんなに元気がないと、僕もつらいなあって言ったら、“明日になったら、治ってるよ”なんて言うんだけどね」
私「へー。すごいこと言うね」
父「ね。時々ハッとするようなこと言うよ」
私「じゃあさ、あんまり気に病まなくていいよ。時によって気分が変わるだけだよ。
お母さんの感情に振り回されてたら身が持たないからさ。
 お父さんはいつも変わらず愛情だけを伝えてあげるのがいいと思うな。
  顔を手で包んで、“かわいいねー。大好きだよー”って言ってあげたら?」
父「浩子はそういうのが上手だけどね。なかなかできないねぇ」
私「でもさー、お父さんがやってあげたら、お母さん、ものすごく嬉しいと思うよ。私がやるよりずっと喜ぶよ!」
父「そうかねー」
私「いや、そこはね、確信あるよ。
お母さん、お父さんのこと大好きだから、
私がやるよりずーっとずーっと効果あるよ!」
父「そうかねぇ」

と、言いながら父、少しうれしそう。

そう。そこだけは自信あるのです。
母は父のことが大好きなので、
父に構ってほしいのです。

一方、父も、
私が母をハグしたり、
「かわいいねー、大好き!」って言ったり、
添い寝したり、にかくべたべたしているのを
隣で、ちょっぴり羨ましそうに見ていたりして、
そんな父に、私も気づいていました。

母がボケちゃう前は、そんなことをやってみようとも思わなかったと思う。
でも、母がだんだん複雑なことがわからなくなって、
ほんとにほんとにシンプルな感情だけが最後に残っていくのかな
という感じになってきて、
その感情にアプローチするために、私たち、必死。

だから、父は本当に真剣に母と向き合っています。
そんな父と母を見ていると、
これって、この状況にならなければ生まれなかった関係なんだろうなーと思います。

それはなんというか、とても、暖かくて、悲しくて、キラっとしていて、根本的です。
なんか、意味不明ですが、そんな感じです。


今、カウンセリングの勉強をしていて、
その課題として「思考観察」というのをやっているのですが、
浮かんでは消え、浮かんでは消える、
とりとめもない考えや思いと、そこにくっついている感情は、
全く自分でコントロールできないというか、していないというか、自動的と言うか、
ほんと、浮かぶがままです。

「これを考えよう」と思って考えていることは、ほとんど(いや、全く?)なく、
自分の意志とは関係なく勝手に浮かんでくる。
その意志でさえ勝手に浮かんでくるものだったりして、
あー、人間の思考っていい加減なもんだなーと思ったりします。
思いや感情に操られているだけで、
自由意志なんてないんじゃないの?とかね。

しかも、思いや考えが去っても感情が残っていたりして。
面白いもんです。


そんなこと思いながら母を見ていると、
母は人間の思考や感情の在り方の原型に戻っていっているだけなのかなーと、思ったりします。
その時に浮かんできた思いと感情に素直に反応しているだけ。

だからなのかな。
今の父と母を見ていると、
「根本的」っていう言葉が思い浮かびます。

もう、根っこのところでしか通じ合えないから、
土の下の根っこを必死で探して、
見えないどこかで相手を探り当てて、触れ合おうとしている。
そんな感じです。

なんだか、言葉がうまく探せなくてまどろっこしいのですが、
なんとなく、そんな感じ。

そんな父と母の時間、
あってよかったのかもしれません。

そんなこと言うと、父に怒られるかもしれないけれど、ないより、あってよかったのかもなって、思います。


父と母



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2018.11.20 (Tue)

【妻】疲れた~(>_<)


2週間ぶりに実家に帰ってきました。

父も私も、そろそろお互い、母のサポート体制を持続可能な形にしなきゃねという話になり、私は試しに1週間帰省せずに過ごすことにしてみたのです。

久しぶりの実家と母、前日までは早く会いたいな~とワクワクでした。

ユマニチュード効果で母の回復は目覚ましく、帰省の前々日の父との電話では、父が家からホームにいる母に電話してみたところ、15回ぐらいなって、母が出た!というニュースもあり、父と二人で大喜び。

会わないうちにそんなに大きくなって、じゃない、そんなに回復しちゃって!

いよいよ帰省当日。
「ただいまー!」と帰ると、母、なんと台所に立って食器をあちこち移動しています。

おー!これは!!

しかし、片付けているのかと思いきや、全く見当違いのところに持っていき、それをまた別の見当違いのところに動かして、とやってます。

うむむぅ。いいんだけど、これ、次使う時、絶対探しまくって、イライラするやつだ(>_<)

ま、いっか。
「お母さん、ただいま!」と顔を覗き込むとなかなかいい表情。
ホッとします。

でもね。
少し落ち着いて、机を挟んで向き合って座って、バッチリ目を合わせられる態勢で話しかけても、下を向いていることが多くて、なんとなく元気がない。父に聞くと、昨日はいろいろ大変だったのだとか。

まー、いろいろあったのね。

で、私、こんなタイミングで聞かなきゃいいのに、母の元気なさが気になって、
「ウチの居心地はどお?」とか、、、
聞いてしまいました。

母「まぁまぁだねぇ」
私「まぁまぁかぁ」(内心ちょっとハートブレイク)
私(よせばいいのに)「ホームとどっちがいい?」
母「どっちがいい?」と父の方を振り向いて父に聞きます。

(あ~なんか、言いにくいことあるんだな~。スパッと言えないんだな~きっと。)

私「お父さんに聞いてもわかんないんじない?」
母「やっぱりホームかねぇ」
父・私、内心ガガーン!

な、なぜ?
その時その時の気分で言うことは変わるので、昨日の「大変だった」ことが響いてるのかな?
何があったの?お母さん。
↑説明がややこしいので何があったかは省略しますが、あとで父に聞いてみても、私から見たら、それほど大したことではないのです。

いやぁ、ハートブレイク!
父も私もショックです。

でも、その反面、少なくともホームがそんなに嫌じゃないんだと思うとホッとする部分もあります。

母曰く「ホームは、いいことも嫌なこともある」そうです。

そのホームに負けるってことは、うちもだいぶ嫌なことがあるのね~(>_<)
凹むわ。

そんなスタートだったせいか、今回の帰省は、なんだかどっと疲れてしまいました。

ケーキも食べたし、散歩もしたし、ボール遊びも、ババ抜きもして、大笑いもしたけど、何か心に穴が空いたよう。

父もため息が多く、かなり疲れてました。
きっと私よりショック、デカかったよね。


今後、母の暮らしをどうするか、私たちも考えていかねばならないので、今回の滞在で何度か母に同じような質問をしてみました。

「ホームは居心地いい?」
「家はどお?」
「こんな風に時々家に帰るのはどお?」
「明日ホームに戻るのはどお?」
などなど。

そしたら、母は、ホームにいて、時々家に帰るのがいいようです。

そうかー、そうなのかー。
父も私もてっきりホームより家がいいんだと思い込んでたよ。

でも、ここからは私の推測だけど、母がホームがいいと言うのは、たぶん家だと、父がバタバタと家事やら母の世話やらをしていて、母の扱いがどうしても雑になってしまいがちだからなんではないかと思うんです。

その点、ホームだと、父はずーっと母と向き合っていられるからなんではないかと。

父、本当にずーっとホームに入り浸ってるから、きっと寂しくもないしね。

実際母に
「ホームはいい?」と聞いた時…
「そうだね、まぁまぁだね」(一貫してます)
「嫌なことはない?」
「嫌なこともあるけど、いいこともあるよ」
「お父さんもいつも来てくれるしね」
「そうだね」
↑この「そうだね」の時に目が一瞬パッと開いてすごく力を持ったのを、言葉にとても実感がこもっていたのを、娘は見逃しませんでしたよ、お父さん!

つまり、母の言うホームは、父込み込みのホームなのかなと。

そう伝えたら、父、少し嬉しそうでした。

ま、でも、やっぱりハートブレイクだよね~(>_<)

そんなわけで、父も私も、なんだか気が抜けたと言うか、ちょっとショックというか、いつもよりぐったり疲れてしまった一時帰宅なのでした。


それと、立つ、伝え歩きする、言葉を交わす、と言う点では、たしかに大進歩しているのだけれど、認知症が少しずつ進んでいるのかなと思う部分もあり、そのことも、父と私を疲弊させる一つの要因だったと思います。

例えば、一緒におやつを食べて、さて、私はもう帰るね、となった時にも、私には目もくれず、別のお菓子のところに行って、お菓子の缶と格闘していたり。

皆でご飯を食べ始めるのがどうしても待てずに、食卓に出ているものから、手や楊枝で食べ始めてしまったり。

それを父に注意されて、意固地になって、ご飯を楊枝で食べ続け、最後まで楊枝で食べてとんでもなく時間がかかったり(あ、これがさっき説明を省いた「大変だった」ことです)。

家族としては、なんとも寂しさを感じずにはいられない出来事が少しずつ増えているように感じます。

そんなわけで、介護が始まって初めて、とてもとても疲れた気持ちで新幹線に乗っています。

私がこんなに疲れてるんだから、父、大丈夫かなぁ?


本当は父がユマニチュードを始めて、父と母の新たな関係性が生じていることとか、書きたいと思っていたのですが、なんだか、話が違う方向になっちゃいました。

現実は、なかなかキビシイですな!



私が子供の頃恒例だった、かもおばあちゃん(父の母)と行く藁とり。父の兄弟と、私たちの従兄弟が大集合。


おまけ

私が自宅に帰り着いて実家に電話すると、父が
「さっき、お母さんがお風呂に入りたいって言い出してね」と言います。

お風呂は、母、大好きなのですが、脚力が弱まったのと、痛み止めで頭がふわっとしてしまうのとで、バスタブから立ち上がれなくなり、溺れかけて、父が必死の思いで救出というのを何度もやっています。

それが続くようになったため、家での入浴は避け、随分前からデイケアで入らせてもらっています。

しかも、今は、その頃より脚力はずっと弱くなっています。

それでも父、「じゃあ、お水溜めていないバスタブで練習してみて、出来たらにしよう」と言って、練習してみたのだそう。そしたら、練習するうちに母の気が変わり、シャワーがいいと言い出したそうで。

「結局シャワー浴びて、 今着替えて、一段落してね。 これから歯を磨くところ」とな。

どこまで優しいんだ、父。
あんなに疲れてたのに。

お母さん、昔よく
「お父さんと結婚して本当に良かった」
と言ってたよね。

娘は今思うよ。
あなたのその言葉は、全くもって正しいです!

ほんと、お父さんと結婚して、良かったね、お母さん。






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2018.11.06 (Tue)

【妻】愛の伝染?


母がホームに入所することが決まった時、
父と兄が相談して、母用に「ボタンを二つ押せば父に電話がかけらる」という
ものすごくシンプルなガラケーを母にプレゼントすることにしました。

実際は、母、「電話をする」ということを思いつかないので、
今まで一度もその電話が使用されたことはなく、
今のところ、ホームの棚の上に鎮座しているのですが、
最近の母を観ていると、「この調子ならそのうち使えるようになっちゃうかも?」
と期待が湧いてきます。

でも、今回の話は母のことではなく、
父が母のスマホをガラケーに変更しに
docomoショップに行ったときのことです。

ここからは、父からチラっと聞いただけの話なので、うまく再現できるか分かりませんが・・・
(ちなみに、シャイな父は、お調子者の私が「わー、いい話!ブログに書こうっと」と言ったら、即座に「書かなくていいよ~。やめといて」と言っておりやした。けど、とってもいい話なので書いちゃう!)



あ、その前に、前知識として、
そのdocomoショップ、人がいつも足りておらず、
そんなに混んでいる風でもないのに、平気で3時間ぐらい待たされます。

先日は、4時半ぐらいにiphoneの充電ケーブルを買いに行ったら、
「今は3時間待ちで、しかも、今日はもうキャンセル待ちでしか受け付けられないんです」
とのこと。

思わず、
「え?あそこにあるあのケーブル、買うだけですけど、3時間待ちですか?」
と聞き直してしまいました。

田舎の人手不足、すさまじいです。
ちょっと融通きかなさすぎじゃない?とも思いましたけどね。


てなわけで、そんな、てんてこ舞いなはずのdocomoショップなのですが、
母の電話の「スマホ→ガラケー」の機種変更を予め予約し、
父がお店に行くと、若い男性の方が対応してくださったそうです。

なぜスマホからわざわざガラケーにするのか、
父がその理由を説明するために、
「何の機能も要らない。とにかくこの人(電話の主の母のこと)とつながって、話ができればいいんです」というようなことを言ったのだとか。





すると・・・

どんな流れでそういう話になったのかはわかりませんが、その男性、今奥さんとうまくいっておらず、昨日も大げんかをして、離婚しようと書類まで用意していたことを話してくれたそうです。

そして、
年老いた妻のために歩いてdocomoショップまでやってきて、
スマホをガラケーに変更するために
「ただこの人とつながって、話ができればいい」
と言う父に感動したと言い、
だんだん涙声になってきて、
「私も、もう一度考え直してみます」とおっしゃったのだそうです。

そして、すごく親切に何もかもをスムーズに手続きしてくださり、
出口まで見送って、店の外にまで出て、
最敬礼で送り出してくれたそうです。


ごく普通に考えて、
父は特別のことは何もしていないと思うのですが、きっと、その男性の感性が豊かだったんでしょうね。


あまりにも意外な話にびっくりしてしまいましたが、
なんだか、心があったまりました。


母が今のような状態になってきて、
起きたことをいろいろダンナさんに話すと、
これまた、どんな流れだったかは
忘れちゃいましたが、
ダンナさんが
「きっと、今のお母さんは、今のお母さんの役割を果たしているんだよ。
ひろすけ(私の呼び名)に命を全うして死んでいく姿を見せるとかね」
というようなことを言ってくれたのですが
(・・・こう書くと、なんか言葉が強い感じになっちゃいますが、そうやって生と死を引き継いでいくんだね的な感じです)、

お母さん、思いがけずdocomoショップでも、小さな役割を果たしていたようです^_^


P.S.
前回ブログで一時帰宅のことを書きましたが、
一時帰宅終わりの時間が近づいてくると、
一家の末っ子で一番泣き虫の私は、
まだお迎えさえ来ていないのに、
もう、うるうるしてしまいます。
涙もろいのはいくつになっても治らないですね(>_<)っていうか、加速している気がする。

母に「これは悲しいことなんだ」と思って欲しくないのに、あきまへん。

一方、母はとってもクールで、
お迎えの方が車椅子を持って家に入ってきたら
「誰が乗るの?」と言ってましたw

母、いいぞ!ふるってる!
ま、母が乗りましたけどね。

洗濯物を取り入れたりするために、
私はしばらく家に残り、
父が付き添ってホームに帰ったのですが、
そろそろ私もホームに行こうかな~という頃、
私の携帯が鳴りました。

誰かな~と思ってみると、
表示されているのは母の名前。
「おー!お母さん、電話、かけられるようになったの~?!」
・・・ということは、さすがになく、
一緒に行った父が手取り足取りで
電話をかけるように促したようです。

でも、最初から母の声で出てくれて、
すごーく嬉しかった!
父と兄とdocomoショップのお兄さんの愛の電話、
初めて役立ちましたっ!!!

さあさあ、お母さん。
私たち、これからどんな人生を歩んでいくことになるのかねぇ♪












14:42  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.11.06 (Tue)

【妻】母、一時帰宅


母がホームに入居する際、
「まずは部屋を借りてみて、週何日かだけステイするというところから初めてみよう。
そうすれば、私たちがいよいよ窮地に追い込まれた時はホームに頼ることができるし、もしも、母がどうしてもホームに慣れないようなら、部屋を返上することもできる。」
と思いながら一歩を踏み出した私たちでしたが、

→「物語」


ホームに入所したとたん、人が変わったような母の変化。

→「母の変化①」

→「母の変化②」

→「母の変化③」

私たちは母を家に再び受け入れる自信をすっかり失ってしまいました。

でも、母は、私たちが思うほど弱くなかった。
だんだんと回復を見せてくれました。

→「母、プチ回復」



そこで、二泊三日で初の一時帰宅をやってみることになりました。

せっかくホームに慣れたのに家に帰ったら、
再び環境が変わることで、また混乱してしまうのではないか(今度は家のトイレの位置がわからなくなったりとか)?
一度家に帰ったら、もうホームに戻るのが嫌になってしまうのではないか?
ホームに戻ったときに、またまた環境が変わって大丈夫なのか?

などなど、小さな不安材料はありましたが、とにかくやってみないとわからない。
もしかしたら、将来的に再び家に拠点を移せるかもしれない。

いつものように期待と不安を行ったり来たりしつつ、でも、ちょっとわくわくしながら母を迎える準備をしました。

父の話では、母、家に一時帰宅する数日前から、
飛躍的に調子が良くなったらしく、
前々日には脳トレ本の平家物語をすらすら読んで、20代のスコアを出していたそうです!

そして、帰宅日当日。
有り難いことにホームが車を出して下さいました。

その日、私は仕事だったので、
兄夫妻が来てくれました。
兄の下の娘(母の孫)も、ボーイフレンドとお伊勢参りの途中で寄ってくれました。

いつになく賑やかで、みんなで母の好物のうなぎを食べに行き、一人前ペロリと平らげたそうです。




母、上機嫌。


翌日、私が帰省したときには、
むしろ入所前よりむしろいい状態でした!
顔色も表情も、話す内容も
とってもしっかりしているし、
箸でご飯を食べられるし、
トイレも一人で行けます。
一時期はあんなに落ち込んだのが嘘のよう。

母と私と2人で童謡カラオケもやりました。
2人で歌いだすんだけど、
途中で2人とも歌詞がわからなくなっちゃって
ピタッと歌が止まってしまいます。
そのタイミングが同じすぎて、大笑い。

ユーチューブで「歌詞付き」カラオケ動画を出して、楽しみました^ - ^


それにしても、この母の回復。
これは、ショック療法なのか!?
それとも、ユマニチュード効果なのか!?
帰宅か楽しみすぎる効果なのか???

→「ユマニチュード」

ただ、一時帰宅することを決めてそれを伝えたときはそこまでの反応はありませんでした。
むしろ、「どうしてそんなことするの?」
と、父に聞いたと言います。
その意図は、わからないのですが…。

となると、やはりユマニチュード効果なのでしょうか。
それ以外に何も変わっていないので、
おそらく、たぶん…
それぐらいしか理由が思いつかない。

特に父は、ほとんどホームに住んでいるんじゃないかというぐらい
せっせとホームに通い、せっせとユマニチュード を実践してくれていたみたいです。
私も帰省する日は、せっせと通い、せっせとユマニチュードをやりました♪

とはいえ、父も私も実際にやったことといえば、
しっかりと目を合わせてコミュニケーションをとり、
母を大切に思う気持ちを折に触れて伝えたことぐらいです。
たいした労力も要りません。

なのに、効果は、絶大。
いや、ほんと、すごい。

この回復は、おそらく ユマニチュード 効果だろうと思う理由の一つに、
母の目が父の顔を追っている時間がすごく長くなっているというのがあります。

以前は、話をしていても、ぼんやりと視点を落としていることが多かったのですが、
今は、例えば、父と母と私と三人で話していても、ほとんどの時間、視線は父の顔に注がれていたりします。

それと、前より父に頼ることが多くなった気がします。

以前、一番お世話をする人が嫌がられてしまうという話を書きましたが、

→「ヤなこと言う人」

今は、父をちゃんと一番頼りにしている感じ。


母が少しわけがわからなくなって、何か変なことを始めてしまったときにも、その効果を実感します。

そんな時は、手で顔を優しく包んで、目をしっかり合わせて、
「お母さん、これはこっちだよ」
などと言えば、ちゃんとわかってくれるのです。

これまで、そういうときは、母の視野が狭くなっているので、どんなに優しく諭しても、愛を込めて接したとしても、こちらの言うことにはほとんど耳を傾けてもらえませんでした。

いやー、ほんとに、ほんとに、すごい。
すごいです。
(ボキャブラリーがなさすぎる)


改めて、 ユマニチュード のことを教えてくれた
やのっち、すみちゃん、だんなさん、
ユマニチュードの紹介をしてくれたNHKさん、
ユマニチュードを開発して世界に広めてくれているジネストさんに、感謝です!!!



今後についてですが、
「これなら母に再び家に帰ってきてもらえるかも!」
と思う一方、
ユマニチュードを意識的にやるのには、
「母がホームにいて、私たちが会いにいくという形の方がいいのかも?」
と思ったりもします。

家にいると、家のワサワサの中に母は溶け込んでいて、
それはそれで、たぶん幸せなことなんだけど、
ザ・ユマニチュード !って感じになりにくいことも、
今回の一時帰宅で実感しました。

一つ一つ目を合わせて伝えるっていうのが、
日常のワサワサにかき消されがちになっちゃうんです。

健康な私たちは、そのワサワサの中で情報を投げたり、キャッチしたり、投げ返したり、
っていうことが何の苦労もなく、平気のへーできるのだけれど、
母は本当に一つ一つ、一対一で丁寧に伝えないと、そこから取り残されてしまうのです。


その点、ホームにいると、母に集中できるというか、そうするしかないから、
ユマニチュードも実戦しやすいなという印象です。


もし、母の他に二人いれば、
例えば食事の時なども、
一人が夕食の支度をし、一人が母にご飯だよと伝えに行き、
その際に、しっかり目を見て伝えて、一緒に行こうと促すこともできます。

だけど、それが一人だと、なかなか毎日毎食そういう風には行かないものです。
一回ぐらいできても、なかなか持続可能ではありません。

そんなわけで、今後、どうしていくかは、また何度か一時帰宅をし、
ユマニチュードの実践のことなども考慮して、
父や兄と話し合いながら、少しずつ考えていきたいと思います。

いずれにしても、小さな希望が見えてきました。


P.S.
と思っている矢先に、
母、帰宅二日目の夜、おしっことウンチを失敗してしまいました。
自分の備忘録も兼ねているので一応書いておきます。

母、自分でもわかっていて、私がベッドからシーツをはがしている横で、
「黒いのは、何それ?ウンチか⤵︎ 嫌だねぇ・・・」
などと言っています。
自分のしたことが分かってしまうのも、逆にかわいそうなもので、しょんぼりしています。

いや、これは、なかなか前途多難です。





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2018.11.04 (Sun)

田んぼに麦播き

今年の田んぼは、収量こそ上出来でしたが、20年以上耕作放棄地だったため、田んぼの半分以上の稲が濃い緑色になってしまいます。

これは、土のバランスが崩れているためのようで、この3年で徐々に良くなってはいるのですが、まだまだです。

濃い緑になるのは、窒素過多だったりするのではないかと、、、あと、土壌検査の結果、苦土石灰が異常に多いようです。

そこで、余分な栄養を吸収してもらうために、稲刈りが終わった田んぼに小麦をまいてみることに。麦は肥料食いだそうで、土壌の改良にもつかわれるそうです。

まずは春に間伐した雑木で炭焼きした炭をまきました。


ちなみに炭焼きは、モキ製作所の無煙炭化器でやっています↓




後は、窒素過多のバランスを整えるためにケイカルを60キロまきました。



その後、トラクターでかき混ぜます。


そしていよいよ、麦播きです。
種まき機を使って撒いてみました。



ちょっとトラクターがけが弱かったですね。
土がゴロゴロです。

筋蒔きで約50センチ間隔です。

上から土を軽くかけていきます。

うまく芽がでるかな、、、
ちなみに小麦の種類は「ゆきちから」で、寒さに強いそうです。


追記)
2週間後、芽が出ました!
22:37  |  稲作2019お休み  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.11.03 (Sat)

脱穀から精米

今年の夏は猛暑に豪雨・台風などに見舞われ、実家の事でも色々あったため、今年の米作りはもうダメかと途中で諦めかけたのですが、仲間の力強いサポートのおかげでなんとか収穫まで、たどり着く事ができました。

雨の中、はざがけした時↓


水分量計で測りつつ↓


3週間後。16%を切ったので、脱穀することに↓



今年は近所の方が田んぼを辞めざるを得なくなり、脱穀機を安く譲っていただけることになりました。ただ、メンテナンスにそこそこ費用はかかりました^_^;


でも、おかげで快調です!



この脱穀されたお米が袋に落ちた時に、やった、、、って感動するんです、、、


約4時間で3畝分すべて終わりました↓


そして、収穫したお米です↓


籾で210キロありました。
田んぼ約3畝(300㎡)での収穫量としては、上出来です^_^

ちなみに玄米換算だと80% で168キロ、白米換算だと70% で147キロ。日本人の年間平均お米消費量が一人60キロ(一日約1合)らしいので、夫婦二人だと、田んぼ3~4畝あれば食べていけることになります。

いただきま~す!


うま~~い😭
やっぱり新米最高です!!

今年の米は、皆さんの支援無くしては出来ませんでした。本当にありがとうございましたm(_ _)m

そして、今年はもうひとつ、勉強のため、隣町の田んぼ(5畝)をお借りしており、そちらの収穫量は330キロ。合計540キロ。

田植えや稲刈りの手伝いをいただいた皆さんに、お配りしますね~^_^

追記)
お米の保管は、「玄米キーパー」というお米圧縮袋に入れています。





21:56  |  稲作2018鹿留西桂  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)
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