FC2ブログ
2018年12月 / 11月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫01月

2018.12.11 (Tue)

【妻】ノックアウト


母、絶好調です。

体力もついてきたし、言葉もしっかりしてきたし、何より自分でできることが格段に増えました。

頑固に訂正のきかない記憶があったり、今どこにいて、どの年代なのかがわかりにくくなって、昔の話を始めたり、前の家の話をしたり、ということはあるものの、食事や着替え、歯磨き、トイレなど、身の回りのことが自分でできる度は、格段にアップしました。

だから、介護が楽チン!

ホームでのクリスマス会の出し物に、英語でホワイトクリスマスを歌うと張り切っています。(実際、家でカラオケやってみたら、歌えてたっ!)

時々びっくりするような気の利いたことも言います。

今日は実家の近くの美術館に隣接するレストランに、父と母と私で行ってみました。


こんなことができる日がくるとはっ!

小さなランチのコースを食べたのですが、

前菜代わりのスープ。美しい!


母だけはデザート付きを注文。

小分けにした各種デザートが盛られた美しいプレートが運ばれてくると、思わず一同、

「わぁ~!きれい!」



母、黙々と食べ始めます。あまりにも黙々と食べているので、思わず

「おいしい?」と聞くと

「言葉がでないほどおいしい」と。

ほほー!
そんなにおいしいなら、よかった!!!
連れてきた甲斐があった!
父もニッコニコです。

それにしても、そんなこと、言えるようになったんだ~♡

メインのお魚料理を少し残してしまったので、ああ、手軽なランチコースとはいえ、ちょっと母には多かったかな、と思っていたのですが、なのんのなんの。

デザートに挑むために、わざと残したそうです。そんなこと、考えるようになったんだねぇ。

デザートに挑む心意気と計画性にも脱帽でした。


それもこれも、やはりユマニチュード効果なのでしょうか?

うん、やっぱり、そんな気がします。
父、ほんとに頑張った。



さて、NHKの福祉ネットワークというのがあるのですが、そこがユマニチュードのDVD3本セットを無料貸し出ししてくれています。

それを借りて観てみました。



真近でアイコンタクトをとる・・・やってる
たくさん触れる・・・やってる
たくさん話す・・・やってる
立って歩く(そのためのサポートをする)・・・やってる

いいぞいいぞ、やってるやってる!と思いながらDVDを観ていたのですが、1つ、「わぁ、すごいなぁ」と思ったことがありました。

それは、ポジティブな声がけ。

ポジティブ・マインドとか、ポジティブ・シンキングって、素晴らしい面も、もちろん否定しないけれど、というか、そういう面が多々あると思うけれど、天邪鬼な私は、あまりにポジティブ、ポジティブ言うのって少し抵抗があるのです。

ずーんと落ち込んでいたい時もあるし、悲しみをとことん感じていたい時もある。

その気持ちを無視して「ポジティブじゃなきゃ!」って、ちょっと暴力的ですらありうる気がして…。

でも、ユマニチュードのポジティブな声がけは、なんか、いいなーと思いました。

例えば、
「○○さん、また会えましたね~。気持ちいい朝ですね~。○○さんといると楽しいです。今日も一緒にいましょうね~」とか。
そんな感じ。

私はこの「今日も一緒にいましょうね~」に、なんだか、ノックアウトされてしまいました。

「○○さんといると楽しいです。今日も一緒にいましょうね~」って、最高に安心させてくれる声がけじゃぁあーりませんか?

こんな可愛らしい女の子にこんなこと言われたら、完全に心奪われるわ。と、私の中のおじさんが言っとります。

いや、そういう話じゃなくて。何かができたから嬉しいとか、病が回復する明るい未来があるから嬉しいとかじゃなく、一緒にいることが嬉しいって、究極の許しというか、無条件に受け入れてもらえているというか。


これは、言ってそうで、言ってなかったな~。

で、さっそく、言ってみました。

「お母さんといると、嬉しいな。今日も一緒にいようね~」

母、やっぱり嬉しそうです。

父がお出かけの日も

「今日はお父さんがいないけど、お母さんといるから嬉しいな。一緒にいようね~」

そしたら、

「今日はお父さんがいないけど、浩子といるから嬉しいな。一緒にいようね~」

って返してくれます。

単なるおうむ返しなんだけど、、、
なんだか、嬉しいぞ!

こういうポジティブは、いいですね~♪


もっといろんなところでいろんな人に使っちゃおうっと。

父とか、ダンナさんとか(あ、もう言ってるかも!と、何気にのろける)、学生さんとか、素直に言えそうなシーンで、照れずに言うって、大事だな。

ま、逆にパワハラとか、セクハラとかになっても困るので、表現は相手によって変わってくると思うけど、その人がそこにいることが重要なんだというメッセージを、素直に出していけたらステキだな、と思います。

言われたら、やっぱり嬉しいもん。うん。


年末年始は長期一時帰宅をトライしてみて、それで大丈夫そうなら、また家に引き取ることになるかも?!という話がでています。

母は最近、ホームにもかなり馴染んできたようで(献身的なホームのスタッフさんのおかげです!)、最近ホームのことを「向こうの家」と呼ぶようになっています。なので、家に引き取るというのは絶対目標ではなくなってきているのですが、それでも、やっぱり、できることなら、という想いがあります。

私も、まとまった休みをいただき、いっぱいユマニチュードを実践できるチャンスなので、嬉しいです。

てなわけで、冬休みがとっても楽しみです♪






スポンサーサイト
16:55  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.11.22 (Thu)

【妻】新しい関係


一つ前のブログで
「父と母の間に生じている新しい関係について書きたかった」
というようなことを言いましたが、
今日は、そのことについて書いてみようと思います。

父、毎日ホームに入り浸っています。
そして、いま、ユマニチュードという武器を手に入れました。

母、何でもないときは、よく下を向いてごみを拾っています(これも症状の一つなんだと思う)。
疲れているときや、機嫌が悪い時は、下を向いて、ぼそぼそ話します。
でも、疲れてもいなくて、ごみも拾っていないときは、よく父の顔を目で追っています。
父と話すときも、3人で話しているときも、父と私が話しているときも、
本当にしょっちゅう。

母、父を頼りにしているんだろうな。
父、本当に母の助けになりたくて必死で母に向き合っているんだろうな。


母が今のような状況になって以来、
私は毎日定期便のように実家に電話をしています。
初めのころは母は電話口に出てほんの少しでも話ができたのですが、
どんどんそれもできなくなり、今はもっぱら父と話しています。
(あ、でも、母、最近は少し回復してきて、電話口にも出てくれるようになりました!)


さて、前回の帰省の翌日、父に電話すると・・・

私「今日はどう?」
父「うーん、一言でいうとね、機嫌が悪かったね。」

この日、母は一時帰宅から直接デイケアに行き、
そのまま隣接するホームに戻る日。
昨日は「ホームがいい」なんて言ってたから、
ショックながらも少しほっとしていたのですが・・・

父「何か嫌なことがあったっていうんだけどね、 聞いても、わかんないとか、忘れちゃったって言うんだよ。」
私「そうかぁ。なんだかわからないけど、嫌だなっていう気持ちだけが残ってるんだろうね」
父「そうだねぇ。美子(母の名前)がそんなに元気がないと、僕もつらいなあって言ったら、“明日になったら、治ってるよ”なんて言うんだけどね」
私「へー。すごいこと言うね」
父「ね。時々ハッとするようなこと言うよ」
私「じゃあさ、あんまり気に病まなくていいよ。時によって気分が変わるだけだよ。
お母さんの感情に振り回されてたら身が持たないからさ。
 お父さんはいつも変わらず愛情だけを伝えてあげるのがいいと思うな。
  顔を手で包んで、“かわいいねー。大好きだよー”って言ってあげたら?」
父「浩子はそういうのが上手だけどね。なかなかできないねぇ」
私「でもさー、お父さんがやってあげたら、お母さん、ものすごく嬉しいと思うよ。私がやるよりずっと喜ぶよ!」
父「そうかねー」
私「いや、そこはね、確信あるよ。
お母さん、お父さんのこと大好きだから、
私がやるよりずーっとずーっと効果あるよ!」
父「そうかねぇ」

と、言いながら父、少しうれしそう。

そう。そこだけは自信あるのです。
母は父のことが大好きなので、
父に構ってほしいのです。

一方、父も、
私が母をハグしたり、
「かわいいねー、大好き!」って言ったり、
添い寝したり、にかくべたべたしているのを
隣で、ちょっぴり羨ましそうに見ていたりして、
そんな父に、私も気づいていました。

母がボケちゃう前は、そんなことをやってみようとも思わなかったと思う。
でも、母がだんだん複雑なことがわからなくなって、
ほんとにほんとにシンプルな感情だけが最後に残っていくのかな
という感じになってきて、
その感情にアプローチするために、私たち、必死。

だから、父は本当に真剣に母と向き合っています。
そんな父と母を見ていると、
これって、この状況にならなければ生まれなかった関係なんだろうなーと思います。

それはなんというか、とても、暖かくて、悲しくて、キラっとしていて、根本的です。
なんか、意味不明ですが、そんな感じです。


今、カウンセリングの勉強をしていて、
その課題として「思考観察」というのをやっているのですが、
浮かんでは消え、浮かんでは消える、
とりとめもない考えや思いと、そこにくっついている感情は、
全く自分でコントロールできないというか、していないというか、自動的と言うか、
ほんと、浮かぶがままです。

「これを考えよう」と思って考えていることは、ほとんど(いや、全く?)なく、
自分の意志とは関係なく勝手に浮かんでくる。
その意志でさえ勝手に浮かんでくるものだったりして、
あー、人間の思考っていい加減なもんだなーと思ったりします。
思いや感情に操られているだけで、
自由意志なんてないんじゃないの?とかね。

しかも、思いや考えが去っても感情が残っていたりして。
面白いもんです。


そんなこと思いながら母を見ていると、
母は人間の思考や感情の在り方の原型に戻っていっているだけなのかなーと、思ったりします。
その時に浮かんできた思いと感情に素直に反応しているだけ。

だからなのかな。
今の父と母を見ていると、
「根本的」っていう言葉が思い浮かびます。

もう、根っこのところでしか通じ合えないから、
土の下の根っこを必死で探して、
見えないどこかで相手を探り当てて、触れ合おうとしている。
そんな感じです。

なんだか、言葉がうまく探せなくてまどろっこしいのですが、
なんとなく、そんな感じ。

そんな父と母の時間、
あってよかったのかもしれません。

そんなこと言うと、父に怒られるかもしれないけれど、ないより、あってよかったのかもなって、思います。


父と母



14:12  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.11.20 (Tue)

【妻】疲れた~(>_<)


2週間ぶりに実家に帰ってきました。

父も私も、そろそろお互い、母のサポート体制を持続可能な形にしなきゃねという話になり、私は試しに1週間帰省せずに過ごすことにしてみたのです。

久しぶりの実家と母、前日までは早く会いたいな~とワクワクでした。

ユマニチュード効果で母の回復は目覚ましく、帰省の前々日の父との電話では、父が家からホームにいる母に電話してみたところ、15回ぐらいなって、母が出た!というニュースもあり、父と二人で大喜び。

会わないうちにそんなに大きくなって、じゃない、そんなに回復しちゃって!

いよいよ帰省当日。
「ただいまー!」と帰ると、母、なんと台所に立って食器をあちこち移動しています。

おー!これは!!

しかし、片付けているのかと思いきや、全く見当違いのところに持っていき、それをまた別の見当違いのところに動かして、とやってます。

うむむぅ。いいんだけど、これ、次使う時、絶対探しまくって、イライラするやつだ(>_<)

ま、いっか。
「お母さん、ただいま!」と顔を覗き込むとなかなかいい表情。
ホッとします。

でもね。
少し落ち着いて、机を挟んで向き合って座って、バッチリ目を合わせられる態勢で話しかけても、下を向いていることが多くて、なんとなく元気がない。父に聞くと、昨日はいろいろ大変だったのだとか。

まー、いろいろあったのね。

で、私、こんなタイミングで聞かなきゃいいのに、母の元気なさが気になって、
「ウチの居心地はどお?」とか、、、
聞いてしまいました。

母「まぁまぁだねぇ」
私「まぁまぁかぁ」(内心ちょっとハートブレイク)
私(よせばいいのに)「ホームとどっちがいい?」
母「どっちがいい?」と父の方を振り向いて父に聞きます。

(あ~なんか、言いにくいことあるんだな~。スパッと言えないんだな~きっと。)

私「お父さんに聞いてもわかんないんじない?」
母「やっぱりホームかねぇ」
父・私、内心ガガーン!

な、なぜ?
その時その時の気分で言うことは変わるので、昨日の「大変だった」ことが響いてるのかな?
何があったの?お母さん。
↑説明がややこしいので何があったかは省略しますが、あとで父に聞いてみても、私から見たら、それほど大したことではないのです。

いやぁ、ハートブレイク!
父も私もショックです。

でも、その反面、少なくともホームがそんなに嫌じゃないんだと思うとホッとする部分もあります。

母曰く「ホームは、いいことも嫌なこともある」そうです。

そのホームに負けるってことは、うちもだいぶ嫌なことがあるのね~(>_<)
凹むわ。

そんなスタートだったせいか、今回の帰省は、なんだかどっと疲れてしまいました。

ケーキも食べたし、散歩もしたし、ボール遊びも、ババ抜きもして、大笑いもしたけど、何か心に穴が空いたよう。

父もため息が多く、かなり疲れてました。
きっと私よりショック、デカかったよね。


今後、母の暮らしをどうするか、私たちも考えていかねばならないので、今回の滞在で何度か母に同じような質問をしてみました。

「ホームは居心地いい?」
「家はどお?」
「こんな風に時々家に帰るのはどお?」
「明日ホームに戻るのはどお?」
などなど。

そしたら、母は、ホームにいて、時々家に帰るのがいいようです。

そうかー、そうなのかー。
父も私もてっきりホームより家がいいんだと思い込んでたよ。

でも、ここからは私の推測だけど、母がホームがいいと言うのは、たぶん家だと、父がバタバタと家事やら母の世話やらをしていて、母の扱いがどうしても雑になってしまいがちだからなんではないかと思うんです。

その点、ホームだと、父はずーっと母と向き合っていられるからなんではないかと。

父、本当にずーっとホームに入り浸ってるから、きっと寂しくもないしね。

実際母に
「ホームはいい?」と聞いた時…
「そうだね、まぁまぁだね」(一貫してます)
「嫌なことはない?」
「嫌なこともあるけど、いいこともあるよ」
「お父さんもいつも来てくれるしね」
「そうだね」
↑この「そうだね」の時に目が一瞬パッと開いてすごく力を持ったのを、言葉にとても実感がこもっていたのを、娘は見逃しませんでしたよ、お父さん!

つまり、母の言うホームは、父込み込みのホームなのかなと。

そう伝えたら、父、少し嬉しそうでした。

ま、でも、やっぱりハートブレイクだよね~(>_<)

そんなわけで、父も私も、なんだか気が抜けたと言うか、ちょっとショックというか、いつもよりぐったり疲れてしまった一時帰宅なのでした。


それと、立つ、伝え歩きする、言葉を交わす、と言う点では、たしかに大進歩しているのだけれど、認知症が少しずつ進んでいるのかなと思う部分もあり、そのことも、父と私を疲弊させる一つの要因だったと思います。

例えば、一緒におやつを食べて、さて、私はもう帰るね、となった時にも、私には目もくれず、別のお菓子のところに行って、お菓子の缶と格闘していたり。

皆でご飯を食べ始めるのがどうしても待てずに、食卓に出ているものから、手や楊枝で食べ始めてしまったり。

それを父に注意されて、意固地になって、ご飯を楊枝で食べ続け、最後まで楊枝で食べてとんでもなく時間がかかったり(あ、これがさっき説明を省いた「大変だった」ことです)。

家族としては、なんとも寂しさを感じずにはいられない出来事が少しずつ増えているように感じます。

そんなわけで、介護が始まって初めて、とてもとても疲れた気持ちで新幹線に乗っています。

私がこんなに疲れてるんだから、父、大丈夫かなぁ?


本当は父がユマニチュードを始めて、父と母の新たな関係性が生じていることとか、書きたいと思っていたのですが、なんだか、話が違う方向になっちゃいました。

現実は、なかなかキビシイですな!



私が子供の頃恒例だった、かもおばあちゃん(父の母)と行く藁とり。父の兄弟と、私たちの従兄弟が大集合。


おまけ

私が自宅に帰り着いて実家に電話すると、父が
「さっき、お母さんがお風呂に入りたいって言い出してね」と言います。

お風呂は、母、大好きなのですが、脚力が弱まったのと、痛み止めで頭がふわっとしてしまうのとで、バスタブから立ち上がれなくなり、溺れかけて、父が必死の思いで救出というのを何度もやっています。

それが続くようになったため、家での入浴は避け、随分前からデイケアで入らせてもらっています。

しかも、今は、その頃より脚力はずっと弱くなっています。

それでも父、「じゃあ、お水溜めていないバスタブで練習してみて、出来たらにしよう」と言って、練習してみたのだそう。そしたら、練習するうちに母の気が変わり、シャワーがいいと言い出したそうで。

「結局シャワー浴びて、 今着替えて、一段落してね。 これから歯を磨くところ」とな。

どこまで優しいんだ、父。
あんなに疲れてたのに。

お母さん、昔よく
「お父さんと結婚して本当に良かった」
と言ってたよね。

娘は今思うよ。
あなたのその言葉は、全くもって正しいです!

ほんと、お父さんと結婚して、良かったね、お母さん。






15:58  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.11.06 (Tue)

【妻】愛の伝染?


母がホームに入所することが決まった時、
父と兄が相談して、母用に「ボタンを二つ押せば父に電話がかけらる」という
ものすごくシンプルなガラケーを母にプレゼントすることにしました。

実際は、母、「電話をする」ということを思いつかないので、
今まで一度もその電話が使用されたことはなく、
今のところ、ホームの棚の上に鎮座しているのですが、
最近の母を観ていると、「この調子ならそのうち使えるようになっちゃうかも?」
と期待が湧いてきます。

でも、今回の話は母のことではなく、
父が母のスマホをガラケーに変更しに
docomoショップに行ったときのことです。

ここからは、父からチラっと聞いただけの話なので、うまく再現できるか分かりませんが・・・
(ちなみに、シャイな父は、お調子者の私が「わー、いい話!ブログに書こうっと」と言ったら、即座に「書かなくていいよ~。やめといて」と言っておりやした。けど、とってもいい話なので書いちゃう!)



あ、その前に、前知識として、
そのdocomoショップ、人がいつも足りておらず、
そんなに混んでいる風でもないのに、平気で3時間ぐらい待たされます。

先日は、4時半ぐらいにiphoneの充電ケーブルを買いに行ったら、
「今は3時間待ちで、しかも、今日はもうキャンセル待ちでしか受け付けられないんです」
とのこと。

思わず、
「え?あそこにあるあのケーブル、買うだけですけど、3時間待ちですか?」
と聞き直してしまいました。

田舎の人手不足、すさまじいです。
ちょっと融通きかなさすぎじゃない?とも思いましたけどね。


てなわけで、そんな、てんてこ舞いなはずのdocomoショップなのですが、
母の電話の「スマホ→ガラケー」の機種変更を予め予約し、
父がお店に行くと、若い男性の方が対応してくださったそうです。

なぜスマホからわざわざガラケーにするのか、
父がその理由を説明するために、
「何の機能も要らない。とにかくこの人(電話の主の母のこと)とつながって、話ができればいいんです」というようなことを言ったのだとか。





すると・・・

どんな流れでそういう話になったのかはわかりませんが、その男性、今奥さんとうまくいっておらず、昨日も大げんかをして、離婚しようと書類まで用意していたことを話してくれたそうです。

そして、
年老いた妻のために歩いてdocomoショップまでやってきて、
スマホをガラケーに変更するために
「ただこの人とつながって、話ができればいい」
と言う父に感動したと言い、
だんだん涙声になってきて、
「私も、もう一度考え直してみます」とおっしゃったのだそうです。

そして、すごく親切に何もかもをスムーズに手続きしてくださり、
出口まで見送って、店の外にまで出て、
最敬礼で送り出してくれたそうです。


ごく普通に考えて、
父は特別のことは何もしていないと思うのですが、きっと、その男性の感性が豊かだったんでしょうね。


あまりにも意外な話にびっくりしてしまいましたが、
なんだか、心があったまりました。


母が今のような状態になってきて、
起きたことをいろいろダンナさんに話すと、
これまた、どんな流れだったかは
忘れちゃいましたが、
ダンナさんが
「きっと、今のお母さんは、今のお母さんの役割を果たしているんだよ。
ひろすけ(私の呼び名)に命を全うして死んでいく姿を見せるとかね」
というようなことを言ってくれたのですが
(・・・こう書くと、なんか言葉が強い感じになっちゃいますが、そうやって生と死を引き継いでいくんだね的な感じです)、

お母さん、思いがけずdocomoショップでも、小さな役割を果たしていたようです^_^


P.S.
前回ブログで一時帰宅のことを書きましたが、
一時帰宅終わりの時間が近づいてくると、
一家の末っ子で一番泣き虫の私は、
まだお迎えさえ来ていないのに、
もう、うるうるしてしまいます。
涙もろいのはいくつになっても治らないですね(>_<)っていうか、加速している気がする。

母に「これは悲しいことなんだ」と思って欲しくないのに、あきまへん。

一方、母はとってもクールで、
お迎えの方が車椅子を持って家に入ってきたら
「誰が乗るの?」と言ってましたw

母、いいぞ!ふるってる!
ま、母が乗りましたけどね。

洗濯物を取り入れたりするために、
私はしばらく家に残り、
父が付き添ってホームに帰ったのですが、
そろそろ私もホームに行こうかな~という頃、
私の携帯が鳴りました。

誰かな~と思ってみると、
表示されているのは母の名前。
「おー!お母さん、電話、かけられるようになったの~?!」
・・・ということは、さすがになく、
一緒に行った父が手取り足取りで
電話をかけるように促したようです。

でも、最初から母の声で出てくれて、
すごーく嬉しかった!
父と兄とdocomoショップのお兄さんの愛の電話、
初めて役立ちましたっ!!!

さあさあ、お母さん。
私たち、これからどんな人生を歩んでいくことになるのかねぇ♪












14:42  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.11.06 (Tue)

【妻】母、一時帰宅


母がホームに入居する際、
「まずは部屋を借りてみて、週何日かだけステイするというところから初めてみよう。
そうすれば、私たちがいよいよ窮地に追い込まれた時はホームに頼ることができるし、もしも、母がどうしてもホームに慣れないようなら、部屋を返上することもできる。」
と思いながら一歩を踏み出した私たちでしたが、

→「物語」


ホームに入所したとたん、人が変わったような母の変化。

→「母の変化①」

→「母の変化②」

→「母の変化③」

私たちは母を家に再び受け入れる自信をすっかり失ってしまいました。

でも、母は、私たちが思うほど弱くなかった。
だんだんと回復を見せてくれました。

→「母、プチ回復」



そこで、二泊三日で初の一時帰宅をやってみることになりました。

せっかくホームに慣れたのに家に帰ったら、
再び環境が変わることで、また混乱してしまうのではないか(今度は家のトイレの位置がわからなくなったりとか)?
一度家に帰ったら、もうホームに戻るのが嫌になってしまうのではないか?
ホームに戻ったときに、またまた環境が変わって大丈夫なのか?

などなど、小さな不安材料はありましたが、とにかくやってみないとわからない。
もしかしたら、将来的に再び家に拠点を移せるかもしれない。

いつものように期待と不安を行ったり来たりしつつ、でも、ちょっとわくわくしながら母を迎える準備をしました。

父の話では、母、家に一時帰宅する数日前から、
飛躍的に調子が良くなったらしく、
前々日には脳トレ本の平家物語をすらすら読んで、20代のスコアを出していたそうです!

そして、帰宅日当日。
有り難いことにホームが車を出して下さいました。

その日、私は仕事だったので、
兄夫妻が来てくれました。
兄の下の娘(母の孫)も、ボーイフレンドとお伊勢参りの途中で寄ってくれました。

いつになく賑やかで、みんなで母の好物のうなぎを食べに行き、一人前ペロリと平らげたそうです。




母、上機嫌。


翌日、私が帰省したときには、
むしろ入所前よりむしろいい状態でした!
顔色も表情も、話す内容も
とってもしっかりしているし、
箸でご飯を食べられるし、
トイレも一人で行けます。
一時期はあんなに落ち込んだのが嘘のよう。

母と私と2人で童謡カラオケもやりました。
2人で歌いだすんだけど、
途中で2人とも歌詞がわからなくなっちゃって
ピタッと歌が止まってしまいます。
そのタイミングが同じすぎて、大笑い。

ユーチューブで「歌詞付き」カラオケ動画を出して、楽しみました^ - ^


それにしても、この母の回復。
これは、ショック療法なのか!?
それとも、ユマニチュード効果なのか!?
帰宅か楽しみすぎる効果なのか???

→「ユマニチュード」

ただ、一時帰宅することを決めてそれを伝えたときはそこまでの反応はありませんでした。
むしろ、「どうしてそんなことするの?」
と、父に聞いたと言います。
その意図は、わからないのですが…。

となると、やはりユマニチュード効果なのでしょうか。
それ以外に何も変わっていないので、
おそらく、たぶん…
それぐらいしか理由が思いつかない。

特に父は、ほとんどホームに住んでいるんじゃないかというぐらい
せっせとホームに通い、せっせとユマニチュード を実践してくれていたみたいです。
私も帰省する日は、せっせと通い、せっせとユマニチュードをやりました♪

とはいえ、父も私も実際にやったことといえば、
しっかりと目を合わせてコミュニケーションをとり、
母を大切に思う気持ちを折に触れて伝えたことぐらいです。
たいした労力も要りません。

なのに、効果は、絶大。
いや、ほんと、すごい。

この回復は、おそらく ユマニチュード 効果だろうと思う理由の一つに、
母の目が父の顔を追っている時間がすごく長くなっているというのがあります。

以前は、話をしていても、ぼんやりと視点を落としていることが多かったのですが、
今は、例えば、父と母と私と三人で話していても、ほとんどの時間、視線は父の顔に注がれていたりします。

それと、前より父に頼ることが多くなった気がします。

以前、一番お世話をする人が嫌がられてしまうという話を書きましたが、

→「ヤなこと言う人」

今は、父をちゃんと一番頼りにしている感じ。


母が少しわけがわからなくなって、何か変なことを始めてしまったときにも、その効果を実感します。

そんな時は、手で顔を優しく包んで、目をしっかり合わせて、
「お母さん、これはこっちだよ」
などと言えば、ちゃんとわかってくれるのです。

これまで、そういうときは、母の視野が狭くなっているので、どんなに優しく諭しても、愛を込めて接したとしても、こちらの言うことにはほとんど耳を傾けてもらえませんでした。

いやー、ほんとに、ほんとに、すごい。
すごいです。
(ボキャブラリーがなさすぎる)


改めて、 ユマニチュード のことを教えてくれた
やのっち、すみちゃん、だんなさん、
ユマニチュードの紹介をしてくれたNHKさん、
ユマニチュードを開発して世界に広めてくれているジネストさんに、感謝です!!!



今後についてですが、
「これなら母に再び家に帰ってきてもらえるかも!」
と思う一方、
ユマニチュードを意識的にやるのには、
「母がホームにいて、私たちが会いにいくという形の方がいいのかも?」
と思ったりもします。

家にいると、家のワサワサの中に母は溶け込んでいて、
それはそれで、たぶん幸せなことなんだけど、
ザ・ユマニチュード !って感じになりにくいことも、
今回の一時帰宅で実感しました。

一つ一つ目を合わせて伝えるっていうのが、
日常のワサワサにかき消されがちになっちゃうんです。

健康な私たちは、そのワサワサの中で情報を投げたり、キャッチしたり、投げ返したり、
っていうことが何の苦労もなく、平気のへーできるのだけれど、
母は本当に一つ一つ、一対一で丁寧に伝えないと、そこから取り残されてしまうのです。


その点、ホームにいると、母に集中できるというか、そうするしかないから、
ユマニチュードも実戦しやすいなという印象です。


もし、母の他に二人いれば、
例えば食事の時なども、
一人が夕食の支度をし、一人が母にご飯だよと伝えに行き、
その際に、しっかり目を見て伝えて、一緒に行こうと促すこともできます。

だけど、それが一人だと、なかなか毎日毎食そういう風には行かないものです。
一回ぐらいできても、なかなか持続可能ではありません。

そんなわけで、今後、どうしていくかは、また何度か一時帰宅をし、
ユマニチュードの実践のことなども考慮して、
父や兄と話し合いながら、少しずつ考えていきたいと思います。

いずれにしても、小さな希望が見えてきました。


P.S.
と思っている矢先に、
母、帰宅二日目の夜、おしっことウンチを失敗してしまいました。
自分の備忘録も兼ねているので一応書いておきます。

母、自分でもわかっていて、私がベッドからシーツをはがしている横で、
「黒いのは、何それ?ウンチか⤵︎ 嫌だねぇ・・・」
などと言っています。
自分のしたことが分かってしまうのも、逆にかわいそうなもので、しょんぼりしています。

いや、これは、なかなか前途多難です。





14:10  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.10.30 (Tue)

【妻】ユマニチュード


ダンナさんの妹すみちゃんと、サルサ仲間で介護職のやのっちから、NHKのためしてガッテンで「ユマニチュード」という介護の取り組みについてやっていると連絡をもらいました。

同じ頃、ダンナさんからは、「こんなん録画しといたよ!」と、やはり「ユマニチュード」の番組情報をもらいました。

ありがたい。気にしていてくれて、知らせてくれること、録画してくれること、本当にありがたいです♡


さて、この「ユマニチュード」素晴らしいです!


ためしてガッテン

ユマニチュードの記事



私もさっそく実践してみました。

なんとなく自然にやってたかな~と思うこともいっぱいあったけど、「目を見る」の徹底ぶりが、私は全然できていなかった!

もう、このジネストさんの見つめ方が半端ない。

「私をみて~!」とばかりに、いや、実際そう言いながら、逸らされた目も捉えに行く。

こんなに無遠慮なほどにやっちゃっていいんか?と思うけど、それによって、相手の表情がどんどん変わっていくのです。

母にやってみると、照れながらもちょっと微笑みが出ます。

とはいえ、なかなかジネストさんのようにはいきません。

がっ。無理くりでも目を合わせて、「お母さん、大好き~♡」って伝える、ハグして「大切~」って伝える。

諦めずに、少しずつ根気よくやってみようとおもいます♪




「ユニマチュード」の創始者ジネストさん
(https://helpmanjapan.com/article/5140
から勝手に拝借。ごめんなさい)




18:05  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.10.30 (Tue)

【妻】母、プチ回復!

入所一週間弱、母が、少し落ち着きを取り戻したのか、少しずつ回復しつつあります。

ご飯は、お箸は使えないのだけれど、スプーンとフォークで器用に食べています。

トイレも、なんとか、私と二人で一歩一歩歩いて行けるようになりました。

そして、リハビリパンツをあまり脱がなくなりました。

おしゃべりも大分できるようになり、長い話はできなかったり、名詞が出てこなかったりはするけれど、2,3言ずつの言葉のやりとりはかなりできます!

ただ・・・
元気がない。
表情が暗い。
下を向いて、なかなか目を合わせてくれません。

頭が少しはっきりしていろいろ分かってきた分、
「こんなところに送り込まれた」っていう考えが湧いてきちゃって、ショックを受けているのかな?

とか。

私もいろいろ考えちゃいます。


母がこんなに元気がないのは辛いなぁ。
トイレに行けないのも辛いけど。

贅沢なのかもしれないけれど、でも、感情が動かない、喜びを感じないというのは、やっぱり、見ていて辛い。

またまた「家に連れて帰ろうか」病が出てきます。

でも、いやいや。
これ以上ずっと家で看つづけるのは無理だから、ひとまず施設に入ったんだし。
施設に入ってから、もっと無理になっちゃったし。
いや、やっぱり無理でしょう。
そんなことしたら、お父さんが先に死んじゃうよ。

とか。

また、グルグルしてます。


父とも話していたんだけど、私たち、大分往生際が悪いです。
とほほ。

きっと、家族って、こんなもんなんでしょうね。
行ったり来たり。
決して割り切れない。
そんなこと、簡単にはできない。



ここまで介護生活をしてきて思うのは、私のこだわりポイントは「母の感情」なんだな、ということです。
誰でもそうなのかもしれないけれど。

歩けなくても、トイレに行けなくても、一人で食べられなくても、母がご機嫌さんなら、そんなに辛くない。

けど、母に元気がなかったり、悲しそうだったり、寂しそうだったりすると、とたんに無茶苦茶凹む。

だから、先週に比べたら、とっても良くなっているのに、なんだか気が晴れないのです。

はぁ、贅沢な悩みでしょうか?

でも、死へ向かう道のりを、出来るだけ穏やかに、心豊かに、満ち足りて過ごしてほしいと願うその心の働きは、私自身に止められるものでもなく、元気のない母を見ると、やはり心が痛みます。
はぁ。



私にとって、少し嬉しいのは、ほかの入所者さんと、少しずつコミュニケーションが生まれてきたこと。

食堂で会う人、廊下をすれ違うお隣さん、よく散す歩している人・・・今度、お部屋訪問したいな~って、企み中です♪





子供の頃、家族でおばけスイカを作ってみたときの写真(撮影 父)




18:02  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.10.26 (Fri)

【妻】介護保険制度



私は、母の介護が始まってから、初めて介護保険の仕組みを知りました。

また、介護付き有料老人ホームと特別養護老人ホーム(特養)の違いが
如何に大きなものであるかも、初めて知りました。

あんまりややこしくて、うまく書けるかどうかわかりませんが、
ちょっとトライしてみます。

まず、特養は、介護のいろいろがすべてついてくるホームです。
とはいえ、おそらく介護保険の範囲内でいろいろなことを対処するので、
その点は、介護付き有料老人ホームと同じなのですが、
特養に入るとそれまでのケアマネさんの手を離れ、
特養が介護保険の運用もしてくれます。
だから、「すべてお任せ」できるのです。
また、人の配置も潤沢です。

一方、介護付き有料老人ホームは、すべての介護が自動的についてくるわけではなく、「この住居を借りると、介護保険のサービスをつけられるだけの施設とスタッフがいますよ」ということのようです。

私はホームの入居が有料かどうかという点が、最も大きな違いだとばかり思っていました(もちろん特養も有料なのですが、かなり安い)。

でも、そうではなく、入居費(家賃)もそれなりに高いのですが、
入居後のサービスは、ほとんどすべてオプションで、
たいていはケアマネさんが介護保険の点数と照らし合わせて、
これはつける、これはつけない、と決めてくださるのです。

上手く伝わりますかね。
えーと、要は、入ったからと言って、自動的に必要な面倒を見てもらえるわけではないのです。

朝の介助30分(早朝値段)
夜の介助30分(夜間値段)
デイケア利用
訪問看護
訪問医療
食事介助
汚染されたベッドの洗浄
洗濯
ヘルパーさんによる部屋の掃除
介護ベッド貸し出し
車椅子貸し出し

などなど、これらすべてに値段がついてきます。
それが介護保険で賄える範囲内なら、10%の自己負担、
それをはみ出たら、全額自己負担で、かなり莫大な出費となります。

たとえば、
母の介護ベッドは月々1万3千円ぐらい(介護保険を使えば、一割負担で月々1300円)です。
他のものの値段は、実は、詳しくしらないのですが、
上記のものがすべて加算されるので、かなりの額になります。

ホームに入って数日、
「なんだか着替えをしていないみたいだなぁ」と思ってケアマネさんに聞いたら、介護保険をいっぱいいっぱい使ってしまっているので、
夜の介助は入れていなかったのだそうです。
(それでも、後できいたら、施設のご厚意でパジャマへの着替えはさせてもらっていて、朝、たまたま前日と同じ服に着替え直していただけだったようです。念のため、施設の名誉のために書き加えておきます。)

定期的に必要なケアに加え、
「汚染」(何度使っても使い慣れない、この言葉)が一回あると、
昼ならいくら、
夜間ならいくら。
洗濯も回数が増えると、また一回ごとにいくら。
掃除も同様。
ってな感じ。

母の場合、朝と夜間の着替えや歯磨きなどの介助に食事介助、とにかくすべてが必要な状態になってしまったうえに、夜間の「汚染」が一晩に何回もあったりするため、このままだと大幅に自費負担分が増えてしまうと、先日、ケアマネさんから連絡がありました。

父は退職後もあれこれ仕事をして、
老後の費用をためていたし、
私たち夫婦も子供もなく共働きなので、
今のところなんとかなりますが、
この制度の実態を初めて実感として知り、
何もかもをお金に換算したサービスの切り売りシステムに、
どうしても違和感を感じてしまいます。

ケアマネさんはとてもいい人で、
すごく誠実に対応してくださるにも関わらず、
ずっと感じていた違和感の根っこは、この制度にあったことに気づきました。

ケアマネさんの仕事は介護サービスと利用者を結びつけること。
だから、利用者を見る目が、「どのサービスを提供すべき人か」という基準に、たぶんどうしてもなってしまうのではないでしょうか。

でも、母は、
朝と夜に介助が必要な人とか、
食事に介助が必要な人とか
そんな特徴以外に、
たくさんの個性を持っています。

だけど、介護保健制度自体が、
サービスの単位に当てはまるような類型で利用者を切り取らざるをえない、
そんな制度なのです。

私が感じた違和感は、「母を母として観てもらえない」、
そんな違和感だったと今ならわかります。




定年後の父と毎年楽しんでいた海外旅行


14:39  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.10.26 (Fri)

【妻】変化の理由


ホーム入居に当たって私が一番恐れていたのは
「母が見捨てられたと感じてしまうのではないか」ということでした。
そこまでいかなくても、
「母が寂しいと感じてしまうのではないか」とか、
そんな心配ばかりしていました。

だから、
母が寂しさを感じるようならできるだけ長くホームで付き添おう、
それでも寂しいようならさっさと家に連れて帰ろう、
家とホームを行き来しながら、だんだん慣れてもらおう、
と考えていました。

だから、父から「別人になってしまったようだ」と聞いたとき、
寂しさからくる抵抗感がそうさせているのではないかと思いました。

でも、今、いろいろと振り返ってみると、
母にとって最も大きなダメージは、
「物理的な環境の変化」だったように思います。

だって、一日目は、結構ご機嫌にに過ごしていたのです。
兄も来て、父も夜まで付き添って、寂しい思いはしていないと思う。
ほとんど就寝の時間まで父がいたのだから。

だけど、翌日の朝、面会時間スタートとともに駆けつけた父の目には
既に別人かのような母がいたのです。

じゃあ、夜何があったかというと、一番大きな出来事は、
「トイレに行きたいけれど、場所がわからない」
「トイレからベッドに戻れない」
だったのではないかと思います。

これで、母、すっかり混乱してしまったんじゃないかと思います。
ごめんね。本当に、ごめんね。

今思い起こしてみると、担当者会議の時に父が言っていた
「 特に心配なのは夜で、トイレなどに起きて、ここはどこなのかわからなくなってしまったり、トイレがどこかわからなくなってしまうこともあると思います。 」
という発言は、とても的を射ていて、
ずっと母に付き添っていた父ならではの言葉だったと思います。

ただ、父も私も、ここまでのダメージになるとは想像すらしていなかった。

これは私たちだけでなく、ケアマネさんも、訪問看護の看護師さんも同様で、
ある程度の時間、母と接していた方は、
皆一様に驚いて、多少なりともショックを受けているようでした。

だって、同じ部屋にショートステイで何回か泊まった時は、
そんな風な混乱はなく、
一度はおしっこ失敗があったものの、
自分でトイレに行けてもいたのです。

でも、その時より、きっともっと適応力が落ちていたんだと思います。

トイレの場所がわからないことが引き起こした混乱は、
他の運動機能や言語機能にまで及び、
母は、とにかくすっかり混乱してしまっているように見えました。

「老人、特に認知症の老人は、変化に弱い」というのは知っていたけれど、
老人は老人でも、どのぐらい弱っているかで、
移動させていい時期と、移動が大変なストレスになってしまう時期があるのですね。

「ホームにあんまり早く入れたら可愛そうだから、
もう少し限界がくるまで家族が頑張ろう」
という気持ちで入居を引き延ばすことが、
却って母のような混乱のきっかけになってしまうこともあるのかもしれません。
(まさに、これ、私たちやろうとしてました)

うちの場合は、結局引き延ばさない決断をしたわけですが、
既に遅かったようです。

ここまで来たなら、移動させずに看てあげればよかったのかもしれません。
でも、それは今になって初めてわかること。

だから、あんまり悔いはないのです。
お母さんへの「ごめんね」という気持ちはあるけれど、でも、私たちの選択はその時点での精一杯でした。

今は、今の母に寄り添っていくことが、
唯一できることです。


お母さん、これからもよろしくね。



お正月に集まった子と孫たちと







14:36  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.10.24 (Wed)

【妻】母の変化③


前回、前々回のつづきです。


今回の帰省、2日目を終えて、父の「人が変わってしまった」の意味がだんだん身にしみてわかってきました。


これまでボケてはいても、ゆっくりゆっくり話せばだいたいの意思疎通はできると感じていたのですが、とにかく言葉が出ない。表情が動かない。身体がコントロールできない。そんな状況です。

それなのに、今日は、都留に帰らねばなりません。

この日、母はデイケアの日なので、私が到着した時間には、ホームから隣接するデイケアに行っていました。

デイケアの入り口から中を覗くと、母は、口を開けて、険しいような、それでいて表情を失ったような、そんな顔で、上を向いて座っていました。

昨日は少し調子が良かったのに、また元に戻ってしまったみたい。

私は、帰る前に少しだけでもと思い、母に会いに行ったのですが、このまま置いていくのはあんまりかわいそうで、ちょっとの間だけでもと、車椅子での散歩に連れ出しました。

座っていたソファから母を車椅子に乗せる時、いつものように手を引いて誘導したのですが、うまくいかず、少し長時間立っているうちに母の身体がガクガク震え出していましました。しかも、車椅子は後ろにあるのに少しずつ前進してしまっています。

このまま、母を立たせておいて、怖い思いをさせるのだけは避けたかったので、母の脇に前から私の腕を滑り込ませて、母を抱えるように車椅子に座らせました。

母は、帯状疱疹の後遺症で右の脇から背中にかけた部分を触られると痛がるし、私も2日前にギックリをやったばかりで回復途中だったし、この体勢、なるべく避けたかったんですけどね(>_<)

ひとまず無事車椅子に座り、ほっとしてから、あんなにガクガクさせた上に、むりくり抱えて椅子に座らせちゃったことが申し訳なくなり、

「怖かった?ごめんね、下手くそで」
と言ったら、母
「なんで?いいよ」
と、言ってくれました。


外に出ると、今年には珍しく秋晴れ。
母、外の空気を吸って、
「いい天気」と喜んでくれます。
「気持ちいいね~」というと、
「うん」と、頷いています。

デイケアセンターとホームの敷地内をぐるっと回って、少し景色のいいところで止まって、池や紅葉し始めた木々を眺めました。


本当はさ、お母さん。今日デイケアの喫茶室でお母さんが私にコーヒーを奢ってくれるはずだったんだよ。そう先週約束したのにね。

お母さんが「あそこのコーヒーはなかなか美味しいよ」って言うから、お母さんに奢ってもらうコーヒーを、とっても楽しみにしてたんだよ。

でも、外の散歩の方が気持ちよかったね。私もお母さんと散歩ができてよかった。



さて、そんなことをしているうちに、だんだん母を残して都留に帰らなくてはならない時間が近づいてきました。

そしたら、なんだかとても悲しくなってしまって、
「お母さん、なんにもできなくてごめんね」
と、口から言葉がポロリと出てしまいました。
そしたら、母、また
「いいよ」
と、気前よく、優しく、言ってくれます。

何がどう「いいよ」なのか、なんで「いいよ」なのか、そういうことを表現する言葉はもう残っていないようなのだけれど、そういう気持ちのやりとりだけはできるみたい。


お母さん、結局無力な私たちを、許してくれてありがとう。

私とお父さんには、その言葉は大きなギフトになっていくと思います。たとえどんな意味合いであったとしても。

母はポロポロ涙をこぼす私に、笑ってるような、困ってるような顔で、応えてくれました。


この3日で母から聞いた言葉。

「はい」←いろんな場面で

「うん」←いろんな場面で

「ありがとう」←いろんな場面で

「(家に)泊まりたい」←1日目の夜、母のあまりの変貌ぶりに驚いた私が「どうしたの?ここは寂しい?お家に泊まりたい?」と聞いた時(結局、今の状態では家に連れ帰ることはできそうもなく、残酷なことを聞いてしまいました)

(ケーキを)「食べよう」←1日目、少しほぐれてきた頃にケーキを食べるか聞いた時

「大変いいです」←2日目の朝、ホームのスタッフさんに今日はどうですか?と聞かれて

「うれしい、うれしい」←脈絡なく

「何かな」←「何が嬉しいの?」と聞かれて

「わあ、嬉しい」←2日目にケーキあるよと伝えた時

「わあ、すごいね」 ←ケーキを見て

「すごくおいしい」←ケーキ食べて

「浩子はかわいいからね」←ケーキを見て、「わあ、すごいね」と言った後に、なぜかこの言葉

「もう一つ食べたい」←ケーキ1つ平らげた後

「早く脱ぎたい」←パンツは既に脱いでいたんだけど、更にウンチをしたかった時

「はやくしてー」←お兄さん2人に介助してもらった時は結局オナラだけでウンチ出ず。また、すぐ後にトイレというので、父と2人でトイレに連れて行き、座らせようとしてもなかなか座れない(>_<)でも、ウンチ出ちゃう~って時

「パンツ脱いじゃダメ」←ベットの上でパンツを脱いでおしっこをしてしまう母に、私が「パンツの中でおしっこしちゃっていいんだよ。パンツは脱いじゃダメだよ」と言った時

「いい天気」←散歩に連れ出した時

「なんで?いいよ」←私の車椅子への乗せ方が下手で、誤った時

「ないねぇ」←「何かやってみたいこと、ある?」と聞いた時

「いいよ」←私が「何もできなくてごめんね」と言った時




仲良し三姉妹(35年ぐらい前)


23:21  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.10.24 (Wed)

【妻】母の変化②


【妻】
前回の続きです。

翌日の火曜日、私は父より一足早く、9時ごろホームに到着。その時点で母は朝食を済ませて、食堂横のエレベーターの前でスタッフさんに車椅子を押してもらっていました。

表情も昨日より和らいでいて、何かしてもらうたびに「ありがとう」と言っています。

私にも「嬉しい、嬉しい」と言ってくれて、何が嬉しいのかわからなかったけれど、そういう気持ちでいてくれることが、とても嬉しかったです。

昨日は元気がなく、3人で1つのケーキしか食べれなかったので、今日も午前中から1つ食べちゃおう!と、ケーキを一つ持ってきていたので、
「ケーキあるよ!」
というと、
「わあ、嬉しい」
といつもの母の声。

今日は調子が良さそうだから、どうだろう?と思ってフォークを持ってもらったけれど、やはり自分でフォークを使うことはできないようで、

何も刺さっていないフォークを両手で持ってパクっと口に入れ、
「柔らかいね」
と言っています。

涙が出そうになりましたが、
「柔らかい?よかったね」
って言いながら、ケーキを口に運んであげると、大きな口を開けてくれます。

噛むのに時間がかかるので、私は次の一口のタイミングがなかなかうまく掴めないのですが、母がフォークを持っていると、次の一口が欲しいときにフォークが動くので、よくわかります。

私が次の一口を口に運び損ねていたら、父の腕にフォークを刺そうとしていて、
「あれ?お父さん食べちゃうの?」
と言うと、自分でも何かおかしいと思ったらしく、
「ははははは!」
と笑っています。
笑ってくれると、私たちも嬉しい。

一口一口、口に入れながら
「おいしい?」
と聞くと、
「すごくおいしい!」
と言ってくれます。

わぁ、そんな副詞(「すごく))付きで美味しさを表してくれるなんて、嬉しいなぁ。

たまたまいたホームの施設長さんも、昨日との違いに驚いておられました。昨日はほとんど言葉が出なかったので。

一つ食べ終わると、一旦横になったものの、
「もう一つ食べたい」
と自ら言いだしました。
なんだか調子いいです。

ホームの部屋にはまだ冷蔵庫を置いていないので、生クリームたっぷりのケーキはすぐ食べる分しか持って来られず、残り2つのケーキのうち1つは家に置いてきてしまったことが悔やまれます。

自主的に「ほしい」って意思表示してくれた母に食べさせてあげたかった…

しばらくすると、スタッフさんが昼食のお迎えに来てくれ、私たちは自分のご飯を食べに帰宅しました。

昼食後、家の用事を済ませて、またホームに行くと、母、またまたパンツを脱いでいます。

もう脱いでいるのに
「早く脱ぎたい」
と顔をしかめて何度も言うので、
「トイレに行きたいの?」
というと、
「うん」
と言います。

昨日、トイレ介助を自分たちで四苦八苦してやっていたら(そのせいで、パジャマの裾がウォシュレットで濡れてしまった)、ホームの方に

「トイレなどはやりますから呼んでください」

と言われていたので、呼び出しボタンを押すと、若いお兄さんが2人来てくれました。

優しく、上手に介助してくれるのだけれど、やはりベッドの柵にしがみついてしまったりして、なかなか思うように動いてくれません。

なんとかトイレに行って座ろうとしたら
「ブブブッ」
あら、きっとウンチがしたかったのね~。

母、自分の盛大なオナラに自分で
「ワハハハ」
と笑ってました^ - ^;

母の「早く脱ぎたい」は
「早くウンチをしてスッキリしたい」のことだったようです。

因みに便座への腰掛け方が浅すぎるので、手すりを持たせて、「もう少し後ろにズレて」というと、なんとかやろうと思うのだけど、後ろにズレるためにお尻を浮かそうとして力を入れると、ぴょんっ!と、立ち上がってしまうというのを何度もやって、その度に、母も私も笑っちゃいました^ - ^


今日は調子が良くて、比較的表情も和らいでいるのに、やっぱり身体はうまく動かず、言葉もとても少ないです。

5時に始まる母の夕食に付き合い、ご飯を一口ずつ口に運んだ後、自分たちの夕食を済ませ、またホームへ。

我ながら、こんなに行かなくてもいいんでは?と思うのですが、行かずにいられないのです。

3度目の父の誕生日祝いで、3人で最後のケーキを食べました。

昨日よりは回復している感じの今日。これが少しずつの回復につながり、元の母に戻ってくれたらと、淡い期待を抱きながら、帰宅しました。



旅行先の滞在型ホテルの棚をチェックする母(多分25年ぐらい前)


22:41  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.10.24 (Wed)

【妻】母の変化①


この数日間の母の変化をどう表現すればいいのでしょうか。

いい言葉が見つかるかどうか自信がありませんが、書き留めてみます。

2018年10月20日の土曜日に介護付き老人ホームに入居した母。

引っ越し日の流れは、

9:30  母デイケアへ

10:00 父と兄がホームに荷物を運び部屋づくり

13:00 デイケアでの昼食後、母、ホームの新しい部屋へ移動。父と兄がアテンド

という感じでした。

私はその日は行けなかったのですが、まあ、私がいない分、兄も来てくれるし安心と思っていました。

新しい部屋に入った母の第一声は
「なかなかいい部屋だね」
だそうで、
この言葉を兄から電話で聞いて、私は心底ホッとしました。

そして、その日は、夕方まで母と父と兄と3人で過ごし、夜は父がアテンド。

という、結局、父、フルタイムでアテンドな一日だったそうです。

父、楽になっとりゃせんがな!とツッコミたくなりますが、まあ、慣れるまではそんな感じかな~という出だしの1日でした。

ところが、翌朝(日曜日)父がホームを訪ねて、スタッフの方に様子を聴くと、

「昨日は夜、ズボンもリハビリパンツも脱いだ状態で廊下をさまよっていた」

とのこと。

伝え歩きしかできないし、本当に一歩一歩おぼつかないのに、エレベーターの所まで歩いていましたと。

そして、家でも困り果てていた、リハビリパンツを脱いだ上でベッドでおしっこをしてしまう「汚染」(介護業界ではベッドなどを汚してしまうことを「汚染」というようです)があったと。

この朝から、母は別人のようになってしまったといいます。

父から電話でその話を聞き、半信半疑のまま、22日(月)三重に向かいました。

この日の朝は、駅の階段をトントントンと駆け上がりつつ、ヒョッと人を避けたら、その拍子にギックリ腰になるという、なんとも残念な出だし。

なんとか夕方には三重にたどり着き、 実際にホームに行ってみると、母、ベッドに横たわり、表情がありません。

「来たよ~!浩子だよ~」
と言ってみても、向こうを向いたままで「そう?」と一言。

「でも、言葉を全然話せないわけじゃないんだね」と思いつつ、向こう側に回って表情を見ると、少し険しいような、疲れたような、熱っぽいような微妙な感じなんだけど、父の「表情がない」という言葉がしっくり来るような、今までの母とは違う顔。

この日は父の誕生日だったので、私はまたHARBSのミルクレープを気前よく3個買い、今日は豪華に一人1つ食べよう!とルンルン到着したのですが、
「ケーキあるよ」
と言っても、
「うん」
ぐらいしか言わず。

たしかに言葉をほとんど失っているような、そんな感じ。

すこーしずつ時間をかけてコミュニケーションしていくうちに、
「ケーキ食べよう」
となり、
なんとか父の誕生日を
なんとも言えない気分で祝いました。

でも、ケーキを食べる時、お皿を両手で持ってしまい、それを口に近づけようとするので、

「お皿は私が持ってあげるから」
と、フォークを持たせようとするも、お皿から手が離せません。

結局、私が一口ずつ食べさせることになりました。

これまで、いろんなことが衰えても、食欲だけはあって、何でも自分で箸を使って食べていたのに・・・たった2日で、何があったの?

父に聴くと、今朝、9時半に父がホームに行った時は、まだ朝食のテーブルにいて、1時間半も経っているのに一口も食べずにポツンとしていたと。

父が出されたパンを少しずつ裂いて、口に運ぶと口は開けるのだけれど、結局1/3ぐらいしか食べず、部屋に戻ったそうです。

全てがこんな感じで、言葉も出てこない、身体も思うように動かない、排泄も失敗続きで一晩に2回も「汚染」を毎回繰り返していたそうです。

身体については、筋力はまあまああるのですが、ある動作、例えば「横たわる」という動作をする時に、どっちを向いて、どこをどう動かしたらそれができるのかわからなくなってしまった、というような印象です。

立つのも、手を持ってもらって歩くのも、クルマ椅子に座るのも、便座にお尻をくるっと向けるのも、全てが大変な冒険です。

特に、体の向きを変えたり、座ったりする時は、後ろが見えないからか、「怖い」と思うらしく、見当違いな方向にあるものに何でもしがみついてしまうので、介助をするにも大変です。

車椅子からベッドに寝かせてもらうだけでも、終わるころには目が見開いて、息も荒く、それこそ大冒険を成し遂げた猛者のよう。

プロの方がやってくださってもそんな感じなので、私たちがやろとしても、半分は失敗に終わります。

身体の機能と脳の指令がうまく連動しないというのでしょうか…。母の中で何が起きているのか。

どっちにしてもとっても混乱して、不安なんだろうと思います。

そんな感じで、この日は後髪ひかれながら実家に戻り、父と寂しく夕食を済ませました。


Camera360で撮ったら自動的に加工されたらしく、ヤケに西洋風な母(2週間前)

つづく





22:24  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.10.22 (Mon)

【妻】妻への想い


先日、母が部屋をお借りする老人ホームの担当者さんと、
ケアマネさん、デイケアの方、訪問看護、訪問介護の方、介護機器貸し出しの会社の方などが一堂に集まる会議がありました。

簡単な自己紹介の後、それぞれの方が把握している母の状態を報告し、今後の方針を述べます。
それに対して、父や私は、何か思うところがあれば意見や要望を伝え、全体でチームとしての協力体制をつくっていくという趣旨の会だったと思います、たぶん。

皆んながぐるっとそれぞれの見解を述べ、最後に父がおもむろに口を開きました。
「ここで皆さんにお伝えしておきたいことがあるのですが」

私、何を言い出すのかと、ちょっとドキドキ。

「妻は、環境の変化に弱くて、ホームに部屋を移ったとしても、順応するまでに時間がかかると思います。

特に心配なのは夜で、トイレなどに起きて、ここはどこなのかわからなくなってしまったり、トイレがどこかわからなくなってしまうこともあると思います。

家では伝え歩きで、車いすにも慣れていないので、車いすを自分で操作するということはできないと思います。

なるべく歩行の力をつけていく方向で、トイレなどは伝え歩きの方法を教えてあげてくださるとうれしいです。

そういった具合で、いろいろとご迷惑をかけることもあると思いますが、どうぞ、よろしくお願いします」

私、それだけでも、内心「そんなこと、改まって語られたら、ウルっときてしまうわ」と思っていたら、

「浩子は?何か言うことある?」
とな。

やばい、まずい。
まずいパターンだよ、これ。

何か言おうと口開いたら、涙でちゃうパターンだよ。

ちゅわけで、俯いて何も言えずに会議終了。

お父さん。
お母さんへの想い、ズンと伝わってきました。

これからは、その想いを大切にしながら、お父さんの暮らしも少しずつ立て直していけるといいね。

今は、自分のことは全部後回しで無理しまくってるもんね。

ムスメは、なぜかお父さんにはつい厳しくなっちゃうけれど、心ではお父さんのこと、応援しています。

そして、とてもとても感謝しています。



母に添い寝中の父

父は眼圧の薬のせいで除脈で、長く起きていると頭が痛くなってしまうのです。最近、母のことで長時間無理しているので、よくアタマが痛いと言っており、「じゃあ、お母さんとお昼寝しちゃったら?」と言ったら、ほんとにいそいそと寝てました^ - ^


16:08  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.10.16 (Tue)

【妻】恩返し

老人ホームに母の部屋を借りることになり、
必要なものを準備しています。

改めて衣服をそろえようとしてみると、靴下がぼろぼろだったり、ズボンがケバケバだったりで、ありゃりゃ~。

というわけで、父と衣服などを買いに近場のイオンモールへ。
ひっさびさのイオンモールに行ってみると・・・
衣服、ほとんどがMとLでSがないっ!
ないことはないけど、レア。
なんで~?

「小さいサイズコーナーはありますか?」
と聞いてみたものの、答えはNO
申し訳なさそうに、
「Sサイズを探していただくしかないんですけど、あまりおいていないんです」と。

近頃の若者は皆背が高くてSなんて着ないから?
または、近頃の中年はみんなメタボでSなんて入らないから?

いずれにせよ、Sですら大きすぎる母ゆえ、
買ってきたものはすべてお直しが必要。

そんなわけで、私は、ひっさびさにミシンを出してきて、
恐る恐る・・・ダダダダダー!
だんだん調子に乗ってきて、軽快にダダダダダー!
なんか、ちょっと、気持ちいい。



それからそれから、針に糸を通して、まつりぬいチクチク。
持ち物一つ一つに名前も書きます。

チクチク、ダダダと夜なべ仕事。
きっと、幼い兄や私のために、昔々母がやってくれていたこと。

こうして恩返しができてるのかな?


最近は、母の写真を眺めて「かわいいなぁ」と思っちゃったりして、ほんと、親子が逆転だな。

気持ちを注いで、気をかけて、お世話させてもらう相手を、人はよりいっそう愛するようになるものなのでしょうか。


12:25  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.10.05 (Fri)

【妻】 ありがとう。


母、最近、しょっちゅう「ありがとう」と言ってくれます。

顔を拭いてはありがとう。
靴下はいてはありがとう。
薬を塗ってはありがとう。

昔から、こんなに感謝を表明する人だったかなぁ?
いずれにしても、感謝されるとやはり嬉しい


さっきも、靴下を履かせてあげたら「ありがとう」と言われたので、
「ありがとうって言ってもらえると嬉しいなぁ」
と言ってみました。
そしたら、
「ありがとう、ありがとうってたくさん書いてある」と。

母の目線の先を追ってみると、
これ。




「えー!これ読んでただけ~?(笑)」と私。
「そう(笑)」と母。
「わはははは!」
「わはははは!」


「でも、読んだだけでも言われると嬉しいねぇ」
「でもね、前ね、言ってもらえたよ」

次の言葉を待つ私。
母、、、
「・・・。何だっけ?」

えー!そこで~!?
連続テレビ小説かぃっ!

母の「ありがとう」について、誰が何を言ってくれたのか?

むっちゃ気になりますが、この話はお蔵入りとなってしまいました。

連続テレビ小説と違うのは、いつ続きが聴けるか全くわからないこと。

ああ、お母さんの話、もっともっと聴きたいな~。
お母さんのこと、もっと知りたいな~。
と思う娘であります。

おまけ。

ティッシュボックスの話を父にしたら、
父も大笑い。

「そんなユーモラスな冗談を言えるなんて、かなり高度だね!」と嬉しそうに母に言ってました。

私は心で、(いやいや、あんたの語り口が高度だから)ってツッコミましたが、
母も「あははは」と笑っていたし、
父も本当に嬉しそうだったので、よし!

相変わらず、父には厳しい娘です(^^;)

22:02  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.10.05 (Fri)

【妻】すみちゃん語録

ダンナさんの妹、すみちゃんは、神戸で介護の仕事をしています。今は施設の次長というエラい人になってしまったのですが、現場の経験も豊富です。

母が介護保険にお世話になるようになってからは、何か迷い事が出てくる度にすみちゃんに相談し、アドバイスをもらっています。

これまで、すみちゃんの数々の言葉に本当に助けられてきました。

そこで、すみちゃん語録をまとめてみます。

⚫︎何が何でも長く一緒にいることが重要なのではない。一緒に笑っていられる時間を少しでも長くできるようにすることの方が大切。

デイケアやショートステイ、老人ホームに家族を預けようかというとき、家族は往々にして、ものすごく迷うし、そんなところに送り込むのは可愛そうと思ってしまいがちです。でも、家族が無理をして、その結果イライラカリカリするぐらいなら、大変な部分をプロにお任せして、いいとこどりをした方がいい。そうして、家族が笑って過ごせる時間を如何に多く持てるかの方が、何が何でも家で家族が世話をし、イライラタイムが増えてしまうより、本人も家族もずっと幸せ。

ウチの場合は、「夫婦(家族)そろった幸せのティータイム」(←おやつタイムを2人はそう呼んでいる)をどれだけ長く続けられるか、そこに心を砕いた方が、皆が幸せに過ごせるんじゃないか。

そんなアドバイスをくれました。あまりの急展開にすっかり方向性を見失っていた私は、この言葉のおかげで、やるべきこと、目指すべき道がすごくクリアになりました。

⚫︎とにかくケアマネさんや施設の人とコミュニケーションとる。何でも言ってみる。

ケアマネさんも、施設の人も、福祉の仕事をやろうと思うぐらいだから、利用者さんの役に立ちたいという気持ちは人一倍持っている。でも、当の利用者さんが、どんな人で何を望んでいるかが見えて来ないと、なかなかいい支援ができず、お互いもどかしい。些細なことや、しょうもない世間話も含め、どんどんコミュニケーションを取った方がいい。

私はこの言葉を聞いて、ケアマネさんに、父と母が楽しみにしている「ティータイム」のことを伝えてみました。

あと、ちょっとしたことでも、遠慮せずに電話してマメに連絡を取るようにしています。

⚫︎ホームに入るなど、節目の選択の時に、あえて重大事にしない。気軽に「試しにやってみよう」という伝え方をするといい。

介護する側の人間の気分は、介護される人にも伝染してしまう。家族がすごく深刻な顔で伝えれば、本人も深刻なことなのだと身構えてしまう。

実際、やってみてダメだったらやめればいいんだから、そんなに深刻になる必要はないんですよね!まー、それがなかなか難しいんだけど…。


⚫︎今は何が何でも自宅で看取るのがよいという時代じゃない。自宅でない方が、看取りに専念出来る場合もある。

ダンナさんと、すみちゃんは、7年前にお父さんを家で看取り、この8月にお母さんをホームで看取りました。その経験からの言葉です。

家で看取るとなると、どうしても雑用というか、実労働というか、いろんなお世話やら、洗濯やら、食事の支度やら、さまざまな実務をこなさねばなりません。その点、ホームではそういったことはホームの方がやってくださるので、本当にお母さんのそばにいることに専念できたそうです。好きだった越路吹雪の歌を流して、手をさすってあげるとか、そんなことができたのもホームならではかもしれません。

⚫︎一緒に住んでいた人に去られて一人になったら本当に辛い。ホームのお世話になるのは、介護する側が自立するための練習でもある。

これもお父さんと、お母さんを見送った経験からの言葉です。お父さんはずっと家で一緒にいたから、喪失感が凄かったと。でも、お母さんはホームにいたので、またホームに行けば会えるような気がして、お母さんがいない状況に慣れるための時間がもらえる感じだったそうです。

私の父も、今は母とほぼずーっと一緒なので、母が逝ってしまったら、その喪失感はものすごいものになってしまいそう。父の練習のためにも、母と少し距離を取ることは、いいことなのかもしれません。

⚫︎家族が築いているバリアーは、施設の人には丸見え。

私が母のホームのお試しステイに朝から夕方までずーっとべったりくっついてた話をしたら、この話をしてくれました。

施設の人は家族が来ていれば家族の時間を邪魔しまいとして遠慮してくれるし、家族が守りのオーラを出していると、それはすぐ伝わってしまう。そうすると、本人と施設の方の距離がなかなか縮まらないこともあるそうです。

うわ~!これは、私、まさにやってた(>_<)反省です。

⚫︎家族がスタッフと仲良くすることも大切。

上記の話とリンクしているのですが、本人がなかなか自分の意思を伝えられないこともある中、家族もスタッフさんとよそよそしい関係だと、本人とスタッフさんの関係もよそよそしいものになりがち。本人が積極的にコミュニケーションを取る力がなくても、家族がパイプになっていけば、スタッフさんも本人との距離が近くなることが多いそうです。

うわ~!試される~!!(>_<)

⚫︎施設に一人でも相性の合う人がいれば幸せに過ごせる。これまで何だかんだ生きぬいてきた人だもん。本人は家族が思うより強いよ。どんな人でも、ちゃんと、強さを持ってはるから大丈夫。

ホームや施設にはいろんな人がいるけれど、その中で一人でも「この人がいると嬉しいな」という人が見つかれば本人は機嫌よく幸せに過ごせることが多いそうです。

そして、家族が心配するより、本人は強いし、生き抜く力を持っているから、あんまり心配しなくていいよと。

この言葉に、私はすごく救われました。



すみちゃん語録、介護に関わることになった家族に必要な言葉がいっぱい詰まってます。

さすが、たくさんの経験を積んでいるだけあって、説得力もあります。

すみちゃんという存在にほんとに感謝です。

すみちゃん、いつもありがとう♡
19:34  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(1)

2018.10.05 (Fri)

【妻】物語

ここ数年、ほとんどの家事をこなし、母を支えてきた父ですが、この数ヶ月の母の変化はあまりにも急激で、それまでは思いもしなかったことが次々と起こる日々でした。

私たちは戸惑いの中に取り残されたような気持ちで過ごしてきました。

そして、とうとう父の口から「限界だ」という言葉が出てくるようになりました。

私も、今申し込んでいる近所のホームに空きが出たら、もう、ホームにお世話になった方がいいんじゃないかと思うようになりました。
ここなら、家から歩いて10分だから、私たちも入りびたれるしね、と。

でも、そんな日はまだまだ先のことだと思っていました。

ところが、先日、ケアマネさんから「ホームに空きが出ました」と、連絡が入りました。
え?
もう?


いざ、そう言われてみると・・・




揺れます。
父も私も、グラグラです。

私は先日、’家で母の介護をしていたけれども、食改善で認知症がずいぶんよくなった’ という方のお話を聞き、その食改善の中身も聞いてきて、
「よし!私がたくさん料理して、作り置きして帰れば、父も母も健康アップじゃない?」
なーんて思っていたところだったので、
なおさらです。

「ホームかぁ」
都留で雑穀を刈りながら、涙がポトポト落ちてしまいます。

父も同様で、「もう少しがんばれる」と言い出します。

でも、ケアマネさんは、「ここを逃すと、またいつ空きが出るかわからないですからねぇ。本当に大変になったときに、どこにも入れないという事態も生じかねないです」と。

うーん。うーん。うーん。
毎日ぐるぐる堂々巡りの日々。

結局、父と兄と私で何度も話し合い、「今回は見送ろうと」と結論を出したのでした。



ところが・・・
数日後、母が何日かにわたり、リハビリパンツ(要はおむつ)を脱いでしまい(寝ながらもぞもぞお尻を掻いたりしているうちに脱いでしまうようです)、その上でベットでおしっこをしていまいました。しかも、一日は日に2度も…。

父、一気に疲れが噴出します。
だって、シーツやブランケットや母のパジャマ下着を洗うだけで半日、いや、一日終わってしまうような日々が続くのです。干す場所もなくなっていくし、シーツだってふとんだって足りなくなる。

しかも、その合間にご飯を作り、掃除をし、母の着替えを手伝い、薬を分けて飲ませ、薬を塗り、ご飯を食べるのを見守り、歯を磨かせ、などなど、さまざまな仕事が待っています。

「やっぱり、無理かもしれないねぇ」
この数日の大変さが決定打になりました。

むろん、私の住む都留に来てもらうことも考えました。
でも、父と引き離す訳にもいかず、だからといって、父も都留に来ちゃったら、友達を一から作り直すことになり、そんなしんどいことはとても無理。
そんなじゃ、父までボケちゃう。

結局、ホームにお世話になることが、今、選びうる最善という結論に至りました。

そして、母にその話をするのは私の役目となりました。
そのとき交わした会話。
うろ覚えですが・・・

「いつもデイケアに行ってるサンヒルズあるでしょ?そこに一部屋空きが出たんだって。お父さん、最近、すごく大変そうだからさ、お母さん、ちょっとホームに入ってみるの、どうかな?」
「それはかわいそうだね」
「誰が?お母さんが?」
「うん、お母さんが」
「そうだね~。かわいそうだねぇ。でもさぁ、お父さんも大変で、かわいそうじゃない?」
「そうだねぇ。でも、こっちがもっとかわいそうだねぇ」
「そうだねぇ。でも、ホームではご飯や着替えやシーツの洗濯とかもしてもらえて、お風呂も入れてもらえて、それでお父さんが毎日会いに行けば、いいんじゃない?」
「寂しいねぇ。」

(聞きたくなかった言葉が出てきてしまいました)

「寂しいねえ。私も寂しいよ(私、大泣き、母、クール)。でも、私も帰ってきたら毎日ホームに行くし、お母さんが家にしょっちゅう帰ってきてもいいし、大変なことはホームの人にやってもらうけど、後はあまり変わらないかもしれないよ。」
「でも、3人で…」
「うん、3人で?」
「3人で…ケーキが食べれないね?」

(あんまりケーキのことばかり言う自分がおかしかったのか、自分でも笑っちゃいながら、母、深刻さを救ってくれる一言)

「食べれるよ!ケーキ。また買ってくるから3人で食べよう。ホームでも食べれるよ」

(私、母の言葉に少し救われます)

「そう?じゃあ、そうしようかねぇ。」

(私、えー?!そこ?そんなんでいいの?と、心の声)

「お父さんもイライラしなくなって、今よりもっと優しくなるかもしれないしね。」
「お父さんがイライラするのは、かわいそうだねぇ」
「そうだね。それに、イライラしてたら、お母さんも嫌だしね」

「どういう風になるのかね」
「たぶん、ご飯とか、トイレとか、着替えはホームの人が手伝ってくれて、お風呂も入らせてもらえるよ。家だとお風呂入れてあげられないけど。あとは、昼間は私たちが会いに行くし、どっちみち、お母さん、家にいても寝てばっかりいるから、そんなに変わらないかもよ(笑)」
「そうだねぇ。一人で暮らしてみるかね」

(私、「一人で暮らす」という言葉にドキリ)

「いきなりずっとじゃなくてさ、試しに2泊ぐらいやってみる?」
「やってみようかねぇ。」

(私、ここまでたどり着いてホッとすると同時に、申し訳ない気持ちがむくむくと湧いてきます)

「ごめんね…」
「なんで?」
「なんでって、だって」
「こっちが、ごめんねだよ」
「こっちって?」
「・・・」
「お母さんが?」
「うん」
「なんでお母さんがごめんなの?」
(母、宙を見て、言葉を探しながら)
「一人でいなくなっちゃって、ごめんね」

…って。
お母さん…。
その神がかった言葉、どこから探してきたの?

ドクターとか、母との接点が少ない人は、ちょっと早口で(いや、ゆっくり話してくれているんだけど、母にとっては間〔ま〕が短い)慣れないことばかり聞くから、お母さん、素っ頓狂な答えをしちゃって、もう、なぁんにも分かってないように思われてるみたい(あの受け答えじゃ、私だって、何も分かっていないと受け取ると思う)。

だけど、お母さん、本当はなんでも分かってるんだよね。本当に大切なことは全部、わかりすぎるほど分かってるんだ。


娘は、わかっているお母さんが、とても誇らしくて、とても哀しいです。

お母さんが全て分かっていることが、そして、その上で、「そうだねぇ」とホームに入ることに同意してくれることが、無性に哀しいです。

私たちの切なさ、寂しさ、つらさ、もどかしさ、ホームでの暮らしが続くかもしれないこと、誰もが一人で死んでいくこと、ぜんぶぜんぶ、なんでもわかってる。

お母さん、ごめんね・・・。




ホームお試しショートステイ、一日目は、私が朝から夕方まで付き添いました。

母といろいろポツポツ話しながら出てきた言葉は

「ホームに入っても、トイレにちゃんと行けるようになったら、家に帰ろうね」

後で聞くと、夕方から私とバトンタッチした父も、同じことを言ったのだとか。
母は「そうしよう」と言ってくれたとか。

母に期待を持たせるようなことをして、却って残酷かな?
とも思いました。
これからV字回復するとは思えないし。

でも、ホームでのリハビリで少し足腰が鍛えられて、夜トイレに行けるようになれば本当に家にまた帰れるし、そうでなくても、おむつに慣れて、脱がないようになってくれれば、後のことはなんとかなるんじゃないか。


「トイレにちゃんと行けるようになったら、家に帰る」

これは、私たちがすがるようにして紡ぎ出した物語でした。


実現するかもしれないけれど、
結果的に嘘になってしまうかもしれない。

でも、たとえ嘘であっても、
人は、物語が必要なんだと、心からしみじみ思った一日でした。



その後も、数日のうちにいろいろなことが起き、私たち家族は散々揺れに揺れました。

あんなに決心したのに、翌日には「やっぱり、今回は見送ろう」となってみたり。
いやいやいやいや、まったく家族は愚かですね。
冷静な判断なんてできないです。


そうしてバカみたいに、あっちに行ったりこっちに行ったり、その度にケアマネさんを困らせて、結局、私たちが出した結論は、まずは、部屋を借りてみる、というものでした。

幸い住居型の有料老人ホームは、特養と違って、部屋を借りてもベッタリ住まなくても良いそうなのです。

だから、まずは部屋を借りてみて、週何日かだけステイするというところから初めてみようと。

そうすれば、私たちがいよいよ窮地に追い込まれた時は、ホームに頼ることができるし、もしも、母がどうしてもホームに慣れないようなら、部屋を返上することもできる。

そんな物語を、もう一度紡ぎ直し、ようやく新しい一歩を、恐る恐る踏み出してみようとしています。



7月の母。










19:19  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(1)

2018.10.02 (Tue)

【妻】コミュニケーション

母の介護は大変だけれど、こんな期間がなければ味わえない特別な時間でもあります。むしろ、すぐに死んじゃったりしないで、母の残された時間に伴走するための、かけがえのない時をくれたことに、感謝しています。

最近、母の足をさすったり、頭をなぜたり、隣にピターっとくっついて寝たり、肩を組んでみたり、やたらベタベタしているのですが、そんなことが臆面もなくできるのも、こんな時期だからこそ。


母の隣でしょっちゅう寝転がってるムスメ

だから、この介護生活、私にはそれほど苦にならないのです。父と違って、毎日が介護ってわけでもないし、日常的に寝不足だったりもしないしね。これから長期化した時にどう感じるかはわからないけれど・・・

実際に介護が始まるまでは、「私は結構身勝手なところもあるし、子供の頃、 “お父さんやお母さんが死んだら、私、ちゃんと悲しめるのかなぁ?” と悩んだこともあるので(なんでそう考えちゃったのかは謎)、親の介護をするような状況になったとき、そんなこと、本当にできるんだろうか?」と心配していたのですが、いざそうなってみると、案外ふつうに自然にやれるもんだ^ - ^

母がわがまま言っても、おしっこ失敗しても、パジャマの上からズボン履いちゃっても、あんまり腹がたったりはしないんです(何度も書くけど、これは私が毎日母を看ていないからだと思う。毎日一人で母を看ている父は、もうほんと、かなりストレス溜まってるはず)。

でもね。コミュニケーションが取れなくなってくることは、たまらないですね。

少し前まで、大変ながらも、何かおかしいことがあると、わはは!って笑いあっていたのに、楽しいことや嬉しいことがあっても、喜ばそうと思って何かしても、反応がないことがある。いつもじゃないのです。今もわははは笑ってることもしょっちゅうあるのです。でも、たまに、寂しいぐらい反応がない時がある。

これは、ほんと、こたえます。

いろんな大変なことがあっても、にっこりしてくれたり、ありがとうって言ってくれたり、笑ってくれたりしたら、それだけで帳消しになるけれど、何も反応がないとぐったり疲れてしまう。

父が要介護申請をするときに書き留めた、母の様子を表す文に、こんな感じのがありました。うろ覚えですが…

「楽しみにしている2人のお茶の時間に、交わす言葉がないのは寂しいことです。」

この最後の一文を読んだ時には、涙がポロリと出てしまった。

父がこれを書いた時から2ヶ月も経っていないのに、このところさらに、急にコミュニケーションが取りにくくなって、びっくりするような行動も増えてきました。父も私も、そのスピードに面食らってしまって、ちょっと参っています。

そんな状況だからなのかな。
先日、また母の横に寝転がって、小さい声で
「おかあさん」って呼んでみたら
「なぁに」
と、子供の頃に聞いた母とおんなじトーンで返事が帰ってきました。
本当にふつうに「なぁに」って。
ただ、それだけなのにじわ~っと涙が出てしまった。

ふつうに「なぁに」って返事をもらえることが、こんなにスペシャルな、嬉しいことだなんて、知らなかったよ。

子供の頃の私は
この「なぁに」が聴きたくて、
何度も何度も母を呼んだんだろうな。

そして、母は何度でも「なぁに」って、応えてくれたんだろうな。

お母さん。
お母さんは、やっぱり私にとって特別な、特別な人です。


14:19  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.10.02 (Tue)

【妻】ちょっとかわいい

母を見ていると、身体の機能も、心の機能も少しずつ手放して、自分であることもだんたん手放して、自分と環境との境界がなくなってきて、そうして全て手放した先に死があるのかな、と思ってみたりします。

しかし!
一つだけ今のところ決して手放さないものがあります。
それは、食欲。
しかも甘いものが大好き。

砂糖は体に良くないのはわかっているので、あまり食べてほしくないけれど、甘いものを食べる時だけは確実に機嫌がいいので、こちらもつい甘くなってしまいます。

帰省時は毎回、名古屋駅前でHARBSのデッカいケーキを買って帰ります。



だってさ。
私が家に帰って「ただいま~!」って言っても、反応イマイチな時も、
「ケーキ買ってきたよ~」
って言うと、
「わぁ~!嬉しい!」
って目を輝かせるんだもん。
買っちゃうよ(>_<)

三重を去る時も
「じゃあね。またケーキ買ってくるね」
と言うと。
「ほんとう?嬉しい。ありがとう」と感情込めて言ってくれます。

とはいえ、出来るだけノンシュガースイーツを食べてもらいたいと思い、できる範囲で甘酒スイーツやりんごジュースを使ったおやつを用意しています。

先日は、巨大なさつまいもがあったので、りんごジュースで甘みづけをした芋きんとんを作りました。我ながらなかなか美味しくできたと思ってタッパーに詰めていると、それを見ていた母。

「たくさんできたねぇ」
「美味しくできたよ。食べてみる?」
「何個食べていいの?」

な、なんか、かわいいぞ。
そして、嬉しい。
「たくさんできたから、たくさん食べれるね~」と私。
どっちがお母さんか、わからん(>_<)

母が可愛く思える瞬間は結構あるんだけど、思い出してみると、食べ物がらみのことが多いかも。

「ご飯まだ?」
「まだ4時だよ。」
「ご飯まだ?」
「うん。まだ4時半だよ」
しばらくして…
「お腹空いたなぁ。ご飯食べようよぅ」
とかね。

なんだか、ほんとに子供みたい。

「じゃあ、ちょっと早いけど、ご飯作るかね」
ってなっちゃう。

それにしても、食い意地、はりすぎじゃない?ってこともあります。

介護初心者の私たち、せっかく要介護3になり、訪問介護が受けられるようになっても、来てくれた人に何をしてもらえばいいのかわからない時があります。

母が立てなくなったり、おしっこを失敗してしまったりして、本当に大変な時に助けてもらえると、とても有り難いのだけれど、何でもないときに定期的に来て下さる方に何をしてもらったらいいのか、いまいちよくわからないのです。

食事の準備などの家事も、ヘルパーさんたちは患者の分しかやってはいけないことになっているので、母の分だけご飯作りとか、母の分だけ洗濯とかってやってもらっても、結局、父のものは別にやらなきゃならないので、二度手間なのです。だから、どうも何をお願いすればいいのかイメージできない。

そんな話を父としていて、ふとベッドに寝ている母に
「お母さん、何かやってほしいこと、ある?」と聞いてみると、
「うん。あるねぇ。」
「お!何してほしいの?」
「さっきの焼き芋(スーパーで買ってきた焼き芋のこと)はね、もう少し甘くしてほしいね。」

って。
おやつのことしか頭にないんかいっ!


P.S.
介護ベットについて、非公開のコメントを下さった「くみ」さん、コメントありがとうございます!返信の仕方がわからず、返信できていませんが、参考にさせていただきます。ありがとうございます♪
14:10  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.09.21 (Fri)

【妻】介護保険

今、介護保険でいろいろな人にお世話になりながら、ようやく介護が成り立っています。

とはいえ、まだどう介護保険を使っていいのかわからないことも多く、皆さんどうしているんだろう?と思います。

うちは親戚に介護の仕事をしている人や、医療関係者がいるから、割とその手の情報に触れやすい環境にいる方だと思うのですが、未だにそれでもわからないことだらけ、戸惑うことだらけです。

そして、介護生活が始まるってことは、介護そのものをやるということだけでなく、いろんな手続きや根回しや連絡を、かなり精力的にこなすってことなんだなぁと実感しています。

そこで、備忘録のためにも、この二ヶ月ほどでやった(主に)介護保健にまつわる手続き的なあれこれを書いてみます。

ことのはじめは、電話するたびに父が困っていて、「これは要支援2じゃないな」と思い始めたこと。

母は以前階段から落ちて骨折し、その時から要支援2の認定は受けていましたが、介護保険を使うのは機材を借りたり、手すりを導入したりするときぐらいでした。あ、去年ぐらいからデイケアを週2回ぐらい使い始めてたかな?

でも、今年に入ってから、どんどん様子がおかしくなり、この夏には、こりゃただ事じゃない、という感じになって来ました。

その進み具合が速すぎて、私たち家族はいつも後手後手に回っている感じです。

この7月からやって来た手続き的なことを書き留めてみると・・・

⚫︎脳神経内科に予約を入れて、認知症の診断をしてもらう(認知症と診断されると介護度が上がりやすい)。

⚫︎ケアマネさんに娘の私から初電話。現在の状況を聞くと共に娘目線からの要望を伝える。

⚫︎ケアマネさんに要介護度見直しの申請をしてもらう。

⚫︎父に現状(特に困っていることや症状)と要望を書き出してもらう。

⚫︎父の書いた↑の書類を持って一番足繁く通っている整形外科の先生に要介護度見直しのための意見書を書いてもらう。

⚫︎今、デイケアに行っている所に隣接する居住型老人ホームを父と見学。

⚫︎ホームへの入所申し込み。ウエイテェングリストに入れてもらう。

⚫︎5つ通っていた医者を一つにまとめて訪問医療にしてもらう(父は緑内障で目が悪いため、運転免許証を返上し、その結果、母の病院送り迎えが非常に困難になってしまった)。

⚫︎歯医者も訪問歯科にしてもらう。

⚫︎ケアマネさんと相談して介護ベッドを入れてもらう。

⚫︎デイケアセンターでのショートステイを体験的にやらせてもらう。

⚫︎ここで要介護3認定をもらう。

⚫︎ここからはケアマネさんと、とにかく密に連絡を取る。もうね、しょうもないことを含めてケアマネさんとよくコミュニケーションをとる(ケアマネさんや施設も、こちらのニーズやウォンツがわからないと動きにくいのだそうです)。

⚫︎ホーム(特別養護老人ホーム。要介護3以上でないと、入れない)をもう一つ見学。

⚫︎母の介護に関わる人々8人が集まり、年に一度の会議が行われる。

⚫︎大変な時にブザーを押すと来てくれるというサービスもあることをケアマネさんに教えていただき、申し込みをお願いするも、NTT回線でないと契約できないとのことで、断念(>_<)

⚫︎訪問診療してくれているホームドクターから、レスパイト入院(認知症の介護をしている家族の負担を軽減するための入院)の話を聞き、見学に行く(ドクターに紹介状を書いてもらい、入院先の病院に電話。アポを取って説明を聞きに行きました)。

こんな感じかな。
他にも細かいいろいろがあった気がするけれど、忘れちゃった。
父と協力しながら、一つ一つクリアして来た感じです。

そして、このぐらいやらないと、介護保険はまともに回り始めません。というか、それでもまだ、介護保健のサービスをうち仕様に使いこなせてはいない感じです。ほんと、皆さんどうしてるんだろ?って感じ。

今後こんな情報が必要な方もいらっしゃるかなと思い、取り敢えずリストアップしてみました。

という、オチのない話でございました~。
必要な時が来たら、このページを思い出してもらえたら、嬉しいです♪









22:20  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)
 | HOME |  NEXT