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2016.08.31 (Wed)

【妻】台所DIY


先日の壁の珪藻土を塗りで、台所がとってもいい感じになりました。



珪藻土塗りの様子はこちら


すると、今度はほかの部分が気になり始めます。

一番気になるのは、シンク下のプラスチックのとびら。



うーん。すごく嫌ってわけじゃないんだけど、珪藻土の温かみのある壁の感じに合わないなぁ。

というわけで、DIYしました。
DIYって、作業に夢中になってしまうので、途中経過は、つい写真撮り忘れてしまいます。
(まあ、田んぼも畑もそうなんだけど)

というわけで、今回もいきなり出来上がりのアフター写真。



取り外しのできない部分には黒板シートを貼ってお絵かきで遊んでみました。

木の色を濃く塗りすぎ、それをサンダーで削ったので、ちょっとヤレ感が出過ぎて、ややウーム
ですが、使っているうちに落ち着いてくるかな。くるといいな。

工程は、板を購入し、カットし、塗装し、金具で取り付けただけです。
サイズを合わせたりするのがちょっと大変ですが、基本、誰にでもできる簡単な作業です。

さらに、壁にもうひと手間加えたくて、すのこを利用したDIY

殺風景な壁に


板をはめ込み


ちょうどいい大きさにカットしたすのこに色を塗り

(左の白い部分はカットされた残骸)

それを先ほどの二本棒に取り付けると


ものをかける棚?の出来上がり。
(実は、まだ高さとかを決めかねていて、すのこは養生テープで貼ってあるのみ)

手仕事って楽しい。自分で作れるって嬉しい。


しかーし!こうなってくると、表面てかてかのへんなコーティングの床材が気になりだします。



全く。欲望と煩悩の塊ですな(>_<)

こうしてDIYは果てしなく続くのであった。

この床がサンダーで削られ、柿渋かなんかを塗られる日もそう遠くないことでしょう(>_<)
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22:38  |  住居  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2016.08.31 (Wed)

【妻】少し早い稲刈り

少し早い稲刈りを行いました。
というと、喜ばしいことのようですが、そうではなく、原因はこれ。



いもち病と思っていたもち米が、どんどんひどくなり、それを見た隣の田んぼのKちゃんに「一度穂を持ってNOSAI(農業共済)に行ってみたら?」と言われて、行って来ました。

なんだか、しずかーで整然としたガラス張りのオフィス。

入りにくいな~と思いながら、おずおずと一歩踏み入れると、扉の向こうから職員がササーっと出てきて、持っている穂を見たとたんに「あ、これ、いもちじゃないですね。もみ枯れ病だと思いますよ」。

さすがです。

それにしても、聞いてもいないのに「いもちじゃない」っていうのが先に来るあたり、どれだけいもちが気にされているかっていうのがわかります。
しかし、その名前。ふざけてませんか?
そりゃ、もみは枯れてますとも。
そんな見たまんまの名前ですかい?

…という心の声が聞こえたのか、職員さん、「ちょっと待ってくださいね」と言って、オフィスから稲の病気事典みたいな本を持ってきてくれました。
こんなに病気の種類があるのか!っていうぐらい病気が並んでいる分厚い事典です。

ウチの餅米の病気、正式には「籾枯細菌病」だそうです。
「もうこの時期にはあんまり伝染しないですよ」と言われ一安心。

「籾、消毒しましたか?」と聞かれ、
「あのー、55度~60度で5分でぇ」などとぶつぶつ言っていると、
「薬ではやっていないんですね?うーん」と困り顔。
やっぱり、そうだよね。
普通は薬でやるよね。
ちょっと肩身が狭い感じで、
「なるべく薬使いたくなくて・・・」
などと言い訳しつつ、本のコピーをいただいて帰りました。


さて、「もうこの時期にはあまり伝染しない」と言われて安心したのもつかの間、数日後、田んぼを眺めていると…なななんと隣のKちゃんの田んぼに、もみ枯れ細菌病の症状と同じ穂をちらほら発見!
がががががーん!う、うつってる?!
あの、きれいなKちゃん田んぼに、うつってる?!
ショックです。
頭の中には全面にもみ枯れ細菌病が蔓延したKちゃん田んぼが広がります。(妄想)

ひええぇ~!どうしよう?
旦那さんと相談のうえ、もち米エリアだけ早めに刈り取って、感染を防ぐ方向に決まりました。
新しく来て、田んぼを貸してもらって、勝手に自然農とか言っちゃって、病気にかかって菌をばらまくわけにも行きますまい。
はぁ~つらい。

ちなみに原因は種籾が菌を持っていたか、土に菌がいたか、だそうです。復田したての田にはよくあることのようです。

翌日、鎌をもって一株刈ってみました。
いたたまれない。
泣きそうです。

もうこの時期は感染しにくいっていうし、放っておいてもいいんじゃないか?
刈ってしまうなんて間違った判断なんじゃないか?
でも、とにかくKちゃん田んぼが心配。
いや、でも、今更うつるのか?
頭の中では同じことがぐるぐる回っています。

そこに去年やっていた田んぼのご近所Sさん(田んぼ歴70年)がひろちゃんと遊びに来てくれました。
もち米の様子を見て、私の話を聞き、「Sさんならどうする?」という問いかけに
「私なら刈るね」と。

この一言で決意しました。

翌日。進まぬ手を休めながら、一人で刈り取りをしていると、以前何度か話したことがあるSAさんが通りかかり「何やってるの?!」
事情を説明すると、「ああ、そうなの」と言って帰っていかはりました。

やる気も湧かず、しぼらくのろのろ作業を進めていると、見慣れぬKトラが到着。
中から鎌を持ったSAさんがさっそうと現れました。
「泣きそうな顔してるから、手伝いに来たよ」。
そんなことされたら、余計涙出る~!
何度か話したことがあるぐらいなのに、本当にこの地域の人はあったかいです。

しかも、SAさん、6反の田んぼをやってるだけあって、刈り方が速いっ!
未練もなくザクザク刈っていきます。
私もつられて元気になっちゃって、ザクザク。
作業はあっという間に終わり、SAさんは「じゃあな」と、またさっそうと去っていきました。

刈った稲は燃やすのがベストですが、まだフレッシュすぎて水分が多く燃やせないので、畑の方に運び、乳酸菌をまいてビニールシートをかぶせました。すこし枯れたら燃やしましょう。



この日、あまりにもしょぼくれている私を気にして、ひろちゃんが手伝いに来てくれる予定だったのですが、ひろちゃんの到着を待たず、任務完了。
でも、その後、ひろちゃん、はのちゃんが様子を見に来てくれました。
いつもながら、みんな本当にありがとう~!!!

そんなこんなで順調とは言えない今年の田んぼですが、
こんな風にいろいろあっても、「もう嫌だ、田んぼやめたい」とはみじんも思わず、
「来年はどうやって元気な田んぼを作ろうか!」といそいそ考えて、次の対策を練ってしまうのが不思議です。
これぞ田んぼの力、なのかな~!
22:15  |  稲作2016鹿留  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2016.08.29 (Mon)

包丁の切り出し体験

道具の話が続きます。

刃物の鍛冶屋と言えば、新潟越後の燕三条や、兵庫県三木市が有名ですが、幕張メッセで毎年夏に開催されるDIYショーでは、「三条鍛冶道場」という新潟にある施設が幕張メッセにやってきます。ここでは、包丁やナイフの切り出し作り体験ができます。
以前は屋外で開催されていたそうで、その時は焼き入れもやっていたそうですが、現在は屋内会場のため、切り出しの工程のみです。

こちらが、私が切り出した包丁!!

とは言え、職人さんが沢山いらしており、丁寧にサポート、修正、仕上げもしてくれます(*^_^*)

名前も入り、切れ味抜群!包丁の砥ぎ方の勉強にもなるので、オススメです。材料費込み、約1時間で2500円でした(^o^)

いただいたチラシも、備忘録として、アップしまーす。参考まで!











来年の夏まで待てない方は、新潟のこちらの施設へどうぞ(^o^)/

三条鍛冶道場のサイトへ!


21:51  |  道具  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2016.08.28 (Sun)

竹中大工道具館!

実家のある神戸に大工道具の博物館があることを知り、早速行ってきました!




立派な建物。
さすが、竹中工務店の施設ですね。

中もゆったりと、いい感じ。


展示は地下一階と地下二階で、それほど広くはありませんが、樹木の話から始まり、木材の加工の話や、大工道具の種類や歴史、鍛冶職人の紹介など、かなり見ごたえがあります。

木の種類と特徴

硬さや油分、木目などで、使う場所が違ったり、地域によっても好みが違うそうです。


木の部位と活かし方



もちろん道具も沢山展示されています。

ちなみに、大きなのこぎりは、大鋸(おが)と言いますが、そのクズが、おがくず(大鋸屑)です。


スケルトンの茶室

土壁の内部には、数寄屋大工の隠された仕事が、、、

組子障子

素晴らしい日本の美。

巨匠 江戸の鍛冶職人 千代鶴是秀


是秀氏の工房も再現されてます


ここでどのような仕事が行われていたかは、以下の動画リンクをクリック!


「村の鍛冶屋」へ



補足) ・いっこく=頑固
・らんだ=怠惰


様々に装飾された墨壺

大工さんが、雨の日に、彫刻をして、腕を磨いたそうです。


棟梁の一言

深い、、、


そして、、、


買うか、、、



ドイツの大工道具と家の組み方

その他にも、ノルウェーやフランス、中国の大工道具もありました。


他には、木工が体験できるコーナーや図書コーナーなどもあります。


お土産コーナーもあり、、、

こんなのや、、、


こんなのも。


なかなかセンスいいですね~(^o^)

博物館が発行している本を購入しました。


この博物館には、音声ガイドや映像ガイドが無料で借りることができます。

今回は1時間半くらいで見て回りましたが、全体を通して、大工さんや鍛冶職人の方々への敬意に溢れており、大変心地良く感じました。もう一度、ゆっくり、訪れてみたいと思います。

興味のある方は、以下から、公式のホームページをご覧ください。

竹中大工道具館のホームページ




16:03  |  道具  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2016.08.26 (Fri)

お米の保管

収穫したお米の保管のお話です。

一年分のお米を保管するには、冷暗所に保管しておかないと、カビとか虫とかが出てしまいます。
夏でも涼しい蔵があるといいのですが、ないので、我が家では、この袋に入れて、家の中の比較的涼しい場所に保管していました。

柿渋で撥水。3年間保管できるとのことです。

それでも、千葉での保管は部屋の湿度も高く、温度も上がりがち。

そんな時に、こんな商品を見つけました!
玄米キーパー!!




簡単に言うと、布団圧縮袋の米袋版です。

やってみました!


おー!掃除機で吸い込むと、米袋の中の空気もばっちり吸い込んでくれました。

湿気対策だけでなく、米の乾燥もよくないらしく、これも防いでくれるそうです。いずれの商品もアマゾンなどで、購入可能。

さて、今年は何袋穫れるかな~(^ ^)
13:28  |  道具  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2016.08.16 (Tue)

【妻】珪藻土塗り

2016年8月13、14日の2日間かけて、キッチンと廊下、脱衣所の壁塗りをしました。

断熱、サンルームなど、いろいろいじった末、今は基本快適な我が家ですが、もと田んぼということもあって、湿気がすごい。下手するとあちこちカビ臭い。

ってことで湿気を吸ってくれる珪藻土を塗ってみました。

この日はお盆の只中ということで、助っ人に来てくれる人もおらんかなぁ?と思っていたのですが、誰かいないかなーと言いまくっていたら、直前になって結構いろんな人が集まってくれました!ありがたしっ!


もちろんDIYで!とは思ったものの、以前、トイレの珪藻土塗りをした時にぐだぐだになった経験もあり、一度プロの技を習いたいと思い、工務店さんにお願いして、1日壁塗り指導をしてもらいました。


左官職人さんに真剣に習う、の図


事前作業として、この機会に、壁と壁や、壁と床、壁と天井の境にある木(回り縁?っていうのかな)も塗り替えたいと思い、回り縁の木材を壁から外して、ベトっとした薄めの茶色から


木目が見える薄塗り、でも、色は濃い茶色に


塗り替えました。

外した回り縁はそのままにしておいて後で取り付ければ、塗りが多少はみ出しても回り縁に隠れるし、マスキングも楽なんじゃない?という素人考えで臨んだところ、そうすると、塗りが平らにできなかった場合に回り縁が浮いてしまい、ちゃんと取り付けられなくなるとのこと。

ががーん!

ということで、まずは回り縁を壁に取り付け直すところからスタート。予想外の展開にテンパっていたので、写真なし!

同時に、もともとあった壁板と壁板の合間にメッシュテープを施す作業と、マスキングの作業を進めます。

メッシュテープはできる限りぎゅーっと押し付けて貼るのがコツ。マスキングは、できるだけ壁ギリギリに貼る…のかと思ったら、2ミリぐらい離して貼るのがコツなのだそう。珪藻土と下地剤の厚み分だそうです。なるほど!!

また、壁に接する部分だけでなく、床には全面にマスキング。

この理由は作業を始めたら、すぐわかりました。


とにかく珪藻土がボトボト落ちまくる!

マスキングができたら、下塗り剤を水と混ぜます。まず水を入れ、それから下塗り剤の粉、これを、ミキサーで攪拌!





適量をすくってコテ受けに乗せたら、


塗ります。


まずは、角から、そして、柱とのキワから綺麗に珪藻土を置いて伸ばし(この際、必ずコテのどこかの辺を端のラインと平行にする)、その後、真ん中の方は大胆にシャーッ、シャーッと手早く…

塗ります


塗ります


塗ります


昼ご飯を食べて


まだまだ塗ります


ふざけます


かわいい


塗ります


ときどき指導が入ります


そんなこんなで無事1日目の下地塗りは終了。工務店さんはお帰りです。


翌日も同じ要領で、昨日習ったとを活かしつつ、今度は本番の珪藻土を二度塗りして、仕上げ。

塗り終わったらすぐに(まだ塗ったものが柔らかいうちに)マスキングテープをはがし、終了です(この時、濡れた刷毛でマスキングテープのキワをシャーっとやって珪藻土を緩めてテープを綺麗に剥がす方法もあるようです。この日はやらなかったけど)。

そして、ついに完成!…と思ったら、バーにつながる引き戸を開けた助っ人のまーさんが、
「大変なもの見つけちゃった!」と。

見てみると、ががーん!開いていた引き戸の裏に隠れていた壁!



一面まるまる塗り残し(>_<)
(上の写真はもう塗り始めた時のもの。この時も衝撃のあまり写真撮り忘れ)

工務店さんの指示で、残った下地と珪藻土(どちらもすでに水で練ったもの)をジップロックに入れて冷蔵庫で保管しておいたのが幸いでした。さすが経験値が違う。

その日の夜、1人で黙々と下地塗り(ダンナさんは回り縁などの補正をしてました)。翌日は珪藻土で仕上げ。

今度こそ、なんとか完成しました!!

じゃじゃ~ん!

ビフォー

(静止画です。ビフォー写真を撮り忘れたのでこれで代用)

アフター




ほれぼれ!

いや、それにしても、2日間のうちにみんな腕を上げて、素人とは思えないむっちゃ綺麗な仕上がり!

「一週間ぐらい壁を眺めながら、それをネタに飲めるね!」ってことで、壁見会を催そうかと思っています。

あ~、助っ人の皆さま、工務店さん、本当にありがとうございました!

振り返ってみても、助っ人のみんなの手がなければ、とてもできませんでした。いやいやいやいや、ほんま、ありがたいです。

私も少しは腕を上げたので、今度は誰かの壁塗りを手伝いに行きます!


16:05  |  暮らし  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2016.08.10 (Wed)

【妻】稲熱(いもち)

今年もやってきました、稲熱(いもち)病の季節!



今年は去年のような冷夏でもなく、晴れたいい日が続いているのに、こんな感じ。

聞くところによると復田1年目には病気にかかりやすいのだとか。

ううう~ん(>_<)

今年はいろいろ考えた末、根腐れを改善するべく、マコモ乳酸菌というのを水口から田んぼに流し入れてみました。

マコモ乳酸菌を作っている乳酸菌培養サービスの牛田さんという方が、培養の仕方、農への利用の仕方など、とても親切に教えてくださいました!感謝。

さて、効果のほどはいかに!?

ちなみにもち米はもう出穂し、花も咲いています。


↑2週間ぐらい前の写真

うるちはまだだなぁ。いつ出てくるかなぁ。出てきた穂たちが、またかわいいんだよなぁ。待ち遠しいです^ - ^

あ、実家のある三重では、もう穫り入れ間近な感じでした!


やはり西の方は早いなぁ!
20:04  |  稲作2016鹿留  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2016.08.10 (Wed)

【妻】逝きし日の面影

「ヌマに喰われる」のブログ記事を書いた時点で読んでいた、渡辺京二さん著の『逝き日の面影』(平凡社)を未だに読んでいます。



他の本も挟みながらゆっくり読んでいるのでなかなか終わらず、まだ読みかけですが、とてもいい本だと思います。嬉しくなっちゃうぐらいいい本なのと、一つ前の記事に少し関係があるので、読みかけだけど記事アップします。

右寄り、保守の方たちは、この本、好きだろうなぁ。

でも、自分のことを右よりじゃないと思っている私も、好きだなぁ。

かなり思い切って発言しますが、私、教育や環境によって、日本人であることにコンプレックスを持たされてきた部分って、やっぱりあると思うのです。

西洋に比べて日本では、本当の個人主義がきちんと発達していない(個が確立していない)、過去に間違った戦争をしてしまい、日本だけがその総括もしていない、真面目で勤勉だけど自由な発想がなくオリジナリティに欠けている、などなど、本当のことも本当じゃないことも入り混じって、結構なコンプレックスになっている。

でも、この本読んでいると、江戸時代の日本人がいかに愉快で闊達で気持ちの良い人々だったか、いかに礼儀正しく綺麗好きで、善良な人々が多かったか、日本がいかに美しく住みやすい国だったかが、日本に来た外国人の眼で延々と描かれています。

たとえば、
「誰の顔にも陽気な性格の特徴である幸福感、満足感、そして機嫌のよさがありありと現れていて、その場所の雰囲気にぴったりと溶け合う。彼らは何か新しく素敵な眺めに出会うか、森や野原で物珍しいものを見つけてじっと感心して眺めている時以外は、絶えず喋り続け、笑いこけている。」(p.75: 横浜、東京、大阪、神戸の水道設計によって名を遺した英国人ヘンリー・S・パーマーの記述より)

「日本の民衆ほど善良な人が他に見いだしがたいことは否定できないのではなかろうか」(p.89: パーマー) 

「人々は楽しく暮らしており、食べたいだけは食べ、着物にも困ってはいない。それに家屋は清潔で、日当たりもよくて気持ちがよい。」(p.102: 合衆国外交官ハリスの記述より)

「彼らは皆よく肥え、身なりもよく、幸福そうである。一見したところ、富者も貧者もない。―これがおそらく人民の本当の幸福の姿と言うものだろう。私は時として、日本を開国して外国の影響を受けさせることが、果たしてこの人々の普遍的な幸福を増進する所以であるかどうか、疑わしくなる。(中略)生命と財産の安全、全般の人々の質素と満足とは、現在の日本の顕著な姿であるように思われる」(p.121:ハリス)

「日本人の農業技術はきわめて有効で、おそらく最高の程度にある」(p,112: 長崎商館長メイランの記述より)

「農家と茶屋がたがいに間を置いて続き、その概観によって、住民の間に満足とつつましいゆたかさがゆきわたっていることを示していた。花々もまたおのれの魅力によって貧しい人びとの住居を活気づけ、自然の詩趣をあたりにまきちらす」(p.120: オランダの軍人、政治家カッテンディーケの記述より)

「気楽な暮らしを送り、欲しい物もなければ、余分な物もない」(p.125: 英国の医師であり外交官のオールコックの記述より)

「さてこれからが、子供たちの収穫の時です。そして子供ばかりでなく、漁に出る男のいないあわれな後家も、息子をなくした老人たちも、漁師たちのまわりに集まり、彼らがくれるものを入れる小さな鉢や籠をさし出すのです。そして食用にふさわしくとも市場に出すほど良くない魚はすべて、この人たちの手に渡るのです。……物乞いの人にたいしてけっしてひどい言葉が言われないことは見ていて良いものです。そしてその物乞いたちも、砂丘の灰色の雑草のごとく貧しいとはいえ、絶望や汚穢や不幸の様相はないのです」(p.131: 英国公使ヒュー・フレイザーの妻メアリの記述より)

「金持ちは高ぶらず、貧乏人は卑下しない。……ほんものの平等精神、われわれはみな同じ人間だと心から信じる心が、社会の隅々まで浸透している」(p.129: 英国の日本研究家チェンバレンの記述より)

「都会や駅や村や田舎道で、あなたがたの国のふつうの人々と接してみて、私がどんなに微妙なよろこひを感じたか、とてもうまく言い表せません。どんなところでも、私は、以前知っていたのよりずっと洗練された立ち振る舞いを教えられずにはいなかったのです。また、ほんとうの善意からほとばしり、あらゆる道徳訓を超えているあの心のデリカシーに、教えを受けずにはいられませんでした」「日本には、礼節によって生活を楽しいものにするという、普遍的な社会契約が存在する」(p.181-182: イギリス出身の新聞記者エドウィン・アーノルドの記述より)

日本ってこんなにいい国だったのか!と嬉しくなります。

目からうろこが落ちまくりです。

なんで、これまでいわれのないコンプレックスを持ち続けてきたんだろう?と思っちゃいます。

「江戸時代は過酷な年貢によって人々は苦しめられ、農民は生かさず殺さずの状態で搾取されていた」という定説(少なくとも私の年代では学校でこう習った気がする)は何だったんだろう?


ちなみに渡辺京二さんは右翼ではないと思います(笑)。

この本も、「日本礼賛!」って感じじゃなく、抑制のきいたものとなっています(ただ、日本を訪れた外国人の日本礼賛がすごいから、それを引用するだけで日本礼賛になっちゃう)。

渡辺さんは、この素晴らしき日本を、産業革命が生み出した貧富の格差や工業都市の惨状が忍び寄る前の牧歌的な風景と捉えているようです。

そして、このような牧歌的な風景は工業化が到来する以前のイギリスにも見られたというエンゲルスの記述を紹介しています。

つまり、「日本が素晴らしかった」というのもあるでしょうが、それ以前に、工業化の波が訪れる前の牧歌的な社会はそれなりにとても幸せだったということなのでしょう。

それにしても、江戸時代、大分汚名を着せられてませんか?

その流れで、私たち、いわれなきコンプレックスを持たされてませんか?

もしももしも、このコンプレックスのもととなっている「日本人はダメだ」という教育や空気が、なにかと左寄りな日教組の唯物史観による歪曲なのだとしたら、何かと西洋コンプレックスのある知識人の行き過ぎた自己批判精神によるものなのだとしたら、なんか腹が立つ。

日教組をきらう右翼の人たちの気持ち、なんかわかる。

もちろん、そもそも戦争は間違った判断のもとで発生してしまうものだと思う。日本が始めた戦争も間違っていたと思う。


日本は江戸末期に開国を迫られて、外国の脅威があって初めて近代化の道を歩み始めた遅れてきた国の一つだとも思う。

でも、そのことと、日本や日本人の素晴らしさを断固斥けて、後世に伝えないようにすることとは、全く別の話じゃないか!

渡辺さんは、歪曲された認識について、次のように述べています。

「日本の知識人には、この種の欧米人の見聞録を美化された幻影として斥けたいという、強い衝動に動かされてきた歴史がある」(p.20)

「古い日本を賞讃されることに抵抗をおぼえる心的機制は、けっして戦後の産物ではないのだ。だが当時の当時の日本知識人が歩もうとしていた進歩と強国への道は、今日の彼らの末裔にとっては恥ずべき過去のひとつにすぎない。日本の美化を拒否すると言う心的機制自体、ひとつの進化の歴史をもつものである。今日の日本知識人が「妖精の棲む小さくてかわいらしい不思議の国」というアーノルド的イメージを否認するのは、明治三十年当時とは違って進歩という価値基準のためではない。それはもはや信奉されざる用済みの基準である。彼らがそういうイメージ、とくにハーンやモラエスによって流布されたイメージに根強い嫌悪感と軽蔑をおぼえるのは、むろん、それが日本の伝統主義者や民族主義者の主張する誤った民族的な一体感や自負心を助長すると考えるからである。」(p.21-22)

つまり、明治時代には「西洋に遅れたダメな日本」という認識が日本礼賛を斥け、その後には「近代化を強硬に推し進めて、あげくに民族主義的・全体主義的な一体感のもと戦争に突入してしまった」という反省が日本礼賛を斥け、常に「日本ではない何か」を求める反省好きの日本人の心性を作り出してきてしまったということでしょう。

渡辺さんは「今日の日本の論客は、彼らの日本賛美をオリエンタリズム的幻影として否定する一方、彼らの日本批判については鬼の首を取ったように引用し、まったく無批判に受容しているのだ」とも言っています。

でもね、「昔の日本人の知恵に学べ」という考え、今では多くの人が持っていると思う。

右寄り保守の人だけでなく、「みどりの党」の人とか、三宅洋平さんとか、その辺の人は結構持ってると思う。

でも、この方々、世間的な言い方すれば、かなり「左」寄りな人々だと思う(今の時代、単純に右とか左とか言えないけどね)。

「革新」と言われる「左」な人々が、伝統を大切にする「保守」的な思考を持っていたりするのが、今なんだよね。

フクザツです。

左寄りな人って、一部の右翼の人が言うような「売国奴」じゃないよ。

古き良き日本の伝統に学ぼう、学ぶべきところはきちんと学ぼうという姿勢を、強く持っている人たちだよ。

昔の日本人はすごかった→現代人も資本主義のお金ワールドから片足下ろして、昔の日本人に倣って自分の暮らしを手作りしよう、というのが三宅さんとかの方向性の一つじゃないかと思う。

昔の日本人はすごかった→日本人は特別な民族→最強の日本を復活させるべく国防軍を持って戦争できる国にしよう→そして、素晴らしい日本の国体を守るため、人々にも協力してもらおう。そのためには「人権、人権」「国民主権」「平和主義」なんて言ってないで、少しは我慢してもらおうというのが、一部の右翼の人たちの考え方なのかな、と思う。

どっちも日本を、自分の故郷を愛しているんだよ。

どこかで、わかり合えないのかなぁ。共感できなかったとしても、合意できないとしても、「あなたの言いたいことはわかる」って地点があれば、話し合えるよね。

一つ前のブログ記事に書いたけど、私はあえて言うならマイルドな左よりだと思うけれど、保守の人の気持ちもわかるところがある。

この間帰省した時に聞いたのだけれど、このところ父が通っている座禅会には、日本会議の人たちが、どうやらたくさんいるらしい。けど、日本会議といっても、私たちと同じような末端の庶民は、本当に純朴で信仰心のあつい、故郷を愛する人なんだって。そんな人と、接点がないはずないじゃない?

今の政権の、話し合いを避けて人が気づかぬうちに、うやむやのうちに、変えてしまおうというやり方、やっぱり極端だと思うな。異なった意見を持った人同士が対話できる地点があることを信じて、根気よく考え続け、話し合い続けることを、放棄しているように見える。


少し話はかわるけど、『逝きし日の面影』を読んでいて、「ラダック、懐かしい未来」という映画を思い出しました。映画の内容は長くなるので、また機会があれば書きたいと思いますが、工業化された高度文明世界との接触によって、長く続いた伝統が崩れていく様は、ラダックと同じだと思った。

ちなみに『逝きし日の面影』の作者は、だからと言って、昔バンザイ!というわけでもなく、人々が連体感を持って生きていた時代の良さを認識すると同時に、自立した個人が、自由と責任を自ら引き受けつつ磨いていくような高次の精神的活動とは無縁の「ある種の子供っぽさ」を、この頃の日本人は免れていなかったことも指摘しています。


さてさて、長すぎるプログ2連発、そろそろ終わらねば。

お金による"ステキな分業”(特に人とのつながりがなくともいろんなことがお金で解決できる便利な暮らし)と、

持続可能な自給的循環生活(自然、人、環境とのつながりの中で生きていく、面倒くさくも、ぬくもりある暮らし)の狭間で、

「さて、これからどうするか?」

このまま新自由主義的な行き過ぎた資本主義を続けていけば、おそらく地球環境はどんどん破壊され、多くの人間にとって住みにくい場所になっていくでしょう。

社会も、経済格差も広がり、おそらく弱者が生きにくい世の中になっていくんじゃないかな。ピケティさんも言っているように。

その結果、不満の吹き出し口としてテロをはじめとする犯罪も増え、結果的に全体的に住みにくい世の中になってしまうかもしれない。

でも、今の便利な生活を手放すのはとうていできそうもない。

その狭間で、随所で様々な選択を迫られているのが、日本に限らず、現代に生きる人々なんじゃないかと思う。

てなわけで、『逝きし日の面影』から、日本人が日本を見る眼差しのこと、政治的な立ち位置のこと、変わってしまった社会のこと、いろんなことを考えさせられました。

長いくせに、気の利いた落ちのない話ですみません。

『逝きし日の面影』、”今だけ、金だけ、自分だけ”主義が横行していると言われる今だからこそ、しみじみと読んでほしい本です。
19:15  |  暮らし  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2016.08.10 (Wed)

【妻】人は間違える

今日は農の話ではなく、農天気な生活を続けていくためにも考えたい政治の話です。
いつもとちょっと違う内容ですんません。
そして、長いです!すんません(>_<)

ちょっと前に、今、ベストセラーになっている菅野完さんの『日本会議の研究』(扶桑社)を、遅ればせながら読みました。
参議院選挙の前に読めばいいのにね!
たいだい何でも遅いわたすです。

内容は、想像通りではあるものの、やはり「ここまでか!」という衝撃を受けました。
恐るべし日本会議。

過去の成功体験をもとに、ゆるぎない「反~」(「反左翼」「反日教組」「反”権利を主張する人々”」など)を原動力として、コツコツとやり抜いていく「事務能力」、手ごわいです。
ってことは、日本会議に支えられている安倍政権もまた、手ごわいです。

この本の筆者、菅野完さんは、ご自分のことを「右翼であり保守だ」と自認しています。
この本を読む限り、どちらかというと左寄り?と思えてしまうところもあり、改めて「保守って何?」と考えてしまいました。

菅野さんは、以前デモクラTVというネット番組で「国体でなく、くに(故郷)を愛する保守」というようなことをおっしゃっていたと思うのですが(記憶曖昧。ちなみにこの「デモクラTV」とても面白いです!月々500円かかるけど、とってもオススメ。私はテレビない代わりにこれを見てるので、相当世間とずれてしまっているかも!?笑)、「故郷って、たぶん、誰でも多かれ少なかれ愛していて(たとえ、それがねじれた形であったとしても)、それは左翼だって右翼だって変わんないんじゃない?」と、私は思うので、「国体でなく、故郷を愛する保守」ってどう理解したらいいんだろう?って感じです。

よく「本物の右翼」とか、「本物の保守」とか言う言葉も聞きますが、そもそも右翼や保守にあまり興味をもっていなかったので、それもスルーしてしまっていました。
このあたり、反省です。
興味がないからこそ、耳を傾けなければならないこともあるだろうに…特に政治的な話はさ。

そんなわけで、これまでは「右翼」とか「保守」とかいうと、どうしても”好戦的で、やたら中国や韓国、北朝鮮を嫌い、見下す、国粋主義的”というようなイメージを持ってしまっていました。
だから、菅野さんが言う「故郷を愛する保守」の意味が少しわかりにくかったのです。
(こう改めて書いてみると、大分ダメですね私。すみません。勉強不足過ぎて…。だんだん恥ずかしくなってきた。)

そんな中、先日デモクラTVの「2016年7月9日 第171回本会議」を見ていて、「なるほどー!」と思ったことがあるので書いてみます。

この会議の中で「週刊金曜日」編集長の平井康嗣さんという方が「基本、保守は反動だ」という主旨のことをおっしゃっていました。

「反動」を辞書で引いてみると、デジタル大辞泉では「1.他に力や作用を及ぼしたときに、その反作用で押し返されること。 2.ある傾向に対抗して生じるそれと全く反対の傾向・動き。「好景気の反動が出始める」 3.一切の改革や確信に対して、守旧的立場に立つ極端な保守主義。また、その立場をとる人。「反動主義」「反動勢力」」とありました。

また、ブリタニカ国際大百科事典の解説では、「進歩的変革ないしそれを支える進歩的勢力に対し、既存の政治t系状態を保守しようとしたり、旧体制の復活をもくろんだりする保守勢力の行動をいう。反動は保守よりも積極的、行動的な形態である。」とあります。

で、平井さんの考えでは、保守ほど「人は間違うものだ」ということを痛切に自覚している人はいないはずなのだそうです。

というのも、「保守」は熱狂的な急進的ムーブメントにストップをかけ、冷静になることを促す立場だから。

人は間違うもの。特に熱狂的になって集団心理が暴走したりする時には間違いやすい。

だからこそ、うわーっと何かの変革運動が起きたときに、「この方向は本当にいいのか?そんなに暴走するのではなく、一旦止まってこれまで続いてきたものの良さをきちんと評価しよう」、そう考えるのが「保守」と理解しました。

そうだとしたら、私はむしろ「保守」…に成り得ているかどうかはわかりませんが、保守でありたいと思っているかもしれません。

現時点で、「右」とか「左」とか「保守」とか「革新」という分類が成立するのかって問題もありますが、それはちょっと置いておくとして、私は、「自分は特に右でも左でもないけど、もしも(無理やり)位置づけるなら、マイルドな左よりかなぁ」と思っています。

でも(だから)、底なしの陰謀論みたいなのに接すると、なんか違和感を感じるし、
「当事者(多くの場合、弱者。中でも最弱者)が一番声を聴かれるべきであり、一番偉いのだ!」っていう単純な論理のもと、「弱者」を強烈に擁護する人が一番偉い人ってことになって、逆にヘンテコなあべこべ権力構造が出来上がってしまうという、ありがちな構造にも違和感を感じることがあるし、
最近では、『逝きし日の面影』なんて読んで、「いいなぁ、昔の日本!」って思ったりもする。
(『逝きし日の面影』今まだ読んでいる最中なのですが、かなりいろいろ考えさせられます。それについては、また、後日書きますね!すごくいい本だと思います。)

今回の選挙でも、三宅洋平さんが「選挙フェス」で大活躍をして、私も心から当選してほしいと思っていたし、寄付だってしていたにも関わらず、少しだけ身が引けているところもあったりしました。

大きなムーブメントを起こして世の中を変えていく際に、三宅洋平さんのようなカリスマ性のあるアイコンは確かに必要だと思うのです。でも、その反面、フェスであれ選挙であれ集会であれ、集団の熱狂を少し怖いと思う感覚は常にどこかにあって。

今回の選挙では三宅洋平さんを応援する気持ちも強いにも関わらず、「洋平さんはすばらしい革命家だけど、政治家としての資質はまだわからないからなぁ~」と水を差すようなことを、偉そうに考えて(ほんとに偉そう!ごめんなさい、洋平さん)、友人にもそんな話をしたりしていました。

因みに、その友人は、そのあたりもちゃんと認識していて「あ、そうだよね!チェ・ゲバラに顔も似てるし。だからこそ、彼を支える周りの人、ブレーンとなるような人が必要なんだよね」と冷静に答えてくれて、ほっとしました^_^


私が臆病者なのかもしれないけれど、
「変化は必要。でも熱狂的な暴走はこわい。」
これって、ごく普通の感覚じゃないかと思うのです。

第二次大戦だって、ヒトラーへの傾倒だって、大衆の熱狂に支えられて起きたのだと思うし。

でね。
そういう立場から見ると、今の安倍政権は全くもって「保守」とは真逆の方向に突っ走っていると思うのです。(デモクラTVの受け売り!でも、本当にそう思うの。)

たとえば、
憲法の自民党改正案では、九条の二の国防軍に関する記述の5に、「国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に裁判所を置く」とあります。

【心の声】これはつまり、軍の治外法権ということ、ですよね…。軍の暴走は誰が止めるのだろう?

たとえば、
よく取りざたされる「緊急事態宣言」。
第九十八条 「内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。」

第九十九条 「緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。」

【心の声】「社会秩序の混乱」が起きているって誰が判断するのかな?もはや、内閣や総理大臣の暴走を止めるものは何もなくなってしまうのかな?


「改憲勢力2/3議席」などと騒いでも、憲法改正までにはまだまだ様々なハードルがあるそうですが、それでも、これまでの強引な「憲法解釈」による集団的自衛権の容認、特定秘密保護法などの経緯を考えると、現政権、今ある「様々なハードル」など楽々と飛び越えて、一気に憲法改正に持ち込む可能性もないとは言えないと、感じてしまいます。

もしくは、粘り強く、徐々に徐々に、現憲法の精神を骨抜きにしてしまうことも、もちろんありえます。

日本会議とタグを組み、おそらくアメリカのジャパン・ハンドラーにもそこそこ気に入られていると思しき今の安倍政権、ウルトラCの裏技で、強引に、そのぐらいのことはやってのけそうな・・・個人的にはそのぐらいの危険性を感じます。

というか、そのぐらいの危険性を感じといた方がいいと思う。

自民党の憲法改正案、読んだことありますか?
なかったら、是非読んでみてください。

読む観点としては
「基本的人権」「国民主権」「平和主義」を放棄する方向への改正
「一人一人の人としての尊厳」より「国体」という方向への改正、
かな。

まず人があり、ひとりひとりが集まって国ができ、そこで住みやすいように法律を作っているのか(現憲法)、

まず国があり、国(国体)を支えるために人々がいるのか(改正案)

という違いがくっきりと出ています。

ちょっと注意して読めば、誰でもすぐわかるぐらいの分かりやすい方向転換です。

自民党改正草案URL
http://constitution.jimin.jp/draft/

比較(ちなみに、明らかに護憲派の人が作ってます)
https://www.youtube.com/watch?v=6TNg8xauLCY

本物の保守を自認する菅野さんが、日本会議や安倍政権を嫌うのは、安倍政権の強引な急進、というか、急変路線のためなのでしょうね。


さて、もうこの辺で終わりにしますが、菅野さんの本の後、続けて矢部宏治さんの『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』を読みました。

既に記事が長くなりすぎているので、詳しい内容については書きませんが、いやはや、孫崎享さんの『戦後日本史の正体』を読んだとき以来の衝撃でした。

3冊とも「戦後再発見」双書というシリーズで出ているものです。

偏った部分もあるのかもしれません。
この本に書かれていることを鵜呑みにすることにも問題があると思います。

実際、上智大学の良識ある研究者である安野正士さんが、アマゾンのブックレビューに「「安保条約」のテーマによる幻想曲」という辛口のコメントを書いていて、「なるほど」と思う部分もあります(特に後半は)。

それでも、もし、上に少し登場したアメリカのジャパン・ハンドラーが日本に与えてきた影響について、何も知らないという方がいらしたら、ぜひ読んでみてほしいと思います。
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2016.08.01 (Mon)

森林間伐&木工!!

7月31日(日)に、山梨県都留市で活動している南都留森林組合が主催するイベント「樹から木へ」へ参加してきました。

こちらが、そのチラシです。


思い起こせば2014年5月、映画「WOOD JOB!」を見て感動し、林業に共感を覚え、いつか山で樹を切るような事がしたいと思い続けて早2年、、、

ついにその日が来ました!

今回のイベントは、間伐とクラフト体験です。

都留市中心部から車で15分くらいの山のふもとにある木材の集積場に集合。

森林組合の皆さんからのご挨拶。


そして、早速、皆さんで山に向かいます。

歩くこと15分程度で、ヒノキ林に到着します。
ここで、樹の事や山の事について話を伺います。


今回はこの山の地主さんからのお話しも伺うことができました。

このヒノキ林は65年前、地主さんのお父様の時代に植樹されたそうですが、その後は安い輸入木材や集成材に押され、コストが見合わなくなり、間伐もできないまま放置されているそうです。

間伐をしないと地面に日光が当たらなくなり、下草も生えないため、地面の保水能力がなくなり、土砂災害につながったり、飲料水や農業用水などの水を得る事ができなくそうです。ちなみに、この林の上には、広葉樹の林が残されているから大丈夫なのだそうですが、やはり手を入れていきたいですよね。


また、ヒノキは日本と台湾だけに生息している貴重な樹だそうです。日本人なのに、そんな事すら知らなった自分が恥ずかしいです、、、


いよいよ、間伐のデモンストレーションです。
まずはチェンソーで倒す方向に切り込みを入れていきますが、その角度や深さ、方向を学びます。


切り込みを入れていきます。


次に反対側に切り込みをいれて、くさびを打ち込みます。


チェンソーだけでなく、さまざまな道具を使用して、安全かつ確実に倒したい場所に倒していきます。


さらに、左手の2人がロープで引っ張ってます。


ヒノキは枝も硬いため、隣のヒノキの枝に、倒したい樹の枝かもたれかかり、なかなか倒れません。


無事に倒れました(^o^)/



その後、イベント参加者の実習です。



小さな樹ですが、チェンソーではなく、のこぎりで切っていきます。


こんなに細いけど、結構大変でした。


本来、間伐は冬場に行うそうです。夏の樹は水を沢山含んでいて、切りづらいし、重いし、木材もカビやすいとのこと。


その後、クラフトに使うために、もう少し太い樹をみんなで倒します。

交代でノコギリで切って、最後はロープを使ってみんなで引っ張って倒します。引っ張った方向に樹は倒れてくるので、危険です。そこで、滑車を利用して、90度横から引っ張ります。




この太さでも、倒れた瞬間に「ドスン!」という音が体にまで響きました。

切り株を覗いて、年輪を数えてみます。

間伐していないため、成長が途中から遅くなっており、年輪の幅が小さくなっていますが、確かに65本くらいあります。


こうして、あっと言う間に午前中が終わり、間伐体験は終了。

木材を山から降ろして、お昼ご飯お昼ご飯です。

そう、都留市の皆さんはご存知の、「おおみやのおにぎり弁当」です!ここのおにぎりは、オーダー時に握ってくれるのですが、本当に美味しいです!包装紙はイベントのオリジナルです。かわいいですね!

午後は間伐してきた木材を使ってのクラフト体験です。参加者の作りたいものを、スタッフの方々がお手伝いしてくれます。

皆さん、スプーンをつくったり、植木鉢を作ったりと様々でした。

私はと言うと、今回のイベントプログラムではないのですが、数か月前にチェンソーを買っていたので、マイ・チェンソーを持参して、その使い方を教えていただきました。
クラフト体験もチェンソーを使って作るようなものにしたいと考えていたところ、森林組合の試作品チェアーを見せていただき、どうしてもこれが作りたいとお願いし、サポートしていただきながら作ることにしました。

この作品は、今回間伐したヒノキではなく、さらに固いナラの木を使います。

丸太を薄く切ります。通常、丸太にするために垂直に切るのは楽なのですが、丸太と平行に薄く切るのは、繊維の向きの関係で力も必要になります。


特に、マイ・チェンソーは、薪づくりをイメージして購入した40㏄の初心者にも使いやすいもので、刃の長さも14インチ(35センチ)と小さめです。(ハスクバーナー135e)

試しに50㏄の18インチのものも使わせてもらったら、明らかにスピードも速く、楽に切れました。

でも、その後はコツも教えていただいて、小さいチェンソーでも比較的楽に切れるようになってきました。面白いです!



チェンソーはキックバックという跳ねかえりが危ないのですが、今回は危ない部分は手伝っていただきました。


そして、形を整えて、完成です!!

微妙な角度にもこだわり、刺し口の穴の大きさを調整したり、新たなアイデアでヘッドレストも作成しました!ヘッドレストは丸太を90度分カットして置いてあるだけですが、これが空を見上げる時に最高にいい仕事をしてくれます。
キャンプで星を見るときにいいかな~(^o^)


お手伝いしていただいたNさんと、完成品に座ってのツーショット(^o^)

なぜかチェンソーをギター持ち(^o^)

15時終了予定だったのですが、皆さん楽しみながらクラフトに打ち込み、16時ごろまで延長となりました!

最後に、山の地主さんからお話がありました。


「今日は皆さんに感謝を述べたい。この山の樹は私の先代が植えたが、それが65年間、使われることもなく、放置されていた。そして、今日、皆さんが切って使ってくれたことで、やっと陽の目を見ることができた。ありがとう。」

この言葉に、思わず胸が熱くなりました。

単なる非日常のイベントではなく、日本の樹をもっと使って、里山を活用し、循環させていかなければならない、そういう社会に戻していかなければならないと、あらためて感じました。

大変貴重な経験をさせていただいた南都留森林組合の皆さま、山の地主さん、そして参加された皆さん、ありがとうございました!

次回の8/20(土)の第2回のイベントも参加したいと思います。

こちらがそのチラシです。


次回はお昼ご飯と、置き時計のパーツ代まで込みで5000円とお得です!

皆さんも一緒に参加しませんか~!!




21:49  |  森林  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)
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