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2019.10.30 (Wed)

【妻】葉ちゃん

このところ、母のもとに、いとこ(母からすると姪)の葉ちゃんが、度々訪ねてくれます。

葉ちゃんは、8月にお母さまを亡くされました。
それまで何年もお母さん(私の叔母)のお世話をしていたので、痒い所に手が届くというかなんというか、、、とにかくさすがです。

始めて母の様子を見にきてくれたときに、
母の様子を見て、

次の時に痒みに効くこんな薬を持ってきてくれました。



そして、「主治医に言えば月にチューブ4本、スプレー3本ぐらいは出してもらえるはずだから」
とのアドバイス。


たしかに、母、肌がカサカサして痒そうなのです。

リハビリパンツのゴムのところが特に痒そうで、
寝ている間に脱いでしまうのも、
それが原因の一つじゃないかと思っていました。

市販の軟膏などは塗っていたのですが、
あまり効かず、そんなもんかなぁ、
何かいい方法ないかなぁ、
と思っていたのです。

そしてそして、この薬がまた、よく効く~!


塗り始めてから、パンツを脱いでしまうこともほとんどなくなり、平和な夜が続いております。

ほんとに助かる!


痒かったのには、もう一つ理由があって、
それは母のお腹周りに肉がついて
リハビリパンツがパツンバツンになってたこと。

食欲はあるのに、
疲れやすくて歩くのを嫌がるようになった母。
ホームにいると、どうしても車椅子ばかりになってしまうので、お腹周りがぷよぷよに。

昔から太れない体質の母だったので、
なんの疑問もなくSのリハビリパンツ
を選んでいたのですが、
つい最近、Mに変えてみたら、なんと楽チン!

今までなんであんなに無理して
Sを履かせてしまっていたんだろう?

習慣って恐ろしい。


話それましたが、葉ちゃん。
痒み止めだけでも、十分ありがたいのですが、
その他、うちの手摺りなど、アドバイスをくれ、
そのアドバイス自体は実現しなかったのですが(今のところ)、
そのおかげで、介護用品貸し出しサービスの方に相談でき、その方のアドバイスで、まずは、デイサービスでリハビリのトレーニングを受けることに。

とにかく葉ちゃんのくれるアドバイスが的確。

その時点では、過去にたった一回しか
現状の母に会っていなかったし、
家の手摺りの状況なども一回見ただけなのに、
何故?って感じです。


逆に、あまたのプロの方々が周りにいて、
何故、葉ちゃんのようなアドバイスがもらえなかったのか、

はたまた、なぜ私たちは、これまでプロの方から、こういアドバイスを引き出せなかったのか?


すごく考えさせられます。

ケアって、何なんだろう。
何を見ていれば、その人の最適に
たどり着けるんだろう?


相手を大切に思う心と、豊富な経験と、それまでの習慣に囚われない発想と、いろんなものが揃って、初めて、それができるのかもしれないな、と感じています。



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2019.10.16 (Wed)

【妻】父との喧嘩


また父と口喧嘩というか、なんというか、


父に言わなくてもいいことを言ってしまいました。

落ち込む。



…と思っていたら、
父も同じだったみたいで、

「浩子が相手だと甘えがあるのかねぇ。
つい、余計なこと言っちゃうね」
と。


そうたったんだ。
父は基本、穏やかな人なので、
私からすると、
私が一方的にガミガミ言っちゃってるような気がしてたんだけど、
父は父で、気にしてたんだね。


ごめんね。


父は
「お父さんにゴツゴツしたところがあるから、
そのゴツゴツがぶつかっちゃうんだね」
と言ってたけど、
それは私のセリフだよ。

お互い、ゴツゴツ同士じゃ、
ぶつかるわけだね。

似たもの親子なのかな^ - ^



19:40  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2019.10.16 (Wed)

【妻】兄の見解

母は、最近は結構安定しています。
痛み止めをやめてから、
頭も大分はっきりして、すごくしっかりしてきたし。

でも、足腰が大分弱ってきちゃったなぁ。



さて、今回の帰省では、
日程をあわせて兄夫妻も来てくれたので、
この機会にと、
父と兄と私とで今後のことを少し話しました。


私は、今後母がどういう経緯を辿るのかは
わからないけれど、
無理な延命はしたくなくて、
母もこれまでの言動からそんなふうに思っているように感じていました。

父も同意見。


でも、兄、医者だし、何て言うかなぁ?
と、ちょっとドキドキしながら、
そんな話を持ち出してみました。

すると、
「心肺蘇生とかの急な決断を迫られるもの以外は、今、無理に今決めなくてもいいんじゃない?」

という、なんだか、気の抜けるようなご意見。


「胃瘻はしないにしても、
点滴にもいろいろあるしね。
胃瘻とほとんど同じ効果の、
栄養を送り続けるものもあるけど、
それだけしゃなくて、
例えば、一時的な病気で、
点滴で少し薬を入れたら
すっかり復活するようなものもあるから、
一概に点滴はいいとか、悪いとか、言えないよ。
胃瘻のような点滴はやらなくていいと思うけどね」
とのこと。



「医者にとって死は敗北」という、
少し前の医療の常識をたくさん読んだり、
聞いたりしていたので、
あれ、医者も最近は変わってきたんだな、
と思いました。


というわけで、我が家は
もし、母が緊急搬送などされて、
その場で心肺蘇生をするかを聞かれたら、
NOでよし。

心肺蘇生以外で至急の判断を迫られることは
ほとんどないので、
何かあったらその都度兄に相談する、
ということに決まりました。

家で看取りたいという思いはありつつも、
今後どういう経過で、どうなっていくのか、
さっぱりわからず、なんとなく不安だったので、
兄と話せて、ちょっと一安心。


身近に医者がいるありがたみを
実は、これまであんまり感じたことがなかったのだけど、
母のことでは、兄がいてくれて、
本当にありがたいです。



19:34  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2019.09.05 (Thu)

【妻】もう嫌だ!


久しぶりにOADセラピーを受けました。



OADセラピーというのは、
溝口あゆかさんという方が考案したもので、
インテグレーテッド心理学という心理学の
考えに基づいたセラピーです。
→OAD


私は昨年度、このOADセラピーを習っていて、
勉強のためもあり、定期的にセラピーを受けていました。
これからも、定期的に受けていきたいなーと思っています。

で、かなり久しぶりに、昨日
柳本ようこさん
→ようこさんのブログ
のセラピーを受けました。

そしたら、「もう嫌だ!」
という言葉が飛び出てきました。

この想いを抑圧していたんだなー。

母の介護2年目に突入し、
母と居ること、母のケアをすること自体は、
全然嫌じゃないんです。
むしろ楽しいんです。

でも、次々と新しい事態に見舞われ、
それに対処していかなきゃいけない。

母の状態の大波小波に応じて、私の心も大波小波。
それを受け止めていかなきゃいけないことが
「もう嫌だ~!」だったみたい。


とはいえ、結構自由にいろんなことやってます。

看取り士の資格も取り、
先日は「看取りを考える会全国大会」に岡山まで行き、

サルサも相変わらずへたっぴだけど自分たちでやっていて、
月一で甲府のパーティに出かけ、

OADの勉強も続け、
その繋がりで友達になった方に講師をお願いして
NLPのワークショップ開いてみたり、

私自身もいろんな人にモニターセッションやらせてもらったり、

去年に引き続き、毎月、雑穀の料理教室に通い、

田んぼは諦めたけど麦は収穫できたし、
大好きなDIYも結構やってる。

ときどき主人といろんな催しに出かけ、
小旅行にも行き、

毎日一緒にいる人とは違って、
「介護してます」と大きな声で言えないぐらい
本当に好き勝手やってます。

だけど、それでも、
「もう嫌だ」だったんだなー。

その声を聞いてあげられていなかった。


好き勝手にやってるからこそ、
そんな思いがあったなんて、気づかなかった。
出てこないように抑圧してた。

たぶん、
「私もちゃんと楽しんでる、オッケー」って、
言い聞かせてた。


だから、このところうっすら苦しかったんだな。
目から鱗だった。
やっぱりOADすごいなー!


もう受け止めたくない。
もう嫌だ。

だけど、父や私(ときどき兄)しか受け止める人いないじゃん。
なら受け止めるしかないじゃん。
と思ってた。

だから、それ前提での、好き勝手でした。


だけど、「もう嫌だ。もう受け止めたくない!」って
言ってよかったんだね。
我慢して飲み込まなくても、よかったんだ。


人間だから、生きてるから、
いろんなこと思うさ。
生きてる証拠だ。

どんな想いがあっても大丈夫。
ありのままで大丈夫。

OADの基本です。


やっぱりいいセラピーだな~♪










10:37  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2019.09.04 (Wed)

【妻】映画 みとりし


映画「みとりし」、
公開前に観るチャンスをいただきました。

とても、とても、感動の映画でした!

医療関係者には、抵抗感を持つ方もいらっしゃるかも、と思っていたのですが、

近くで観ていたお医者様も
ずーっと泣きっぱなしでした!

その、共感力豊かなお医者様にも、
別の意味で感動でした。

映画の中で、「看取り士」の仕事がちゃんと描かれているかというと、正直かなりズレがあるし、「それは看取り士の仕事じゃないよなぁ」というようなこともいっぱいありました。

でも、

「病院でなく、家に帰る。
家で最期を迎える」
と望んだ本人と、

その想いを受け止めた家族と、

それぞれが決めた覚悟に対する
ご褒美のような優しい時間が、

静かな優しさの中で描かれていました。

私は、母の姿と重なりまくって、
最初から涙ボロボロ
鼻水グシュグシュ。

日本看取り士会の柴田会長いわく

看取る家族が、旅立つ人から
「命のバトンを受け取る」

という一番大切なところが
十分に描けていなくて、

第2弾を作りたいぐらい。

ということですが、

それでも、私は、
とても感動しました。

静かな、静かな、派手なところの何もない映画なのに、なんであんなに泣けたんだろう?ってぐらい。

9月13日から各地の映画館で
ロードショーが始まります。

とってもおススメです。
ぜひぜひぜひぜひ
観てもらいたい映画です。

それに、この映画が成功すれば
今度は、看取り士の真髄に迫る第2弾が制作されることになるかも!
と思うと、ワクワクします。




映画上映スケジュール

看取りを語る現役官僚さんの記事

予告編


14:20  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2019.09.04 (Wed)

【妻】孤独


母の介護が始まって以来、初めて
母にイラッとしました。


これまで何度も書いてきたように、
父に対してはすぐイラッとしちゃう私ですが、
母に対しては自分でもビックリするぐらい、
どこまでも寛容でした。

何をやっても、かわいいかわいい、いいよいいよ、でした。


でも、先日、自分の中で、母に対して
イラッという感情?感覚?が走ったのを感じました。

何がきっかけだったかは忘れてしまったのだけれど、
その時の思いは
「家族一丸となってこのプロジェクト(母をサポートするプロジェクト)に、懸命に取り組んでいるのに、自分だけリタイアしちゃって!」
っていうような感じでした。

論理的にはあり得ないんですけどね。

母をサポートするプロジェクトに、
母がサポート側として一緒に取り組むって、
論理が破綻してる。

でも、そんな感じでした。
「何で一人だけさっさと降りちゃったの?」
みたいな。

「私を一人ぼっちにしないで」
みたいな。

「母を頼りにしたい」とか、
「母に聞いてもらいたい」っていう気持ちが、
まだ、こんなにあったんだなぁ~。

もうすっかり大人なのに。


何もかも初めての経験ばかりで、
「どうしたらいいのかわからない」という焦燥感。

何をしても、どんなにいいように見える変化があっても、
大きく見れば、下り階段というのを、
受け入れなければならない悲しみ。

誰も私ではない。
どんなに共感して、わかってもらえたと感じても、
その人は私自身じゃないという孤独。

どれもこれも、もう最初っからわかっていた当然のこと。
あたり前のことなのに、
それが本当には受け入れられず、
こんなに抵抗して、
こんなに凹んでいたんだなぁ。

「私以外の誰も私ではない」
という、どっからどう見ても当たり前の、
あたりまえすぎる事実がもたらす孤独に、
55歳にして、初めて気づいたような気がしています。

14:06  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2019.09.04 (Wed)

【妻】切ない電話



珍しく夜父から電話がかかって来ました。

私は呑気に甲府でサルサを踊っていて気付かず。

そしたら、これまた珍しく「折り返し電話が欲しい」と、留守電が入っていました。




ドキドキしながら折り返してみると、
母の夕食を済ませて、
歯磨きや着替えも済ませて
ホームから帰ってきたところ、
すぐに母から電話が来て
(電話がかけられたところがすごい!)

「どうして来てくれないの?
ご飯も食べていないし、
もうお腹が空いて死にそう!」

と訴えられたそうで。

父、おろおろ。


鎮痛剤やモルヒネのパッチをやめて、
意識が大分はっきりして来たと思っていた矢先なので、
父にとってはかなりショックだったみたいです。


「お母さんは、やっぱり認知症だねぇ」
と父。

いや、うん、それはもう、そうだよね。
もちろん薬の影響もあったけど、
認知症であることは、もう随分前から
認めざるを得ない事実だよね・・・
と心の中で思ったけれど、

「そうだね」などと、言葉を濁しつつ、
ひとしきり話を聞いて、

「もし、心配だったら、お兄さんに電話してみたら?」と言ったら、そうしたみたい。

兄(一応、医師)は、
「状態には波があるから、そういう時もあるよ」
という感じのことを言ったらしく、
父も少しホッとしていました。


父はまだ母を認知症と認め切れていなかったんだなぁ。

そう思うと、切ないなぁ。


人は、こうやって大波小波を経つつ、
少しずつ壊れていくのかな。

本当にね、「弱っていく」というより、
「壊れていく」っていう感じなの。

お母さん。

とっても切ない夜でした。


14:02  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2019.07.30 (Tue)

【妻】瞳の奥には

母、このところ元気がありません。

痛み止め系の薬をやめてから、
頭はかなりハッキリしてきたものの、
どうも元気がないのです。

一時帰宅しても、ご飯とトイレ以外、
本当にほとんど寝ています。

ちょっとした体操も、
みんなで歌を歌うのも、
得意の英語の歌も、
テレビも、
洗濯物を畳むのも、
「やめとくわ」

痛み止めは、痛みを止める以外に何か効果があったのだろうか?
と、考えているところに、
訪問看護の看護師さんが
「モルヒネをやめた影響なんですかねぇ」と。

あー、たしかに
モルヒネといえば、世の中では麻薬だし、
やめた時の禁断症状的なものがでても
おかしくないのかな?

それとも、これまでモルヒネのおかげで
実際以上に気分が上がっていたのが、
戻ったということなのかな?

何が真相かはわかりませんが、
もう少し様子見です。



最近の母の言葉で心に残ったもの。


朝起きて、ベットの端に身体を起こし、ぼんやりしている母の目の前にしゃがみこんで、
「今日の気分はどう?」とか、
とりとめのないことを
ポツリポツリ話しかけていると、母、突然
「浩子の目がきれい」

じーーーん。
涙がでちゃうよ。

お調子者の私、気を良くして鏡を見てみたら、
いつもの私の顔でした~^ - ^;
でも、瞳の奥をよーくみてみると、
きれいなたましいが見えたような…。
きっと誰にもあるやつ。


※私の目ではありません!

何はともあれ、母よ、
突然のお褒めの言葉、ありがとう😊



三重から浦安に帰る日に
「浦安のご飯はどうしよっかな~」
と言っていたら、

父が
「そうか~。向こうのご飯の心配もしなきゃいけないのか」と言うので、

「そうだよ。主婦は何十年も毎日やってるんだよ~」と昭和的主婦観を披露しつつ、

「お母さんも、ずーっと何十年もやってたんだよね」と私。

そして、母におじぎしながら言いました。

「そのおかげでお兄さんと私は大きくなったんだよね!ありがとうございます」

すると、母、間髪を入れず、
「お返しをありがとう」

じーーーん。
母、やっぱり何でも全部わかってるんだな~。

誰もの瞳の奥にある美しさのことも、
母をケアする娘の母への気持ちも。

それにしても、母、
人心掌握術を心得とるようです^ -^


にらめっこをしたら、とっても上手に、即座に変顔をするので、私がすぐ負けてしまう母との変顔対決。でも、写真撮るとなったら、イマイチな変顔になってないやん!








14:40  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2019.07.09 (Tue)

【妻】お迎え?!

先日 、母が入居しているホームから電話があり、

「お母様ですが、血圧が70-50と低すぎる状態で、意識も朦朧としてます。家族の方、来てください」


私はたまたま実家に帰っていたので、すぐにホームに向かいました。




私が着いた頃には、足を上にあげる処置がよかったのか、血圧も上が100まであがっており、呼びかけると「んー」ぐらいは言うようになっていました。

主治医も来てくだったのですが、
体温、血圧、血中酸素濃度、脈拍、どれも異常なし。

「寝てますねぇ。眠いんですかねぇ」
という診断。
ガクッ!


身体が弱っているため、痛み止めが効き過ぎているのだろうということで、リリカに続き、モルヒネのパッチをやめることにしました。


パッチを外し、
その日の午前中はずっと
母の手や足をさすって過ごしました。

途中、スポンジで口を湿らせると、スポンジをチューっと吸うので、あ、こりゃ水飲めるかもと思い、りんごジュースのストローを口に入れると、チューッと吸ってゴクンと飲んでくれました。

やった!
(※意識がもうすこしはっきりしている時でないと、誤飲の危険があるそうです。良い子はマネしないでください)



お昼が過ぎても、ずーっと寝たままですが、お腹すいた?と聞くと、かすかに「ウン」と言うので、匂いだけでもと思っていたら、ホームのスタッフさんがお昼のカレーを部屋まで運んでくださいました。


カレーのいい匂いが部屋に漂うと、母、突然
「起きるわ」と言い、
本当に起きました。


すごい!
カレーパワー!
(モルヒネのパッチの効力がなくなる頃だったのも、あると思います。というか、その後の経緯を見ると、それが大きい要因だった模様)


ベッドで食べるかと思っていたのが、なんだかんだやっているうちに車椅子にも乗れてしまい、じゃあ、食堂に行こうとなり、食堂まで車椅子を押して行きました。

そして、まさかの
完食!

食い意地がはってるのだけは、代々の遺伝のようです。

良かった~!
カレー様!




今回の私の滞在中の母語録。


「今日もお母さんと会えて嬉しいな。お母さんはかわいいね~」
「はは!昔はね」
(…お!いい調子!)
「美人三姉妹だったもんね」
「整った顔だったね」
(…どんだけ自信あるんだ?!
昔は顔にコンプレックス持ってた気がするんだけど…)
「お父さんも射止めたしね」
「浩子もね」
(…お褒めのコトバ、ついでても嬉しいデス)



同じ階のおじさんが、廊下の突き当たりで、美人入居者両手に花で、いい調子で歌を歌っていたので、母の車椅子を押して近づいて行くと、
「あんたも、僕の部屋から椅子を持ってきて座りなさい」と言うので、
遠慮なく椅子をお借りし、母と2人で仲間入りして、歌を聴かせてもらいました。

明るい歌声に楽しい気持ちになって部屋に帰ると、母も
「楽しかったね」
と言います。

翌日、
「また、あのおじさんのとこに行くの?」言うので、
「行こうか」と、行ってみると、
おじさん、また仲間を集めて歌を歌ってくれました。
優しい。

またまた楽しい気分になって部屋に帰ると、母、
「(おじさん)調子に乗ったね」

って。
お母さんが行ったから、
わざわざ仲間を集めて歌ってくれたんだよ~ぉ!



意識朦朧状態から急に復活した母に、
皆が口を揃えて、
「良かった良かった、心配した」
と言うのを聞いて、
「なんでそんなに心配だって言うのか、全然わからん」と言います。

「目を覚まさないから、とうとうおばあちゃんがお迎えに来ちゃったのかと思ったよ~」というと、
「ははは!」
と笑い飛ばしてます。





ひとしきり笑った後で、
「お迎えがね、きたんだって」
「誰に?」
「あの人」
指差す先は、いつもお世話になっている看護師さん。

ちょっと!
看護師さん、ピンピンしてますわ!
そんな、お迎え、人に押し付けたらアカンって!


今回の騒動、本人には痛くも痒くもなかったようです^ - ^;


いやぁ、それにしても、薬って本当にいろんな意味で身体にとても強い影響を与えているんだなぁと思った、一件でした。
まあ、モルヒネといえば、麻薬ですからね。
影響も強かろう。






















18:42  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2019.06.25 (Tue)

【妻】後戻り

痛み止めのリリカをやめても
母の傾眠傾向は続き、


おやつ中の母。寝てます。


状況はさらにひどくなっています。

何度言っても、どうやっても、
ベッドでパンツを脱いでおしっこをしてしまう。

夜中に何度も何度も、シーツを変え
着替えをし、、、
全て総とっかえで、
その後の洗濯。


こりゃ、介護する側が、もちません。


トイレに座るときも、
便座にお尻を向けて座ることができなかったり、
少しお尻をずらすことができず、
ぴょんっと立ち上がってしまったり、

一番ひどかった頃に
後戻りしてしまったようです。

母の中で何が起きているのだろう?



介護は、よくなることを想定して
計画を立ててしまうと、辛い時がありますね。


母は、ユマニチュードをやりだしてから
すごくしっかりしてきていたので、
家に帰ってきてもらおう作戦で
父と頑張っていましたが、

「ここまで来たら、一息」
というところになかなかたどり着けない。


大きーい目で見れば、
死に向かってすこーしずつ衰えているわけなので、
一時的に悪くなったものが、
一時的に挽回したとしても、
それは部分的な揺れで、
全体は下がってきている。

それを、上り階段と勘違いして、
次のあそこの踊り場で一息つこう、
なーんて思っていると、
その踊り場に、
永遠にたどり着けなかったりするわけです。
全体が下ってるから。

一歩一歩階段を上っているつもりが、
全体を見れば下りエスカレーターだった、
みたいな。


そのことを、ようやく理解しつつあります。
遅いわっ!



目の前でみるみるうちに母が
壊れていってしまうのは、なかなかに辛いです。


でも、どこまで行っても、
その人の尊厳は失われないんですね。

…ということも、だんだん
実感としてわかってきました。

だから、辛いけれど、なんとか受けとめられるんだな。


まあ、ほんとに、学ぶことの多い日々です。



お母さん。
これから、何が起きてくるのかな?

どんな状況であっても、お母さんが最期まで
少しでも幸せでいられますように。




22:07  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2019.06.23 (Sun)

【妻】母の傾眠傾向

本当にまあ、次から次へと
いろいろ起きてきます。

これまでも寝ている時間が多かった母ですが、

今回の一時帰宅では、

食事以外はほぼ寝ていて
(横になっているだけでなく、
ぐーぐー寝ている)、

食べながらもコクリコクリしてしまうぐらい。

口だけはモグモグしていますが、
目は完全に瞑っていて、

まっすぐ座っていられず、
父にもたれかかってしまいます。


おやつタイムの2人。
「仲が良さそうでつっかえ棒!」
(以前の母の名言)


これ、「傾眠傾向」と呼ばれる症状のようです。



原因はいろいろで、母の場合、
痛み止めのリリカや、モルヒネパッチかなぁ。

でも、ずっと前から使っているのに、
こんなのは、初めてです。

全体的に体力が落ちているからなのか?

痛み止めに限らず、長年の薬の蓄積が原因の可能性もあるそうです。



夜も、寝る前にリハビリパンツを履き替えるのを嫌がり、なかなか履き替えてくれません。


とにかく何をするのも億劫。
特に人に言われてやるのは、なおさら億劫。


なんとか一段落し、
今日は父が母のそばで寝てくれるというので、
私は2階に上がって寝たのですが…


ウトっとしたところで、
父からのヘルプ・コール。

母、半分リハビリパンツを脱いで
おしっこをしてしまい、
パジャマやシーツを汚してしまっているのに、
起きて着替えることすら嫌がります…

こんなこと、今まで一度もなかった。


なだめても、すかしても、
頑として動かず、
無理に動かそうとすると、とても嫌がります。

「嫌だ~」
「何もしない」



熱も特になく、血中の酸素濃度も脈も正常。

どうしちゃったんだろう?


小一時間かけて、
根気強くいろいろと働きかけていたら、
ずっと瞑っていた目が、なぜかパッとあき、
その瞬間に父と目が合うと、なぜか大笑い!

その勢いでなんとか起きてもらって
パンツとシーツとパジャマを取り替えます。

そして、真夜中の洗濯。


父、またすっかり自信をなくして、
「ああ、情けない」
「もう自信ないよ」
を連発。


散歩に連れ出したときは、
昔の父復活かと思ったんだけどなぁ。


うわーん、お父さん。
お父さんは何も情けなくないよ。

私たち、精一杯やってるよ!

・・・なーんて、心の中で父を慰めていたら、
私より先にいびきをかいてます。


案外たくましい父であった。

よかった^ - ^;


ついしん1
父、その後、夜6回起こされたそうです。
父が倒れてまう!>_<
っていうか、わたしが変わればよかったのに、
何やってんだ、わたす>_<


ついしん2
主治医と相談の結果、ひとまず痛み止めのリリカをやめてみることになりました。


ついしん3
父の要支援申請について、改めてケアマネさんに電話して、手順を具体的に一つ一つ聞いたら、全体の地図が見えてきて安心したのか、父、また申請に向けてやる気になってくれてます。

また、ケアマネさんに「コープくらしたすけあい」のお掃除サービスや、調理サービスのことも教えていただき、早速電話をしてみたところ、とてもいい感じ。

今度、私が帰省する際に、コーディネーターが話を聞きに来てくださるとのこと。ありがたい!


ついしん4
すみちゃん(ダンナさんの妹で介護の仕事をしている)によると、看取り体制に入って、薬をやめたら状況が好転して、そこから2年も生きた方もいらっしゃったとのこと。


介護は、
行き詰まりかと思うと、少し光が見え、
の連続ですね。


何が起こるかわからない中、
いろいろなサポートが、ほんとにありがたいです。















23:28  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2019.06.22 (Sat)

【妻】父の要支援申請


父が、だんだん大変そうになってきました。

もともと緑内障で目が見えにくいのですが、

先日は、ひと玉の1/4ぐらい余った玉ねぎを、翌日のみそ汁にでも入れようと思って、器にポンと置いておいたら、

それをご飯だと思って、ラップして温めて、お茶碗に移す段になってようやく気付くという事件?があり・・・

すごく心配になってしまいました。


「母に家に帰ってきてもらう」

という目標に向かって、二人三脚でがんばってきたつもりでしたが、

途中、母がインフルにかかったり、

脚のけがをしたり、

少し調子が上向きになったと思うと、なにか邪魔が入る感じで、

なかなか実現できませんでした。



その、実現できない要因の一つに、
とうとう、「父の衰え」というのが入ってきてしまいました。



母の認知症がひどくなる前までは、
父は毎日散歩をしていました。

そして、本当に80代には見えない元気さで、溌剌としていました。


この頃は、まだまだはつらつ父さん




父は、緑内障の目薬のせいで、脈が遅くなってしまう「徐脈」という症状があります。

そのせいで、午後になると頭が痛くなるそうなのですが、

散歩をすると、ふくらはぎのポンピングが活発になるためか、
頭の痛いのも治り、調子がよかったのです。


でも、母の認知症が進んできてからは、散歩にも行けておらず、この一年で急激に衰えてきてしまったように感じます。


いろいろ考えた末、父も要支援を取った方が、母を迎えやすいのではないか、

そうでなくとも、要支援を取っておけば安心じゃないか、

と思い、先日、父にそう提案したら、「そうだね」と、やけにすんなり承諾してくれました。

なのですが、、、

ケアマネさんにその話をし、いざ書類を揃える段になって、「主治医がいないから」と父、却下。


こうなってくると、母に家に帰ってきてもらう目処も、なおさら立ちにくくなってしまいます。

うーん。

着地点が、、、

見えない。


そう思うと、そわそわフワフワと落ち着かず、遠い目になってしまう自分がいます。


父にも、母にも、私にも、優しい着地点は、どこかにないものか?


もう何が起きるかなんてわからないし、母のことも、他のことも、基本、流れにお任せするしかないなぁと思ってはいるのですが、

どこかで「この状況をなんとかコントロールしなきゃ」って思っているんだろうな、私。

だから、着地点がみつからないと、そわそわ落ち着かなくなっちゃう。
とほほ。


まー、なんとかなるさ、
なんくるないさぁ~!



作り置いたおかずには、このぐらい大きい字の説明書きが必要、の図。



ついしん

今日は、父を散歩に連れ出し、1時間ぐらい歩いてきました。気持ちよかった!

父の脚力も、体力も、気力も、散歩習慣を取り戻せば、まだまだ復活しそうな予感♪
よかった!!!

気持ちいい散歩道のある環境って、ありがたい♪


そして、屋外活動ついでに、庭の梅の収穫も。


梅をとる父



とられる梅。南高梅だから、デカイ!



今年は豊作だぁ~!!!

重いけど、少しもらって帰って
梅干し漬けようっと。


父とどっちが美味しく漬けられるか、競争だ!























16:16  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2019.06.22 (Sat)

【妻】母の手紙


1月に母がインフルエンザで入院したとき、
治療の時間以外は話しかけられる機会もあまりなさそうだったので、

せっかく大分回復した認知症が、また一気に悪化してしまっては困ると思い、毎日のように母にハガキや手紙を書きました。

→手紙を書いた時の記事

そうしたら、母、それをいつまでも覚えていて、

私が帰るたんびに、「浩子に手紙をたくさんもらったのに返事が書けていない」
と言って、返事が書けないことを気にしているようでした。

そんなの、気にしなくていいのにね。

今の母は、手紙書くのも頭や字がぐちゃぐちゃになっちゃって、一苦労なんですよね。

でもね。

今日、都留の家に久しぶりに戻ったら・・・

来てました。

母からの手紙。



父からの「何日もかかって書きました。」というメモが添えられていて、

涙が出ちゃいました。

お母さん、ありがとうね。
大事にとっておきます。

何度も読んじゃうな、きっと。

手紙の文面にある、「健と浩子の4~5才位の写真が出てきて」っていうのは、
たぶん、私が以前作ったフォトブックの中の写真だと思うんだけど、
(少し前にホームに行ったとき、そのページが開いてあったから)

フォトブックのページを繰りながら、
「あ、子どもたちが可愛い時の写真が見つかった!」
って思ってくれたなら、すごく嬉しいな。

お母さん、また手紙書くね!




15:10  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2019.05.11 (Sat)

【妻】母性


母、1カ月ほど前に怪我をしました。

備忘録を兼ねたブログに、書こう書こうと思いつつ、どうも書く気になれなかったのですが、大分回復してきて、ようやく少し書いてみようかなという気になりました。


怪我とは、膝下から下に20cm以上の切り傷。
結構な大怪我です。

父も私もその場にいなかったのですが、
お医者様曰く、U時にザックリ切れて、
蓋のようにビロンと開いちゃっていたそうで・・・

想像しただけでも痛い>_<


とはいえ、骨が折れたとかそういうのではなく、
切り傷なので、縫い合わせて傷が癒てきたら、
歩くこともでき、少しずつ治ってきています。

でも、まだまだ痛々しいです。
予後が心配。



昨日は昨日で湿疹がプツプツと発生して、
薬害かもしれない、と心配。


父も私も母に関してはかなり心配性なようです。

兄には「心配しすぎ」と言われます。


何しろ体力や回復力が落ちているのでね…


父は、「もう、母性が生まれてきちゃったよ」
と言います。

私もすっかり我が子のような気持ちで母をみているようで…



最近、amazonのプライム・ビデオにはまり気味で
何かをしながら、BGM的に流していたりすることもあるのですが、

先日、そんな感じで、「かぞくはじめました」という映画を観ていたときのこと。



主人公の男女2人(もともと犬猿の仲の)が、
亡くなった共通の友人の娘(まだベイビー)の
後見人になるというお話です。


この映画の中で、仕事で遠方に行った男性が、
しばらく離れていた ベイビーのことを思い出して
切なくなるシーンを

半分ぼーっとしながら観ていた私。


意識の片隅で、いつのまにか、

「わかるわかる。私にもそういう子がいる」

って思ってました。


で、ふと我に返って、「あれ?それ、誰だっけ?」ってなって、

「私、子どもいないじゃん」ってなって、

その存在に思いを馳せてみると・・・


それは母でした。


母をかわいいベイビーみたいに思っているんだな、私。

こりゃもう、父同様、本格的に母性が育ってるな、わたす!

母が私に、子育てをさせてくれているんだな。


傍から見れば、たぶん、しわしわ、よぼよぼ、くしゃくしゃな年寄りだけど、

私には、とってもかわいくて、愛おしいベイビーです。

母性って不思議なものですね。



21:37  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2019.04.09 (Tue)

【妻】勝負!

先週、母が3カ月ぶりに家に帰ってきました!

正月の帰宅後、インフルエンザにかかり、その影響が何だかんだ長引いて、なかなか一時帰宅ができなかったのです。

今回の帰宅に備えて、父、DIYで手摺を増設し、母の好物の煮豆を作り、いそいそと母を迎えました。

久しぶりに家で見る母は、やっぱり表情が明るくて、冗談も言ったりして(本人は冗談のつもりなのかどうかわからないんだけど)、お茶目です♪


写真は、背中が曲がって、座っているとどうしても右側に倒れてきてしまう母を、私が左に寄りかかることで支えているところ。

父が面白がって写真を撮るのを見て、母曰く、「仲が良さそうに見えて、つっかえ棒」。爆笑。母が言うと、なぜかすごく面白くて、ズルい!


さて、順調な母を見て調子に乗った私たち、2カ月後に母を家に引き取る計画を立てました。

4月いっぱいは、週の半分を家で過ごし、問題なければ1カ月後の6月頭に退所する手続きをする。
5月は家滞在の時間を伸ばしつつ引越し準備!

その予定をそそくさとケアマネさんに伝えてしまいました。

と、ところが、、、
私のいる二泊三日のうち、二泊ともベッドを汚してしまい…一気に心配ごとが浮上。

そこで、私、「頭もすごくはっきりしてきたのに、なぜベッドでリハビリパンツを脱いじゃうのかなぁ?」と考えました。

その結論は、母にとっては、リハビリパンツの中で排泄することが一番大変な失敗なのかも?ということ(なんな、前にもそんなこと考えたような…)。

おしっこが出ないうちにとにかく脱がなきゃ!→脱ぐ→間に合わずそこでしてしまう、みたいな。

こちらとしては、おしっこをリハビリパンツにするのは全く失敗ではないんですけどね。

つまり、私たちにとっては、
トイレでする、がベスト
リハビリパンツの中でする、がセカンド・ベスト
パンツを変なところで脱いでそこでしてしまう、が一番困っちゃうことなのですが、

母にとっては
トイレでするのが大成功
次が、なんとかパンツを脱ぐ所までは出来て、そこですること、
最悪がリハビリパンツの中で漏らしてしまうこと、
なんではないかと。

なので、おしっこにフォーカスするのはやめて、パンツをどこで脱ぐかにフォーカスしてみることにしました。

大成功はトイレに行ってからパンツを脱ぐ(ベッドでは脱がない)こと。以上!

これだと、パンツをどこで脱ぐかだけにフォーカスできるから、迷わないのでは?と思ったのです
が、さて、結果は如何に?!

母、話す内容が本当にはっきりしてきて、最近は「家がいい」とはっきり言うようになってきました。そうなると、父も私も、「やっぱり、引き取りたい」という気持ちが高まります。

その一心で、勝負に出ましたが、さーて、吉と出るか、凶と出るか。まだまだ道のりは長いです。

とにかく、パンツをトイレで脱ぐ練習だ!

あとは、壊れかけていて、洗濯中に何度も止まってしまう洗濯機を買い換えること、父の負担軽減のため家事援助をお願いできるところを探すこと、が課題です。

さー、母帰宅への道のり、がんばるど~!

おまけ
そして、翌週、今週末の一時帰宅では…うーん、なかなか前途多難。夜のトイレはやはり曲者です。そんな単純じゃありませんでした。

でも、洗濯機は父が新しいのを買ってくれて、洗濯、サクサク進みます!シーツが汚れてもなんてことなーい!!

そして、掃除代行をしてくれるところを探していたら、なんと、お手伝いサービスをしているところが小規模多機能ホームも運営していることが発覚。

小規模多機能ホームとは、ギリギリまで自宅で暮らすことへのサポートに主眼をおいた施設なのだそう。そんなの、あるんだ?!

なんだか、また、一気に別の流れが見えてきて、頭が追いついていない父と私であります。

そんなこんなで、2人とも頭がこんがらがりつつ、疲れ気味で、ちょっと言い合いをしていましました。その時の母がふるってました。

私「そもそも、私が口出ししすぎるんだよね。もういいよ、口出さないから」
父「そうだね」
私「家にしょっちゅう来れば、どうしても言いたいことが出てきちゃうから、もう来ないことにするよ」
母「やだー!そんなら、私も来ない~」
って、お母さん、どこに???

父も私も、この一言で大笑い。
ほんと、母が天使に見えました。

もう、関係性がですね、父と私が子育てする夫婦で、母が子供みたいになってますわ。
13:34  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2019.03.31 (Sun)

【妻】修了証2つ♪

2つの講座を修了しました。

一つは、OADセラピスト養成講座。


修了したと言っても、まだ🥚の🥚ぐらいで、セラピストとして認定していただくには、まだまだ練習と経験が必要。ということで、モニターセッションを受けてくださる方、募集中です。セラピーと言っても色々ありますが、私が習ったのは、イメージとしてはカウンセリングのような感じで、自分の心を観ていく作業に寄り添うというのが近いのかな?

無理に自分を変えようとするのではなく、心の色眼鏡を一つずつ外していく感じのセラピーで、ただただ透明な立ち位置から心の風景を観ていくというシンプルさが、私は大好きです。興味のある方、個人メッセでご連絡ください♪



もう一つは、看取り士養成講座です。いつか母がこの世を去るときが来たら、自分で母を看取りたいと思って講座を受けました。



看取り士という仕事や創設者の柴田久美子さんの考え方にはとても魅力を感じていたものの、講座内容の説明を読むと、ちょっと苦手の自己啓発っぽい匂いがする気がして、うまく馴染めるかな?と少し心配していたのですが、全然心配したようなことはなく、素晴らしいものでした。

まずは母を幸せに看取ることが目標で、すぐに看取り士を仕事にするというわけではないのですが、在宅での看取りについて多くの人に知ってもらえたらいいなと思い、死と看取りについて話し合う「カフェ・看取りーと」を不定期で開催しようと思っています。初回は以下の日時でやります。

日時: 4月12日(金曜日)16:00~
場所: コワーキング コミュニティ
teraco.(山梨県都留市)
http://teraco-tsuru.com/

私は、職場が基本副業禁止なので、セラピーも、カフェ・看取りーとも、当分無料または会場費などの実費でやっていきます。

ご興味のある方は、是非お声がけください。

21:24  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2019.03.10 (Sun)

【妻】命の輝き

看取り士の柴田久美子さんが会長を務める日本看取り士会の「看取り学講座」を受けてきました。

柴田久美子さんは、↓こんな人です。

日本看取り士会ホームページ



母がホームに入った翌日からしばらく、母の調子がものすごく落ちてしまったことがありました。

その時のことは、以前、ブログにも書きましたが、一日で本当に何もかもができなくなってしまったという印象でした。

母の変化①

母の変化②

母の変化③



立つ、歩く、振り向く、座る、ナースコールのボタンを押す、話す、食べる、などなど、いろんな機能を失っていく母を前に、慌てもしたし、悲しくもあったけれど、それ以上に印象に残っているのは、母の命の輝きでした。

いろいろなものを手放し、何もなくなっていくと同時に、むき出しの命だけがすくっと立ち上がってくるというか、なんというか…

実は、わたす、そのピュアな命の輝きに、魅了されてしまいました。死にゆく人に魅せられてしまったというか、シンプルに命そのものになっていく母になんとも言えない美しさを見たというか…。

そして、直感的に、「死って、そんなに悪いものじゃないのかも」と感じました。

そのタイミングで「看取り士」という仕事の存在を知り、日本で初めて「看取り士」を名乗った柴田久美子さんの本を夢中で読み、

「抱きしめて看取る理由」

「私は看取り士」

「「ありがとう」は祈りの言葉」


「たとえ人生の99%は不幸だとしても、最期の1%が幸せならば、その人の人生は幸せなものに変わる」というマザーテレサの言葉に深く頷き、

「触れて、抱きしめて、看取ることが、逝く人に安心感を与え、死を幸せなものにするだけでなく、残された者のグリーフケアにもなる」という柴田さんの持論を、雄弁に裏付ける数々の看取りの物語を読み…

早々に、看取り学講座に申し込みました。

そして、今日が待ちに待った講座の日でした。

今回、講座が開催されたのは、町田にある東京研修所。東京研修所を運営する清水夫妻が講師をしてくださいました。

日本看取り士会 東京研修所


本を読んだり、母との日々を通して感じていた「幸せな看取り」のイメージを裏打ちしてくれるような、私にとってはとても腑に落ちる内容でした。

やっぱり、受けてよかった。

もうすぐ看取り士が主人公の映画「みとりし」も公開になるようです。

映画「みとりし」



絶対見に行きたいと思っていますが、その前に、今週末はこちらの映画を観に行く予定であります。

映画「いきたひ」


死が近しいものになってくるということは、ただただ暗く悲しいことなのかと思っていたのだけれど、意外にも、心踊ることでもあり、心が静かに落ち着くことてもあるんだなぁ!

と、そんな風に言ったら不謹慎でしょうか?
でも、そんなふうに感じているこの頃です。







21:03  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2019.02.26 (Tue)

【妻】大人の資質

インフルエンザによる高熱で緊急入院後の母。
いったん治まった熱が尿路感染症でまた39℃になったり、
それが治ったら腸炎になったりで
なかなか退院できなかったのですが、
約3週間後の先日、ようやく退院しました。

3日前ぐらいに突然「◯日に退院です」となり、
あれれ?まだ流動食で、しかも、食欲がなく、
出された食事の1/3の位置ぐらいしか食べないということだったし、
寝たきりでいたから、立つこともできなくなっていて、でも、リハビリもほとんどできていないし、
この状態で退院で大丈夫なの~?
と思っていましたが、
病院からホームへの引き継ぎもあり、ホームの方も慣れた様子で落ち着いて受け入れてくださったので、心強く、ほっとしました。

食欲も、退院したら、なんのなんの。
ホームのご飯をパクパク食べて完食!
単に病院の流動食が美味しくなかっただけみたいです。

今日はなんと、私が自分の昼食用に持っていった小さなおにぎりも1つ平らげてしまいました^ - ^;

脚力が衰えて立つことはできない状態ですが、
腹筋が強く、寝た状態から体を起こすことはなんとかできるので、これも一安心。
またすこーしずつリハビリです。

自分で立ってトイレに行けるようになるまでは
おむつの中で排泄となってしまうわけで・・・そこは本当にかわいそうだけど、仕方ないね。
母もそれが一番嫌みたいです。

だから、リハビリもとても張り切ってやってくれます。
「浩子がいると、すごいすごい、こんなことができて!と褒めてくれるからやる気になる」
そうです。

とくに褒めているつもりはなく、1か月病院で寝ていたわりに、
案外できることが多いので、すごいね~って素直に感嘆していただけなんですけどね。

それにしても、「褒められるから嬉しくてやる」って、なんだか子供みたい。

子供みたいといえば、母、退院後、
以前より増して寂しがり屋になってしまい、
そのおかげか、電話をかける技術がすっかり身について、最近は夜、時には夜中に父に電話がかかってくるそうです。

「寂しい」とか「いつ来るの?」とか「今日はもう来ないの?」
とか言うそうですが、
ホームの面会時間は9時までだし、それでなくても、父は朝も昼も入り浸ってるし、
父としてもなんともしようがなく、「また明日行くからね」と返事をしているようです。

父と私で一緒にホームに行った時に、
母の買い物を頼まれて、自転車で来ている父がスーパーに行くことがあるのですが、
そんな時に父の帰りがが遅いと、こんな会話が交わされます。

「お父さん、遅いね。大丈夫かな?(自転車で転んだりしていないか心配な娘。何しろ87歳なので)」
「遅いねぇ。お父さんはいっつもなかなか帰ってこないんだよ。朝もなかなか来ないしねぇ(不満げな妻)」

お母さ~ん!お父さん、むっちゃ来とるでぇぇぇぇ!
しかも、買い物、全部お母さんのものやでぇぇぇ!

と思うけど、「父が来るのが遅い」という母の想いはどうしてもリセットされないみたいです。

父は「すっかり頼りにされちゃって」
と、困った風だけど、ちょっと嬉しそう。


颯爽と?マウンテンバイクに乗る87歳。

父曰く
「子供みたいになっちゃったね。みんな孤独を感じているけど、その寂しさに耐えられるのが大人なんだと思ってたんだけどねー」

そうか。
父の「大人」解釈を初めて聞いた。

「寂しさに耐えられるのが大人。なるほどね~」と、ちょっと感慨深い娘でありました。
とさ。


P.S.
最近の母は、かなり回復してきて、いろいろできるようになってきたのに、歩けないばかりにオムツ。

意識がかなりはっきりしているだけに、これがやはり気持ち悪いらしく(わかっていてオムツの中で排泄って、そりゃ、私だって嫌だわ)、連夜オムツ外しをしてしまい、シーツなどの総取っ替えが続いたとのことで、硬いボタン付きの脱ぎにくいズボンを履くことになってしまいました。

かわいそうになぁ。
オムツ外しの大変さは父も私も十分すぎるほどわかっているので、対応してくださっているホームには、ただただ感謝です。
それでも、やっぱりかわいそう。
なんにもできず、もどかしい。

気持ち悪い時は、勝手にオムツを外さずに、ナースコールのボタンでスタッフさんに来てもらって、オムツを変えてもらったらいいんですけど、夜になると寂しさもあるのか、頭がこんがらがってしまうみたいです。

はぁー。一難去って、また一難。

あーもーーーーっ。
毎日リハビリやって、早く自力でトイレに行けるようになろうね!

と、願うしかない娘です。








10:31  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2019.02.01 (Fri)

【妻】インフルと切手と差し入れと

先週の金曜日に母がインフルエンザA型を発症してしまいました。

高熱で意識がほとんどなく、面会謝絶だというので、びっくりこいて会いに行ったら、薬のおかげで熱は37度にまで下がり、会話もできて一安心。


リアル「面会謝絶」初めて見た!

誤飲で肺に飲み物や食べ物が入ると大変なことになるからと、飲食も厳禁。



喉が乾いても点滴のみで何だかかわいそう。


父は、「お母さんの発症から4日以上経っているから、潜伏期間は過ぎてる。僕はワクチンも打ったし、感染しなかったね」と豪語していたので、安心していたら、5日後に発症。

続いてその翌日、私が発症。

入試シーズンなので、仕事を休むわけにいかないと思い、母のお見舞いの時はマスクと手の消毒で厳重に防御したけれど、父はノーマークでありました。

というわけで、入試出張をお断りして(ごめんなさい!)、仕事をうっちゃってひきこもっています。

しかも、1人都留にいるので、むっちゃヒマであります!

暇だとロクなことを考えず、「老人が入院しているうちに、寝たきりの廃人のようになって帰ってきた」という話が思い出されたりします。

父も私もインフルエンザにかかってしまい、入院中の母の面会に行けないので、そんな話を思うと、やたら心配になってしまいます。

確かにインフルエンザの治療やリハビリ(たぶん嚥下指導や足腰の運動)はしっかりとしてもらえそうなのだけれど、認知症が進まないように話しかけてもらえてるかな?とか。

そこで、毎日ハガキを書くことにしました。

罹患4日目の今日、本当はまだ外に出てはいけないのだけれど、マスクをして、なるべく人に近づかないように郵便局へ行くと、なんとも可愛い切手が💕



甘いものに目がない母、絶対喜ぶ~!と確信し、衝動買い。

さー、どしどしお手紙書くぞ~♪

急にやる気になってワクワク^ - ^

単純な私です。

ひとまずハガキ2通と、封書1通を書き、ハガキ1通を速達、残りを普通郵便で出しました。
そしたら、一日違いで届くかな?

そんで、毎日、ハガキと手紙を出せば、ボケ防止にもなるでしょう♪

何しろ切手がかわいいし♡
るんっ♪


なーんてことを、半分寝ながら、つらつらブログに書いてたら、ごとんと音が。

雪が落ちる音かな?と思って放っておいたけど、何だかちょっと気になって勝手口を開けると、ドアノブにこんなものが!



えー?
小人さん~?
誰~?

ありがたすぎて、涙が出ちゃうんですけどっ。

ついでに雪景色。



そして、そして、
寝ている間に届いていたはのちゃんの差し入れ。
お粥と汁と自家製餅と果物と自分でとってさばいた猪肉


こちらは、今日届いた大野絹枝さんの差し入れ。とり野菜鍋、青味野菜添え


うわーん、身に余るほどの愛で嬉しくて泣ける。


他にも、何か困ったことがあったら言ってねとメッセくれた人、出勤間際にちょっと声かけてくれた人、ほんとにほんとにありがとうございます涙

こんなんアップして、もしかしたら自慢げじゃないかとちょっと躊躇したけど、いやいや、私の自慢じゃなく、都留の人がいかに愛溢れる人かっていう、都留自慢であります。

ほんとに、あったかいの。

ありがたいです。


ちなみに、くだんのパンの件が気になって、家の前にこんな看板出してみましたが…



誰も名乗り出てくれませんでした。
ま、こっそり置いていってくれるぐらいの人だから、そりゃ、わざわざ名乗り出ないよねぇ>_<










13:56  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2019.01.08 (Tue)

【妻】帰りたくない

今年のお正月は、年末年のお休みをフルに使い、年休もいただいて、2週間弱帰省してきました。本当に、こういうことができる環境がありがたいです♪

母もホームから長めの一時帰宅をし、暮れとお正月を親子3人で過ごしました。

簡単な手抜き御節を作り、お屠蘇がわりのお酒で正月を祝ったり



兄夫婦とその長女が遊びに来てくれて、少し遠いショッピングモールに行ってご飯を食べたり(普段は車がないので遠出できない)、



私の旦那さんと妹のすみちゃん、甥っ子の大ちゃんが遊びにきてくれたり



いつになく賑やかに過ごしました。

皆で百人一首のカルタをやったり



すみちゃんや大ちゃんに母のボール投げに付き合ってもらったり、

歌を歌ったり、

母の大好物の鰻を食べに行ったり、



車椅子で、父、母、私の3人で散歩に行ったり、


↑散歩でも、一瞬、歩いてくれた!

普段なかなかできないことを、てんこ盛りでやって、とてもとても楽しいお正月でした。

相変わらず、父には厳しいことを言ってしまったりして、個人的に反省点もありましたが、母もすごく楽しそうで、笑顔をいっぱい見ることができました。

母は、言うことも、やることも、本当にしっかりしてきて、会う度にやれることが増えています。

着替えも、ものすごく時間がかかるけれど、少し手伝えばほぼ1人でできる時もあるし、トイレも1人で行ける時もあるし(どちらも、できない時もあるんだけど)、ちょっと気の利いたことも言えるようになってきました。

今回、大ヒットだったのはホームの介護士Tさんとの会話。

最近、父や私がいるときは、(車椅子でなく)食堂まで手を引いて歩いて行っているのですが、その姿を見て、

Tさん:「わあ、歩いてきたの?すごいねー。本当に表情も明るくなって、背筋も伸びて、少し大きくなったんじゃない?」
母:(澄ました顔で)「皆さんに育てられて、大きくなりました」

ぷぷぷ。上手いこと言ったね^ - ^

たまに、そういうちょっとしたお茶目なことを言ってくれるので、こちらも嬉しくなります。

今回びっくりしたのは、得意の百人一首を結構覚えていたこと。

下の句を読む前にカルタがとれるので、実力を発揮して、父に圧勝してました^ - ^

それと、俳句を作ってくれたこと。


前半は母作、後半は父作の俳句

拙いけれど、季語も入っているし、お付き合いで私が作ってみる俳句よりずっと気が利いてます。

ただ、歩き方は本当におぼつかなく、全体として体力はだんだん弱ってきているのかなぁという感じもあります。

少し動くと息がはぁはぁしてしまったり、気道が狭くなっているのか、息をする時にヒュルヒュルと小鳥が鳴くような音が出たり、少し心配なことも。

母は「胸に小鳥を飼ってて、時々ピヨピヨかわいく鳴くんだよ」
と言ってました。

あと、時間の感覚はかなり衰えていて、少し寝ると、まだお昼なのに夜中だと思っていたり、1週間も前のことを「昨日は…」と言ってみたり、正月に来る予定の兄のことを、年末に何度も「明日来る」と言ってみたり。

そんな感じで、いろいろありながらも、概ね順調な一時帰宅だったのでずが、一時帰宅が楽しすぎて、最終日が大変でした。

予定では、デイケア・サービスの車に迎えにきてもらって、
<デイケア→ホーム>
と移動して、
通常のホーム生活に戻ることになっていたのですが、

当日の朝になって
「デイケア、お休みする。ホームにも行きたくない」と言い出してしまいました。

母をホームから家に引き取ることも検討し始めてはいますが、退去するならするで、事前にお伝えもしなくてはならないし、とりあえず、まだしばらくはホームでお世話になる予定なのですが、「行きたくないのに、どうして行かなきゃいけないのか、わからない!」と言います。

そう言われると、ツラい。

とりあえず、デイケアは休ませてもらうよう電話して、ホームに戻るよう、父と2人で説得するのですが、なかなかウンと言いません。

「とりあえず、起きてご飯食べよう」
と言っても、
「とりあえず手向山(たむけやま)」とか言っちゃって、はぐらかしてみたり。
(百人一首の’このたびは 幣もとりあえず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに’ の一節であります。)

とってつけたように、「痛ーい」とか、「すごく寒い」とか言ってみたり。

私は即、「仮病だな~」と思ってしまうのですが、父は真正直というか、優しいというか、いちいち反応して熱を測ってあげたりしてました。でも、やはり全くの平熱。

父と私と、代わる代わる何度もゆっくり話すと、最後には説得に折れて、「もう何でもいいわ。病院でもどこでも行けばいいじゃん」と、やさぐれ気味の承諾。

一旦、そう言ってしまったら自分でも納得したのか、割とすんなり起きて着替えて、ご飯も食べてくれました。

でも、そうだよね。ホームには戻りたくないよね。私も一人で帰るの、寂しいもん。お正月が楽しすぎたね。皆が来てくれたしね~。いつになく賑やかで楽しかったよね。わかるわかる。

それにしても、これまでは、ホームも、家も、「まあまあだね」なんて、つれないことを言ってたけど、やっぱりお家がいいと聞いて、ある意味、父も私も嬉しいような、くすぐったいような、心苦しいような、複雑な気持ちでした。

父とは、少し暖かくなる頃に本格的に家に帰れるといいねと話していますが、どうなるかなぁ。長期的に見れば、確実に衰えていくわけだし、なかなか難しい決断です。


さて、そんなこんなの盛りだくさん冬休みもとうとう終了。

それぞれの場所に戻って、またしばらくそれぞれの場所でがんばろうね!

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