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2018.10.30 (Tue)

【妻】ユマニチュード


ダンナさんの妹すみちゃんと、サルサ仲間で介護職のやのっちから、NHKのためしてガッテンで「ユマニチュード」という介護の取り組みについてやっていると連絡をもらいました。

同じ頃、ダンナさんからは、「こんなん録画しといたよ!」と、やはり「ユマニチュード」の番組情報をもらいました。

ありがたい。気にしていてくれて、知らせてくれること、録画してくれること、本当にありがたいです♡


さて、この「ユマニチュード」素晴らしいです!


ためしてガッテン

ユマニチュードの記事



私もさっそく実践してみました。

なんとなく自然にやってたかな~と思うこともいっぱいあったけど、「目を見る」の徹底ぶりが、私は全然できていなかった!

もう、このジネストさんの見つめ方が半端ない。

「私をみて~!」とばかりに、いや、実際そう言いながら、逸らされた目も捉えに行く。

こんなに無遠慮なほどにやっちゃっていいんか?と思うけど、それによって、相手の表情がどんどん変わっていくのです。

母にやってみると、照れながらもちょっと微笑みが出ます。

とはいえ、なかなかジネストさんのようにはいきません。

がっ。無理くりでも目を合わせて、「お母さん、大好き~♡」って伝える、ハグして「大切~」って伝える。

諦めずに、少しずつ根気よくやってみようとおもいます♪




「ユニマチュード」の創始者ジネストさん
(https://helpmanjapan.com/article/5140
から勝手に拝借。ごめんなさい)




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2018.10.30 (Tue)

【妻】母、プチ回復!

入所一週間弱、母が、少し落ち着きを取り戻したのか、少しずつ回復しつつあります。

ご飯は、お箸は使えないのだけれど、スプーンとフォークで器用に食べています。

トイレも、なんとか、私と二人で一歩一歩歩いて行けるようになりました。

そして、リハビリパンツをあまり脱がなくなりました。

おしゃべりも大分できるようになり、長い話はできなかったり、名詞が出てこなかったりはするけれど、2,3言ずつの言葉のやりとりはかなりできます!

ただ・・・
元気がない。
表情が暗い。
下を向いて、なかなか目を合わせてくれません。

頭が少しはっきりしていろいろ分かってきた分、
「こんなところに送り込まれた」っていう考えが湧いてきちゃって、ショックを受けているのかな?

とか。

私もいろいろ考えちゃいます。


母がこんなに元気がないのは辛いなぁ。
トイレに行けないのも辛いけど。

贅沢なのかもしれないけれど、でも、感情が動かない、喜びを感じないというのは、やっぱり、見ていて辛い。

またまた「家に連れて帰ろうか」病が出てきます。

でも、いやいや。
これ以上ずっと家で看つづけるのは無理だから、ひとまず施設に入ったんだし。
施設に入ってから、もっと無理になっちゃったし。
いや、やっぱり無理でしょう。
そんなことしたら、お父さんが先に死んじゃうよ。

とか。

また、グルグルしてます。


父とも話していたんだけど、私たち、大分往生際が悪いです。
とほほ。

きっと、家族って、こんなもんなんでしょうね。
行ったり来たり。
決して割り切れない。
そんなこと、簡単にはできない。



ここまで介護生活をしてきて思うのは、私のこだわりポイントは「母の感情」なんだな、ということです。
誰でもそうなのかもしれないけれど。

歩けなくても、トイレに行けなくても、一人で食べられなくても、母がご機嫌さんなら、そんなに辛くない。

けど、母に元気がなかったり、悲しそうだったり、寂しそうだったりすると、とたんに無茶苦茶凹む。

だから、先週に比べたら、とっても良くなっているのに、なんだか気が晴れないのです。

はぁ、贅沢な悩みでしょうか?

でも、死へ向かう道のりを、出来るだけ穏やかに、心豊かに、満ち足りて過ごしてほしいと願うその心の働きは、私自身に止められるものでもなく、元気のない母を見ると、やはり心が痛みます。
はぁ。



私にとって、少し嬉しいのは、ほかの入所者さんと、少しずつコミュニケーションが生まれてきたこと。

食堂で会う人、廊下をすれ違うお隣さん、よく散す歩している人・・・今度、お部屋訪問したいな~って、企み中です♪





子供の頃、家族でおばけスイカを作ってみたときの写真(撮影 父)




18:02  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.10.26 (Fri)

【妻】介護保険制度



私は、母の介護が始まってから、初めて介護保険の仕組みを知りました。

また、介護付き有料老人ホームと特別養護老人ホーム(特養)の違いが
如何に大きなものであるかも、初めて知りました。

あんまりややこしくて、うまく書けるかどうかわかりませんが、
ちょっとトライしてみます。

まず、特養は、介護のいろいろがすべてついてくるホームです。
とはいえ、おそらく介護保険の範囲内でいろいろなことを対処するので、
その点は、介護付き有料老人ホームと同じなのですが、
特養に入るとそれまでのケアマネさんの手を離れ、
特養が介護保険の運用もしてくれます。
だから、「すべてお任せ」できるのです。
また、人の配置も潤沢です。

一方、介護付き有料老人ホームは、すべての介護が自動的についてくるわけではなく、「この住居を借りると、介護保険のサービスをつけられるだけの施設とスタッフがいますよ」ということのようです。

私はホームの入居が有料かどうかという点が、最も大きな違いだとばかり思っていました(もちろん特養も有料なのですが、かなり安い)。

でも、そうではなく、入居費(家賃)もそれなりに高いのですが、
入居後のサービスは、ほとんどすべてオプションで、
たいていはケアマネさんが介護保険の点数と照らし合わせて、
これはつける、これはつけない、と決めてくださるのです。

上手く伝わりますかね。
えーと、要は、入ったからと言って、自動的に必要な面倒を見てもらえるわけではないのです。

朝の介助30分(早朝値段)
夜の介助30分(夜間値段)
デイケア利用
訪問看護
訪問医療
食事介助
汚染されたベッドの洗浄
洗濯
ヘルパーさんによる部屋の掃除
介護ベッド貸し出し
車椅子貸し出し

などなど、これらすべてに値段がついてきます。
それが介護保険で賄える範囲内なら、10%の自己負担、
それをはみ出たら、全額自己負担で、かなり莫大な出費となります。

たとえば、
母の介護ベッドは月々1万3千円ぐらい(介護保険を使えば、一割負担で月々1300円)です。
他のものの値段は、実は、詳しくしらないのですが、
上記のものがすべて加算されるので、かなりの額になります。

ホームに入って数日、
「なんだか着替えをしていないみたいだなぁ」と思ってケアマネさんに聞いたら、介護保険をいっぱいいっぱい使ってしまっているので、
夜の介助は入れていなかったのだそうです。
(それでも、後できいたら、施設のご厚意でパジャマへの着替えはさせてもらっていて、朝、たまたま前日と同じ服に着替え直していただけだったようです。念のため、施設の名誉のために書き加えておきます。)

定期的に必要なケアに加え、
「汚染」(何度使っても使い慣れない、この言葉)が一回あると、
昼ならいくら、
夜間ならいくら。
洗濯も回数が増えると、また一回ごとにいくら。
掃除も同様。
ってな感じ。

母の場合、朝と夜間の着替えや歯磨きなどの介助に食事介助、とにかくすべてが必要な状態になってしまったうえに、夜間の「汚染」が一晩に何回もあったりするため、このままだと大幅に自費負担分が増えてしまうと、先日、ケアマネさんから連絡がありました。

父は退職後もあれこれ仕事をして、
老後の費用をためていたし、
私たち夫婦も子供もなく共働きなので、
今のところなんとかなりますが、
この制度の実態を初めて実感として知り、
何もかもをお金に換算したサービスの切り売りシステムに、
どうしても違和感を感じてしまいます。

ケアマネさんはとてもいい人で、
すごく誠実に対応してくださるにも関わらず、
ずっと感じていた違和感の根っこは、この制度にあったことに気づきました。

ケアマネさんの仕事は介護サービスと利用者を結びつけること。
だから、利用者を見る目が、「どのサービスを提供すべき人か」という基準に、たぶんどうしてもなってしまうのではないでしょうか。

でも、母は、
朝と夜に介助が必要な人とか、
食事に介助が必要な人とか
そんな特徴以外に、
たくさんの個性を持っています。

だけど、介護保健制度自体が、
サービスの単位に当てはまるような類型で利用者を切り取らざるをえない、
そんな制度なのです。

私が感じた違和感は、「母を母として観てもらえない」、
そんな違和感だったと今ならわかります。




定年後の父と毎年楽しんでいた海外旅行


14:39  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.10.26 (Fri)

【妻】変化の理由


ホーム入居に当たって私が一番恐れていたのは
「母が見捨てられたと感じてしまうのではないか」ということでした。
そこまでいかなくても、
「母が寂しいと感じてしまうのではないか」とか、
そんな心配ばかりしていました。

だから、
母が寂しさを感じるようならできるだけ長くホームで付き添おう、
それでも寂しいようならさっさと家に連れて帰ろう、
家とホームを行き来しながら、だんだん慣れてもらおう、
と考えていました。

だから、父から「別人になってしまったようだ」と聞いたとき、
寂しさからくる抵抗感がそうさせているのではないかと思いました。

でも、今、いろいろと振り返ってみると、
母にとって最も大きなダメージは、
「物理的な環境の変化」だったように思います。

だって、一日目は、結構ご機嫌にに過ごしていたのです。
兄も来て、父も夜まで付き添って、寂しい思いはしていないと思う。
ほとんど就寝の時間まで父がいたのだから。

だけど、翌日の朝、面会時間スタートとともに駆けつけた父の目には
既に別人かのような母がいたのです。

じゃあ、夜何があったかというと、一番大きな出来事は、
「トイレに行きたいけれど、場所がわからない」
「トイレからベッドに戻れない」
だったのではないかと思います。

これで、母、すっかり混乱してしまったんじゃないかと思います。
ごめんね。本当に、ごめんね。

今思い起こしてみると、担当者会議の時に父が言っていた
「 特に心配なのは夜で、トイレなどに起きて、ここはどこなのかわからなくなってしまったり、トイレがどこかわからなくなってしまうこともあると思います。 」
という発言は、とても的を射ていて、
ずっと母に付き添っていた父ならではの言葉だったと思います。

ただ、父も私も、ここまでのダメージになるとは想像すらしていなかった。

これは私たちだけでなく、ケアマネさんも、訪問看護の看護師さんも同様で、
ある程度の時間、母と接していた方は、
皆一様に驚いて、多少なりともショックを受けているようでした。

だって、同じ部屋にショートステイで何回か泊まった時は、
そんな風な混乱はなく、
一度はおしっこ失敗があったものの、
自分でトイレに行けてもいたのです。

でも、その時より、きっともっと適応力が落ちていたんだと思います。

トイレの場所がわからないことが引き起こした混乱は、
他の運動機能や言語機能にまで及び、
母は、とにかくすっかり混乱してしまっているように見えました。

「老人、特に認知症の老人は、変化に弱い」というのは知っていたけれど、
老人は老人でも、どのぐらい弱っているかで、
移動させていい時期と、移動が大変なストレスになってしまう時期があるのですね。

「ホームにあんまり早く入れたら可愛そうだから、
もう少し限界がくるまで家族が頑張ろう」
という気持ちで入居を引き延ばすことが、
却って母のような混乱のきっかけになってしまうこともあるのかもしれません。
(まさに、これ、私たちやろうとしてました)

うちの場合は、結局引き延ばさない決断をしたわけですが、
既に遅かったようです。

ここまで来たなら、移動させずに看てあげればよかったのかもしれません。
でも、それは今になって初めてわかること。

だから、あんまり悔いはないのです。
お母さんへの「ごめんね」という気持ちはあるけれど、でも、私たちの選択はその時点での精一杯でした。

今は、今の母に寄り添っていくことが、
唯一できることです。


お母さん、これからもよろしくね。



お正月に集まった子と孫たちと







14:36  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.10.24 (Wed)

【妻】母の変化③


前回、前々回のつづきです。


今回の帰省、2日目を終えて、父の「人が変わってしまった」の意味がだんだん身にしみてわかってきました。


これまでボケてはいても、ゆっくりゆっくり話せばだいたいの意思疎通はできると感じていたのですが、とにかく言葉が出ない。表情が動かない。身体がコントロールできない。そんな状況です。

それなのに、今日は、都留に帰らねばなりません。

この日、母はデイケアの日なので、私が到着した時間には、ホームから隣接するデイケアに行っていました。

デイケアの入り口から中を覗くと、母は、口を開けて、険しいような、それでいて表情を失ったような、そんな顔で、上を向いて座っていました。

昨日は少し調子が良かったのに、また元に戻ってしまったみたい。

私は、帰る前に少しだけでもと思い、母に会いに行ったのですが、このまま置いていくのはあんまりかわいそうで、ちょっとの間だけでもと、車椅子での散歩に連れ出しました。

座っていたソファから母を車椅子に乗せる時、いつものように手を引いて誘導したのですが、うまくいかず、少し長時間立っているうちに母の身体がガクガク震え出していましました。しかも、車椅子は後ろにあるのに少しずつ前進してしまっています。

このまま、母を立たせておいて、怖い思いをさせるのだけは避けたかったので、母の脇に前から私の腕を滑り込ませて、母を抱えるように車椅子に座らせました。

母は、帯状疱疹の後遺症で右の脇から背中にかけた部分を触られると痛がるし、私も2日前にギックリをやったばかりで回復途中だったし、この体勢、なるべく避けたかったんですけどね(>_<)

ひとまず無事車椅子に座り、ほっとしてから、あんなにガクガクさせた上に、むりくり抱えて椅子に座らせちゃったことが申し訳なくなり、

「怖かった?ごめんね、下手くそで」
と言ったら、母
「なんで?いいよ」
と、言ってくれました。


外に出ると、今年には珍しく秋晴れ。
母、外の空気を吸って、
「いい天気」と喜んでくれます。
「気持ちいいね~」というと、
「うん」と、頷いています。

デイケアセンターとホームの敷地内をぐるっと回って、少し景色のいいところで止まって、池や紅葉し始めた木々を眺めました。


本当はさ、お母さん。今日デイケアの喫茶室でお母さんが私にコーヒーを奢ってくれるはずだったんだよ。そう先週約束したのにね。

お母さんが「あそこのコーヒーはなかなか美味しいよ」って言うから、お母さんに奢ってもらうコーヒーを、とっても楽しみにしてたんだよ。

でも、外の散歩の方が気持ちよかったね。私もお母さんと散歩ができてよかった。



さて、そんなことをしているうちに、だんだん母を残して都留に帰らなくてはならない時間が近づいてきました。

そしたら、なんだかとても悲しくなってしまって、
「お母さん、なんにもできなくてごめんね」
と、口から言葉がポロリと出てしまいました。
そしたら、母、また
「いいよ」
と、気前よく、優しく、言ってくれます。

何がどう「いいよ」なのか、なんで「いいよ」なのか、そういうことを表現する言葉はもう残っていないようなのだけれど、そういう気持ちのやりとりだけはできるみたい。


お母さん、結局無力な私たちを、許してくれてありがとう。

私とお父さんには、その言葉は大きなギフトになっていくと思います。たとえどんな意味合いであったとしても。

母はポロポロ涙をこぼす私に、笑ってるような、困ってるような顔で、応えてくれました。


この3日で母から聞いた言葉。

「はい」←いろんな場面で

「うん」←いろんな場面で

「ありがとう」←いろんな場面で

「(家に)泊まりたい」←1日目の夜、母のあまりの変貌ぶりに驚いた私が「どうしたの?ここは寂しい?お家に泊まりたい?」と聞いた時(結局、今の状態では家に連れ帰ることはできそうもなく、残酷なことを聞いてしまいました)

(ケーキを)「食べよう」←1日目、少しほぐれてきた頃にケーキを食べるか聞いた時

「大変いいです」←2日目の朝、ホームのスタッフさんに今日はどうですか?と聞かれて

「うれしい、うれしい」←脈絡なく

「何かな」←「何が嬉しいの?」と聞かれて

「わあ、嬉しい」←2日目にケーキあるよと伝えた時

「わあ、すごいね」 ←ケーキを見て

「すごくおいしい」←ケーキ食べて

「浩子はかわいいからね」←ケーキを見て、「わあ、すごいね」と言った後に、なぜかこの言葉

「もう一つ食べたい」←ケーキ1つ平らげた後

「早く脱ぎたい」←パンツは既に脱いでいたんだけど、更にウンチをしたかった時

「はやくしてー」←お兄さん2人に介助してもらった時は結局オナラだけでウンチ出ず。また、すぐ後にトイレというので、父と2人でトイレに連れて行き、座らせようとしてもなかなか座れない(>_<)でも、ウンチ出ちゃう~って時

「パンツ脱いじゃダメ」←ベットの上でパンツを脱いでおしっこをしてしまう母に、私が「パンツの中でおしっこしちゃっていいんだよ。パンツは脱いじゃダメだよ」と言った時

「いい天気」←散歩に連れ出した時

「なんで?いいよ」←私の車椅子への乗せ方が下手で、誤った時

「ないねぇ」←「何かやってみたいこと、ある?」と聞いた時

「いいよ」←私が「何もできなくてごめんね」と言った時




仲良し三姉妹(35年ぐらい前)


23:21  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.10.24 (Wed)

【妻】母の変化②


【妻】
前回の続きです。

翌日の火曜日、私は父より一足早く、9時ごろホームに到着。その時点で母は朝食を済ませて、食堂横のエレベーターの前でスタッフさんに車椅子を押してもらっていました。

表情も昨日より和らいでいて、何かしてもらうたびに「ありがとう」と言っています。

私にも「嬉しい、嬉しい」と言ってくれて、何が嬉しいのかわからなかったけれど、そういう気持ちでいてくれることが、とても嬉しかったです。

昨日は元気がなく、3人で1つのケーキしか食べれなかったので、今日も午前中から1つ食べちゃおう!と、ケーキを一つ持ってきていたので、
「ケーキあるよ!」
というと、
「わあ、嬉しい」
といつもの母の声。

今日は調子が良さそうだから、どうだろう?と思ってフォークを持ってもらったけれど、やはり自分でフォークを使うことはできないようで、

何も刺さっていないフォークを両手で持ってパクっと口に入れ、
「柔らかいね」
と言っています。

涙が出そうになりましたが、
「柔らかい?よかったね」
って言いながら、ケーキを口に運んであげると、大きな口を開けてくれます。

噛むのに時間がかかるので、私は次の一口のタイミングがなかなかうまく掴めないのですが、母がフォークを持っていると、次の一口が欲しいときにフォークが動くので、よくわかります。

私が次の一口を口に運び損ねていたら、父の腕にフォークを刺そうとしていて、
「あれ?お父さん食べちゃうの?」
と言うと、自分でも何かおかしいと思ったらしく、
「ははははは!」
と笑っています。
笑ってくれると、私たちも嬉しい。

一口一口、口に入れながら
「おいしい?」
と聞くと、
「すごくおいしい!」
と言ってくれます。

わぁ、そんな副詞(「すごく))付きで美味しさを表してくれるなんて、嬉しいなぁ。

たまたまいたホームの施設長さんも、昨日との違いに驚いておられました。昨日はほとんど言葉が出なかったので。

一つ食べ終わると、一旦横になったものの、
「もう一つ食べたい」
と自ら言いだしました。
なんだか調子いいです。

ホームの部屋にはまだ冷蔵庫を置いていないので、生クリームたっぷりのケーキはすぐ食べる分しか持って来られず、残り2つのケーキのうち1つは家に置いてきてしまったことが悔やまれます。

自主的に「ほしい」って意思表示してくれた母に食べさせてあげたかった…

しばらくすると、スタッフさんが昼食のお迎えに来てくれ、私たちは自分のご飯を食べに帰宅しました。

昼食後、家の用事を済ませて、またホームに行くと、母、またまたパンツを脱いでいます。

もう脱いでいるのに
「早く脱ぎたい」
と顔をしかめて何度も言うので、
「トイレに行きたいの?」
というと、
「うん」
と言います。

昨日、トイレ介助を自分たちで四苦八苦してやっていたら(そのせいで、パジャマの裾がウォシュレットで濡れてしまった)、ホームの方に

「トイレなどはやりますから呼んでください」

と言われていたので、呼び出しボタンを押すと、若いお兄さんが2人来てくれました。

優しく、上手に介助してくれるのだけれど、やはりベッドの柵にしがみついてしまったりして、なかなか思うように動いてくれません。

なんとかトイレに行って座ろうとしたら
「ブブブッ」
あら、きっとウンチがしたかったのね~。

母、自分の盛大なオナラに自分で
「ワハハハ」
と笑ってました^ - ^;

母の「早く脱ぎたい」は
「早くウンチをしてスッキリしたい」のことだったようです。

因みに便座への腰掛け方が浅すぎるので、手すりを持たせて、「もう少し後ろにズレて」というと、なんとかやろうと思うのだけど、後ろにズレるためにお尻を浮かそうとして力を入れると、ぴょんっ!と、立ち上がってしまうというのを何度もやって、その度に、母も私も笑っちゃいました^ - ^


今日は調子が良くて、比較的表情も和らいでいるのに、やっぱり身体はうまく動かず、言葉もとても少ないです。

5時に始まる母の夕食に付き合い、ご飯を一口ずつ口に運んだ後、自分たちの夕食を済ませ、またホームへ。

我ながら、こんなに行かなくてもいいんでは?と思うのですが、行かずにいられないのです。

3度目の父の誕生日祝いで、3人で最後のケーキを食べました。

昨日よりは回復している感じの今日。これが少しずつの回復につながり、元の母に戻ってくれたらと、淡い期待を抱きながら、帰宅しました。



旅行先の滞在型ホテルの棚をチェックする母(多分25年ぐらい前)


22:41  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.10.24 (Wed)

【妻】母の変化①


この数日間の母の変化をどう表現すればいいのでしょうか。

いい言葉が見つかるかどうか自信がありませんが、書き留めてみます。

2018年10月20日の土曜日に介護付き老人ホームに入居した母。

引っ越し日の流れは、

9:30  母デイケアへ

10:00 父と兄がホームに荷物を運び部屋づくり

13:00 デイケアでの昼食後、母、ホームの新しい部屋へ移動。父と兄がアテンド

という感じでした。

私はその日は行けなかったのですが、まあ、私がいない分、兄も来てくれるし安心と思っていました。

新しい部屋に入った母の第一声は
「なかなかいい部屋だね」
だそうで、
この言葉を兄から電話で聞いて、私は心底ホッとしました。

そして、その日は、夕方まで母と父と兄と3人で過ごし、夜は父がアテンド。

という、結局、父、フルタイムでアテンドな一日だったそうです。

父、楽になっとりゃせんがな!とツッコミたくなりますが、まあ、慣れるまではそんな感じかな~という出だしの1日でした。

ところが、翌朝(日曜日)父がホームを訪ねて、スタッフの方に様子を聴くと、

「昨日は夜、ズボンもリハビリパンツも脱いだ状態で廊下をさまよっていた」

とのこと。

伝え歩きしかできないし、本当に一歩一歩おぼつかないのに、エレベーターの所まで歩いていましたと。

そして、家でも困り果てていた、リハビリパンツを脱いだ上でベッドでおしっこをしてしまう「汚染」(介護業界ではベッドなどを汚してしまうことを「汚染」というようです)があったと。

この朝から、母は別人のようになってしまったといいます。

父から電話でその話を聞き、半信半疑のまま、22日(月)三重に向かいました。

この日の朝は、駅の階段をトントントンと駆け上がりつつ、ヒョッと人を避けたら、その拍子にギックリ腰になるという、なんとも残念な出だし。

なんとか夕方には三重にたどり着き、 実際にホームに行ってみると、母、ベッドに横たわり、表情がありません。

「来たよ~!浩子だよ~」
と言ってみても、向こうを向いたままで「そう?」と一言。

「でも、言葉を全然話せないわけじゃないんだね」と思いつつ、向こう側に回って表情を見ると、少し険しいような、疲れたような、熱っぽいような微妙な感じなんだけど、父の「表情がない」という言葉がしっくり来るような、今までの母とは違う顔。

この日は父の誕生日だったので、私はまたHARBSのミルクレープを気前よく3個買い、今日は豪華に一人1つ食べよう!とルンルン到着したのですが、
「ケーキあるよ」
と言っても、
「うん」
ぐらいしか言わず。

たしかに言葉をほとんど失っているような、そんな感じ。

すこーしずつ時間をかけてコミュニケーションしていくうちに、
「ケーキ食べよう」
となり、
なんとか父の誕生日を
なんとも言えない気分で祝いました。

でも、ケーキを食べる時、お皿を両手で持ってしまい、それを口に近づけようとするので、

「お皿は私が持ってあげるから」
と、フォークを持たせようとするも、お皿から手が離せません。

結局、私が一口ずつ食べさせることになりました。

これまで、いろんなことが衰えても、食欲だけはあって、何でも自分で箸を使って食べていたのに・・・たった2日で、何があったの?

父に聴くと、今朝、9時半に父がホームに行った時は、まだ朝食のテーブルにいて、1時間半も経っているのに一口も食べずにポツンとしていたと。

父が出されたパンを少しずつ裂いて、口に運ぶと口は開けるのだけれど、結局1/3ぐらいしか食べず、部屋に戻ったそうです。

全てがこんな感じで、言葉も出てこない、身体も思うように動かない、排泄も失敗続きで一晩に2回も「汚染」を毎回繰り返していたそうです。

身体については、筋力はまあまああるのですが、ある動作、例えば「横たわる」という動作をする時に、どっちを向いて、どこをどう動かしたらそれができるのかわからなくなってしまった、というような印象です。

立つのも、手を持ってもらって歩くのも、クルマ椅子に座るのも、便座にお尻をくるっと向けるのも、全てが大変な冒険です。

特に、体の向きを変えたり、座ったりする時は、後ろが見えないからか、「怖い」と思うらしく、見当違いな方向にあるものに何でもしがみついてしまうので、介助をするにも大変です。

車椅子からベッドに寝かせてもらうだけでも、終わるころには目が見開いて、息も荒く、それこそ大冒険を成し遂げた猛者のよう。

プロの方がやってくださってもそんな感じなので、私たちがやろとしても、半分は失敗に終わります。

身体の機能と脳の指令がうまく連動しないというのでしょうか…。母の中で何が起きているのか。

どっちにしてもとっても混乱して、不安なんだろうと思います。

そんな感じで、この日は後髪ひかれながら実家に戻り、父と寂しく夕食を済ませました。


Camera360で撮ったら自動的に加工されたらしく、ヤケに西洋風な母(2週間前)

つづく





22:24  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.10.22 (Mon)

【妻】妻への想い


先日、母が部屋をお借りする老人ホームの担当者さんと、
ケアマネさん、デイケアの方、訪問看護、訪問介護の方、介護機器貸し出しの会社の方などが一堂に集まる会議がありました。

簡単な自己紹介の後、それぞれの方が把握している母の状態を報告し、今後の方針を述べます。
それに対して、父や私は、何か思うところがあれば意見や要望を伝え、全体でチームとしての協力体制をつくっていくという趣旨の会だったと思います、たぶん。

皆んながぐるっとそれぞれの見解を述べ、最後に父がおもむろに口を開きました。
「ここで皆さんにお伝えしておきたいことがあるのですが」

私、何を言い出すのかと、ちょっとドキドキ。

「妻は、環境の変化に弱くて、ホームに部屋を移ったとしても、順応するまでに時間がかかると思います。

特に心配なのは夜で、トイレなどに起きて、ここはどこなのかわからなくなってしまったり、トイレがどこかわからなくなってしまうこともあると思います。

家では伝え歩きで、車いすにも慣れていないので、車いすを自分で操作するということはできないと思います。

なるべく歩行の力をつけていく方向で、トイレなどは伝え歩きの方法を教えてあげてくださるとうれしいです。

そういった具合で、いろいろとご迷惑をかけることもあると思いますが、どうぞ、よろしくお願いします」

私、それだけでも、内心「そんなこと、改まって語られたら、ウルっときてしまうわ」と思っていたら、

「浩子は?何か言うことある?」
とな。

やばい、まずい。
まずいパターンだよ、これ。

何か言おうと口開いたら、涙でちゃうパターンだよ。

ちゅわけで、俯いて何も言えずに会議終了。

お父さん。
お母さんへの想い、ズンと伝わってきました。

これからは、その想いを大切にしながら、お父さんの暮らしも少しずつ立て直していけるといいね。

今は、自分のことは全部後回しで無理しまくってるもんね。

ムスメは、なぜかお父さんにはつい厳しくなっちゃうけれど、心ではお父さんのこと、応援しています。

そして、とてもとても感謝しています。



母に添い寝中の父

父は眼圧の薬のせいで除脈で、長く起きていると頭が痛くなってしまうのです。最近、母のことで長時間無理しているので、よくアタマが痛いと言っており、「じゃあ、お母さんとお昼寝しちゃったら?」と言ったら、ほんとにいそいそと寝てました^ - ^


16:08  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.10.16 (Tue)

【妻】恩返し

老人ホームに母の部屋を借りることになり、
必要なものを準備しています。

改めて衣服をそろえようとしてみると、靴下がぼろぼろだったり、ズボンがケバケバだったりで、ありゃりゃ~。

というわけで、父と衣服などを買いに近場のイオンモールへ。
ひっさびさのイオンモールに行ってみると・・・
衣服、ほとんどがMとLでSがないっ!
ないことはないけど、レア。
なんで~?

「小さいサイズコーナーはありますか?」
と聞いてみたものの、答えはNO
申し訳なさそうに、
「Sサイズを探していただくしかないんですけど、あまりおいていないんです」と。

近頃の若者は皆背が高くてSなんて着ないから?
または、近頃の中年はみんなメタボでSなんて入らないから?

いずれにせよ、Sですら大きすぎる母ゆえ、
買ってきたものはすべてお直しが必要。

そんなわけで、私は、ひっさびさにミシンを出してきて、
恐る恐る・・・ダダダダダー!
だんだん調子に乗ってきて、軽快にダダダダダー!
なんか、ちょっと、気持ちいい。



それからそれから、針に糸を通して、まつりぬいチクチク。
持ち物一つ一つに名前も書きます。

チクチク、ダダダと夜なべ仕事。
きっと、幼い兄や私のために、昔々母がやってくれていたこと。

こうして恩返しができてるのかな?


最近は、母の写真を眺めて「かわいいなぁ」と思っちゃったりして、ほんと、親子が逆転だな。

気持ちを注いで、気をかけて、お世話させてもらう相手を、人はよりいっそう愛するようになるものなのでしょうか。


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2018.10.07 (Sun)

【妻】稲刈り3日目


2日に渡ってやった(というか、やってもらった)鹿留の稲刈りは、無事終了。その後もいい感じにハザ、立ってます^ - ^




がっ。今年は2枚目の田んぼがありまして・・・。

マコモ乳酸菌のUさんを通してお借りしていた富士山も見えて日当たりのいい田んぼ。



こちらは、台風で稲が倒されることもなく、順調に実りました。


そこで、サルサ米救出隊の2日目に駆けつけてくれた3名の女子たちには、屋根修理の男子二人とは別行動で、西桂の田んぼのお手伝いをお願いしました。

いや、もうほんとに、ありがとうございます。
(何度言っても言い足りない)


この田んぼは、バインダーという機械で、借り入れから稲束を結ぶところまでやってしまうので、すぐに終わるだろうとタカをくくっていたのですが、いやいや、なかなか。

ハザ掛けだけでも結構時間かかかるものなのですね。

東京から来てくれた救出隊の3名と、急遽参加してくれたひろちゃん、私、そして、マコモのUさんと、Uさんの師匠のTさんの7名で、ひたすらハザ掛けハザ掛け。

9時前から始め、お昼を挟んで午後3時ごろまで、えんえんとハザ掛けをやりました。







この田んぼは全部で2反。

この広さがどうやったら伝わるだろうと、いろんな角度から写真を撮ってみましたが、難しいですね(>_<)


いやまったく、この人数いて良かったです。一人でも欠けてたら、その日のうちには終わらなかったかも~(>_<)







しかも、お手伝いくださった皆さんか爽やかなのだ。

ハザが広がった田んぼに目をやりながらお礼を言う私に、

「いやいや、私はこの風景を見に来たんですよ~♪」

とか、

「初めてだったけど、楽しかったー!」

とか、

「やっぱり棚田オーナー、もう一度やりたくなりました」

とか。

忙しい中、時間を作って、わざわざ東京や埼玉から、時間と電車賃をかけて駆けつけてくださっているのに、軽々とそんな風に言ってのける救出隊が、やっぱりかっこいいのです。



毎年そうだけど、今年は特に、ほんとにほんとに人のありがたさを、痛いほど感じた一連の稲刈りでした。

私は母の介護で走り回り、きょーじは脚立から落ちて肋骨を折っている、しかも、きょーじのお母さんの四十九日が2回の稲刈りの間に行われる、という、なんとも複雑な状況の中迎えた稲刈りシーズンでしたが、文字通り「皆さんのおかげ」で、無事、終わりました!

あとね。
倒れたハザの写真をみて、都留の仲間がくれたメッセージが、またすごく心に沁みるものでして。

例えば、

「努力でなんともならないことがあるのも、人生。人の情けに、素直に従いましょう」

とか

「人ってほかの人を支えることで自分のこと支えるんでしょうね。それがわかってる人は強いなぁ~みんなステキです(^-^) 」

とか

「子育ても介護も、そうでないどんな暮らしもやっぱり人との繋がり、助け合いあってこそですね*」

とか。

他にもいっぱい。


うんうんうん。
本当に人は優しい。
人の情けは深い。
人との繋がりは命綱。


人の情けと書いて「人情」と読む。
古くさいかもしれないけれど、本当にいい言葉だなぁ~。

耳に慣れすぎていて、改めて意味なんて考えたこともなかった「人情」という言葉。
文字通りの意味を持って、私の心にストンと落ちたのでありました。


人を助けることを喜びと感じてくれる方がいて、そんな皆さんの「情」に助けられて成り立っている山田家です。

田んぼに畑、DIY。
周りに助けられることばかりだけれども、私たちも、少しでも人の助けになれるような、そんな人間になりたいです。

人の情けのありがたさ、素晴らしさを、夫婦共々心から感じ、感動した秋でした。



20:24  |  稲作2018鹿留西桂  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.10.07 (Sun)

【妻】二日酔いとび職

楽しいキノコ三昧とナイトトラップの翌日は・・・

のんびり過ごして帰る・・・


のかと思いきや、
過酷な山田家、まだまだ仕事が待ってます。
いや、強制してるわけじゃないですよ!
断じてそんなわけじゃないのですが・・・

結果的に、この日も

酔っ払ってて帰れなくなった←とうわけではなく、、、
翌日の仕事の融通がついて、お泊りとなった
お二人のご厚意に甘えることに…。


台風で飛んだ自宅のサンルームの屋根直しの後に、同じく台風で飛んだ旧都留環境フォーラム(今はひろちゃんち)の馬小屋2階の屋根の直し。

会社では、しかるべきポジションをお持ちの立派な社会人であるお2人、立派な二日酔いにもかかわらず、、、



やってくださいました!!!

なんて働き者のお二人でしょう。

因みにこのお二人、昨年の稲刈りでも、少人数かつ私もいれなかった中、これまた二日酔いになりながらやってくださいました。そして、今年の稲刈りを二週に渡って来てくださり、

どんだけ稲刈り好き←というわけではなく、、、

なんとも言葉では言い合わらせないぐらいの恩人であり、「人間っていいな♪」って思わせてくれる人間臭いお二人です♡

それにしても、写真、カッコよくないですか?
いやぁ、絵になるなぁ~♪







10:06  |  住居  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.10.06 (Sat)

【妻】稲刈りリベンジ


Fさんが呼びかけてくれたサルサ米救出隊。

先週末に来たばっかりの人も含めて、

10月7日(日)には10名(地元でお世話になっている若手のJ君や、風と土の自然学校で同期だったKさんも来てくれました!)、

8日(月)には3 名の皆さんが集まってくれました!!!

感激です(涙)

倒れた稲はエンジェルズが立て直してくれていたので(こう書いてても、ありがたさが蘇る)、この日は残りの稲刈り。

先週とは打って変わって、ピッカピカのいい天気。暑いぐらい、というか、暑かった!!


photo by 矢崎さん

熱中症になりそうになりながらも、作業はサクサクと進み、あっちゅう間に午前中で作業終了!



一番前の列の人たちが持っているのは、稲刈りとは関係ない雑穀たちです。雑穀もたわわに実って、可愛いです💕

ってことで、ついでに雑穀たちの写真^ ^


ひえ


たかきび


アマランサス(台風で倒されても、健気に上向きに咲いている!)


干してるところ


あと、写真はないのですが、釣り名人のSさん(今の本職は庭師)が初来Roi。うちの田んぼに影を作ってしまう柿の木の剪定もしてくれました!

名人、カッコよかった!!



作業後は、近くの食堂で昼食をとり、温泉へ。

その後、旧都留環境フォーラム、
今、ひろちゃんちになってる平栗の森を皆で散策(写真がないのが残念(>_<))


そして、お楽しみの夜は・・・

なななんと!
こんなサプライズなお土産!!



さすがともん会のメンバー、
転んでもタダでは起きない、
じゃなくて、稲刈りでもそれだけでは済みません。

このほか、呼びかけ人Fさんから、マツタケ多数の差し入れ。

photo by 丹羽さん


あと、我が家が西原の太郎さんところから取り寄せた天然舞茸が加わり、

大キノコ大会!!!









photo by 丹羽さん


photo by 丹羽さん

そして、お約束のジビエ





肝心のキノコ鍋の写真がない(>_<)

キノコ鍋はS名人と、I師匠が腕をふるって作ってくださいました。
マジで美味しかった!!!



さて、お酒も進み、キノコを満喫したところで始まるライトトラップ。



夜の暗闇にライトを照らし、白い布を張り、虫さんたちが訪れるのを待ちます。

虫好きが高じて、社会人を経て大学院に入り直したという矢崎虫名人の美しい虫写真をどうぞ。













この虫たち、行動をちゃんとみて、タイミングを見計らって指を近づけると、指に乗ってくれるんです。

私も虫名人の指導に従い、やってみると、見事、指に乗ってくれて、次の人の指に移るまでの間、長々と滞在してくれました^ - ^

人生の中でこんなに真剣にじっくりと蛾を眺め、愛でたのは初めてですが、蛾ってよーく見ると美しいものですね~。

もうね。
新しい蛾が来ようものなら、おー!やったー!ウエルカム~!って大騒ぎ。

普段は、家の中に入ってきたりすると邪魔者扱いなのに、シチュエーションが異なれば扱いも異なるもんだ。

そんなこんなで楽しい夜はあっという間に終わり、翌日は・・・

次のブログに続く~。



20:13  |  稲作2018鹿留西桂  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)
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