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2018.10.16 (Tue)

【妻】恩返し

老人ホームに母の部屋を借りることになり、
必要なものを準備しています。

改めて衣服をそろえようとしてみると、靴下がぼろぼろだったり、ズボンがケバケバだったりで、ありゃりゃ~。

というわけで、父と衣服などを買いに近場のイオンモールへ。
ひっさびさのイオンモールに行ってみると・・・
衣服、ほとんどがMとLでSがないっ!
ないことはないけど、レア。
なんで~?

「小さいサイズコーナーはありますか?」
と聞いてみたものの、答えはNO
申し訳なさそうに、
「Sサイズを探していただくしかないんですけど、あまりおいていないんです」と。

近頃の若者は皆背が高くてSなんて着ないから?
または、近頃の中年はみんなメタボでSなんて入らないから?

いずれにせよ、Sですら大きすぎる母ゆえ、
買ってきたものはすべてお直しが必要。

そんなわけで、私は、ひっさびさにミシンを出してきて、
恐る恐る・・・ダダダダダー!
だんだん調子に乗ってきて、軽快にダダダダダー!
なんか、ちょっと、気持ちいい。



それからそれから、針に糸を通して、まつりぬいチクチク。
持ち物一つ一つに名前も書きます。

チクチク、ダダダと夜なべ仕事。
きっと、幼い兄や私のために、昔々母がやってくれていたこと。

こうして恩返しができてるのかな?


最近は、母の写真を眺めて「かわいいなぁ」と思っちゃったりして、ほんと、親子が逆転だな。

気持ちを注いで、気をかけて、お世話させてもらう相手を、人はよりいっそう愛するようになるものなのでしょうか。


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12:25  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.10.05 (Fri)

【妻】 ありがとう。


母、最近、しょっちゅう「ありがとう」と言ってくれます。

顔を拭いてはありがとう。
靴下はいてはありがとう。
薬を塗ってはありがとう。

昔から、こんなに感謝を表明する人だったかなぁ?
いずれにしても、感謝されるとやはり嬉しい


さっきも、靴下を履かせてあげたら「ありがとう」と言われたので、
「ありがとうって言ってもらえると嬉しいなぁ」
と言ってみました。
そしたら、
「ありがとう、ありがとうってたくさん書いてある」と。

母の目線の先を追ってみると、
これ。




「えー!これ読んでただけ~?(笑)」と私。
「そう(笑)」と母。
「わはははは!」
「わはははは!」


「でも、読んだだけでも言われると嬉しいねぇ」
「でもね、前ね、言ってもらえたよ」

次の言葉を待つ私。
母、、、
「・・・。何だっけ?」

えー!そこで~!?
連続テレビ小説かぃっ!

母の「ありがとう」について、誰が何を言ってくれたのか?

むっちゃ気になりますが、この話はお蔵入りとなってしまいました。

連続テレビ小説と違うのは、いつ続きが聴けるか全くわからないこと。

ああ、お母さんの話、もっともっと聴きたいな~。
お母さんのこと、もっと知りたいな~。
と思う娘であります。

おまけ。

ティッシュボックスの話を父にしたら、
父も大笑い。

「そんなユーモラスな冗談を言えるなんて、かなり高度だね!」と嬉しそうに母に言ってました。

私は心で、(いやいや、あんたの語り口が高度だから)ってツッコミましたが、
母も「あははは」と笑っていたし、
父も本当に嬉しそうだったので、よし!

相変わらず、父には厳しい娘です(^^;)

22:02  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.10.05 (Fri)

【妻】すみちゃん語録

ダンナさんの妹、すみちゃんは、神戸で介護の仕事をしています。今は施設の次長というエラい人になってしまったのですが、現場の経験も豊富です。

母が介護保険にお世話になるようになってからは、何か迷い事が出てくる度にすみちゃんに相談し、アドバイスをもらっています。

これまで、すみちゃんの数々の言葉に本当に助けられてきました。

そこで、すみちゃん語録をまとめてみます。

⚫︎何が何でも長く一緒にいることが重要なのではない。一緒に笑っていられる時間を少しでも長くできるようにすることの方が大切。

デイケアやショートステイ、老人ホームに家族を預けようかというとき、家族は往々にして、ものすごく迷うし、そんなところに送り込むのは可愛そうと思ってしまいがちです。でも、家族が無理をして、その結果イライラカリカリするぐらいなら、大変な部分をプロにお任せして、いいとこどりをした方がいい。そうして、家族が笑って過ごせる時間を如何に多く持てるかの方が、何が何でも家で家族が世話をし、イライラタイムが増えてしまうより、本人も家族もずっと幸せ。

ウチの場合は、「夫婦(家族)そろった幸せのティータイム」(←おやつタイムを2人はそう呼んでいる)をどれだけ長く続けられるか、そこに心を砕いた方が、皆が幸せに過ごせるんじゃないか。

そんなアドバイスをくれました。あまりの急展開にすっかり方向性を見失っていた私は、この言葉のおかげで、やるべきこと、目指すべき道がすごくクリアになりました。

⚫︎とにかくケアマネさんや施設の人とコミュニケーションとる。何でも言ってみる。

ケアマネさんも、施設の人も、福祉の仕事をやろうと思うぐらいだから、利用者さんの役に立ちたいという気持ちは人一倍持っている。でも、当の利用者さんが、どんな人で何を望んでいるかが見えて来ないと、なかなかいい支援ができず、お互いもどかしい。些細なことや、しょうもない世間話も含め、どんどんコミュニケーションを取った方がいい。

私はこの言葉を聞いて、ケアマネさんに、父と母が楽しみにしている「ティータイム」のことを伝えてみました。

あと、ちょっとしたことでも、遠慮せずに電話してマメに連絡を取るようにしています。

⚫︎ホームに入るなど、節目の選択の時に、あえて重大事にしない。気軽に「試しにやってみよう」という伝え方をするといい。

介護する側の人間の気分は、介護される人にも伝染してしまう。家族がすごく深刻な顔で伝えれば、本人も深刻なことなのだと身構えてしまう。

実際、やってみてダメだったらやめればいいんだから、そんなに深刻になる必要はないんですよね!まー、それがなかなか難しいんだけど…。


⚫︎今は何が何でも自宅で看取るのがよいという時代じゃない。自宅でない方が、看取りに専念出来る場合もある。

ダンナさんと、すみちゃんは、7年前にお父さんを家で看取り、この8月にお母さんをホームで看取りました。その経験からの言葉です。

家で看取るとなると、どうしても雑用というか、実労働というか、いろんなお世話やら、洗濯やら、食事の支度やら、さまざまな実務をこなさねばなりません。その点、ホームではそういったことはホームの方がやってくださるので、本当にお母さんのそばにいることに専念できたそうです。好きだった越路吹雪の歌を流して、手をさすってあげるとか、そんなことができたのもホームならではかもしれません。

⚫︎一緒に住んでいた人に去られて一人になったら本当に辛い。ホームのお世話になるのは、介護する側が自立するための練習でもある。

これもお父さんと、お母さんを見送った経験からの言葉です。お父さんはずっと家で一緒にいたから、喪失感が凄かったと。でも、お母さんはホームにいたので、またホームに行けば会えるような気がして、お母さんがいない状況に慣れるための時間がもらえる感じだったそうです。

私の父も、今は母とほぼずーっと一緒なので、母が逝ってしまったら、その喪失感はものすごいものになってしまいそう。父の練習のためにも、母と少し距離を取ることは、いいことなのかもしれません。

⚫︎家族が築いているバリアーは、施設の人には丸見え。

私が母のホームのお試しステイに朝から夕方までずーっとべったりくっついてた話をしたら、この話をしてくれました。

施設の人は家族が来ていれば家族の時間を邪魔しまいとして遠慮してくれるし、家族が守りのオーラを出していると、それはすぐ伝わってしまう。そうすると、本人と施設の方の距離がなかなか縮まらないこともあるそうです。

うわ~!これは、私、まさにやってた(>_<)反省です。

⚫︎家族がスタッフと仲良くすることも大切。

上記の話とリンクしているのですが、本人がなかなか自分の意思を伝えられないこともある中、家族もスタッフさんとよそよそしい関係だと、本人とスタッフさんの関係もよそよそしいものになりがち。本人が積極的にコミュニケーションを取る力がなくても、家族がパイプになっていけば、スタッフさんも本人との距離が近くなることが多いそうです。

うわ~!試される~!!(>_<)

⚫︎施設に一人でも相性の合う人がいれば幸せに過ごせる。これまで何だかんだ生きぬいてきた人だもん。本人は家族が思うより強いよ。どんな人でも、ちゃんと、強さを持ってはるから大丈夫。

ホームや施設にはいろんな人がいるけれど、その中で一人でも「この人がいると嬉しいな」という人が見つかれば本人は機嫌よく幸せに過ごせることが多いそうです。

そして、家族が心配するより、本人は強いし、生き抜く力を持っているから、あんまり心配しなくていいよと。

この言葉に、私はすごく救われました。



すみちゃん語録、介護に関わることになった家族に必要な言葉がいっぱい詰まってます。

さすが、たくさんの経験を積んでいるだけあって、説得力もあります。

すみちゃんという存在にほんとに感謝です。

すみちゃん、いつもありがとう♡
19:34  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(1)

2018.10.05 (Fri)

【妻】物語

ここ数年、ほとんどの家事をこなし、母を支えてきた父ですが、この数ヶ月の母の変化はあまりにも急激で、それまでは思いもしなかったことが次々と起こる日々でした。

私たちは戸惑いの中に取り残されたような気持ちで過ごしてきました。

そして、とうとう父の口から「限界だ」という言葉が出てくるようになりました。

私も、今申し込んでいる近所のホームに空きが出たら、もう、ホームにお世話になった方がいいんじゃないかと思うようになりました。
ここなら、家から歩いて10分だから、私たちも入りびたれるしね、と。

でも、そんな日はまだまだ先のことだと思っていました。

ところが、先日、ケアマネさんから「ホームに空きが出ました」と、連絡が入りました。
え?
もう?


いざ、そう言われてみると・・・




揺れます。
父も私も、グラグラです。

私は先日、’家で母の介護をしていたけれども、食改善で認知症がずいぶんよくなった’ という方のお話を聞き、その食改善の中身も聞いてきて、
「よし!私がたくさん料理して、作り置きして帰れば、父も母も健康アップじゃない?」
なーんて思っていたところだったので、
なおさらです。

「ホームかぁ」
都留で雑穀を刈りながら、涙がポトポト落ちてしまいます。

父も同様で、「もう少しがんばれる」と言い出します。

でも、ケアマネさんは、「ここを逃すと、またいつ空きが出るかわからないですからねぇ。本当に大変になったときに、どこにも入れないという事態も生じかねないです」と。

うーん。うーん。うーん。
毎日ぐるぐる堂々巡りの日々。

結局、父と兄と私で何度も話し合い、「今回は見送ろうと」と結論を出したのでした。



ところが・・・
数日後、母が何日かにわたり、リハビリパンツ(要はおむつ)を脱いでしまい(寝ながらもぞもぞお尻を掻いたりしているうちに脱いでしまうようです)、その上でベットでおしっこをしていまいました。しかも、一日は日に2度も…。

父、一気に疲れが噴出します。
だって、シーツやブランケットや母のパジャマ下着を洗うだけで半日、いや、一日終わってしまうような日々が続くのです。干す場所もなくなっていくし、シーツだってふとんだって足りなくなる。

しかも、その合間にご飯を作り、掃除をし、母の着替えを手伝い、薬を分けて飲ませ、薬を塗り、ご飯を食べるのを見守り、歯を磨かせ、などなど、さまざまな仕事が待っています。

「やっぱり、無理かもしれないねぇ」
この数日の大変さが決定打になりました。

むろん、私の住む都留に来てもらうことも考えました。
でも、父と引き離す訳にもいかず、だからといって、父も都留に来ちゃったら、友達を一から作り直すことになり、そんなしんどいことはとても無理。
そんなじゃ、父までボケちゃう。

結局、ホームにお世話になることが、今、選びうる最善という結論に至りました。

そして、母にその話をするのは私の役目となりました。
そのとき交わした会話。
うろ覚えですが・・・

「いつもデイケアに行ってるサンヒルズあるでしょ?そこに一部屋空きが出たんだって。お父さん、最近、すごく大変そうだからさ、お母さん、ちょっとホームに入ってみるの、どうかな?」
「それはかわいそうだね」
「誰が?お母さんが?」
「うん、お母さんが」
「そうだね~。かわいそうだねぇ。でもさぁ、お父さんも大変で、かわいそうじゃない?」
「そうだねぇ。でも、こっちがもっとかわいそうだねぇ」
「そうだねぇ。でも、ホームではご飯や着替えやシーツの洗濯とかもしてもらえて、お風呂も入れてもらえて、それでお父さんが毎日会いに行けば、いいんじゃない?」
「寂しいねぇ。」

(聞きたくなかった言葉が出てきてしまいました)

「寂しいねえ。私も寂しいよ(私、大泣き、母、クール)。でも、私も帰ってきたら毎日ホームに行くし、お母さんが家にしょっちゅう帰ってきてもいいし、大変なことはホームの人にやってもらうけど、後はあまり変わらないかもしれないよ。」
「でも、3人で…」
「うん、3人で?」
「3人で…ケーキが食べれないね?」

(あんまりケーキのことばかり言う自分がおかしかったのか、自分でも笑っちゃいながら、母、深刻さを救ってくれる一言)

「食べれるよ!ケーキ。また買ってくるから3人で食べよう。ホームでも食べれるよ」

(私、母の言葉に少し救われます)

「そう?じゃあ、そうしようかねぇ。」

(私、えー?!そこ?そんなんでいいの?と、心の声)

「お父さんもイライラしなくなって、今よりもっと優しくなるかもしれないしね。」
「お父さんがイライラするのは、かわいそうだねぇ」
「そうだね。それに、イライラしてたら、お母さんも嫌だしね」

「どういう風になるのかね」
「たぶん、ご飯とか、トイレとか、着替えはホームの人が手伝ってくれて、お風呂も入らせてもらえるよ。家だとお風呂入れてあげられないけど。あとは、昼間は私たちが会いに行くし、どっちみち、お母さん、家にいても寝てばっかりいるから、そんなに変わらないかもよ(笑)」
「そうだねぇ。一人で暮らしてみるかね」

(私、「一人で暮らす」という言葉にドキリ)

「いきなりずっとじゃなくてさ、試しに2泊ぐらいやってみる?」
「やってみようかねぇ。」

(私、ここまでたどり着いてホッとすると同時に、申し訳ない気持ちがむくむくと湧いてきます)

「ごめんね…」
「なんで?」
「なんでって、だって」
「こっちが、ごめんねだよ」
「こっちって?」
「・・・」
「お母さんが?」
「うん」
「なんでお母さんがごめんなの?」
(母、宙を見て、言葉を探しながら)
「一人でいなくなっちゃって、ごめんね」

…って。
お母さん…。
その神がかった言葉、どこから探してきたの?

ドクターとか、母との接点が少ない人は、ちょっと早口で(いや、ゆっくり話してくれているんだけど、母にとっては間〔ま〕が短い)慣れないことばかり聞くから、お母さん、素っ頓狂な答えをしちゃって、もう、なぁんにも分かってないように思われてるみたい(あの受け答えじゃ、私だって、何も分かっていないと受け取ると思う)。

だけど、お母さん、本当はなんでも分かってるんだよね。本当に大切なことは全部、わかりすぎるほど分かってるんだ。


娘は、わかっているお母さんが、とても誇らしくて、とても哀しいです。

お母さんが全て分かっていることが、そして、その上で、「そうだねぇ」とホームに入ることに同意してくれることが、無性に哀しいです。

私たちの切なさ、寂しさ、つらさ、もどかしさ、ホームでの暮らしが続くかもしれないこと、誰もが一人で死んでいくこと、ぜんぶぜんぶ、なんでもわかってる。

お母さん、ごめんね・・・。




ホームお試しショートステイ、一日目は、私が朝から夕方まで付き添いました。

母といろいろポツポツ話しながら出てきた言葉は

「ホームに入っても、トイレにちゃんと行けるようになったら、家に帰ろうね」

後で聞くと、夕方から私とバトンタッチした父も、同じことを言ったのだとか。
母は「そうしよう」と言ってくれたとか。

母に期待を持たせるようなことをして、却って残酷かな?
とも思いました。
これからV字回復するとは思えないし。

でも、ホームでのリハビリで少し足腰が鍛えられて、夜トイレに行けるようになれば本当に家にまた帰れるし、そうでなくても、おむつに慣れて、脱がないようになってくれれば、後のことはなんとかなるんじゃないか。


「トイレにちゃんと行けるようになったら、家に帰る」

これは、私たちがすがるようにして紡ぎ出した物語でした。


実現するかもしれないけれど、
結果的に嘘になってしまうかもしれない。

でも、たとえ嘘であっても、
人は、物語が必要なんだと、心からしみじみ思った一日でした。



その後も、数日のうちにいろいろなことが起き、私たち家族は散々揺れに揺れました。

あんなに決心したのに、翌日には「やっぱり、今回は見送ろう」となってみたり。
いやいやいやいや、まったく家族は愚かですね。
冷静な判断なんてできないです。


そうしてバカみたいに、あっちに行ったりこっちに行ったり、その度にケアマネさんを困らせて、結局、私たちが出した結論は、まずは、部屋を借りてみる、というものでした。

幸い住居型の有料老人ホームは、特養と違って、部屋を借りてもベッタリ住まなくても良いそうなのです。

だから、まずは部屋を借りてみて、週何日かだけステイするというところから初めてみようと。

そうすれば、私たちがいよいよ窮地に追い込まれた時は、ホームに頼ることができるし、もしも、母がどうしてもホームに慣れないようなら、部屋を返上することもできる。

そんな物語を、もう一度紡ぎ直し、ようやく新しい一歩を、恐る恐る踏み出してみようとしています。



7月の母。










19:19  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(1)

2018.10.02 (Tue)

【妻】コミュニケーション

母の介護は大変だけれど、こんな期間がなければ味わえない特別な時間でもあります。むしろ、すぐに死んじゃったりしないで、母の残された時間に伴走するための、かけがえのない時をくれたことに、感謝しています。

最近、母の足をさすったり、頭をなぜたり、隣にピターっとくっついて寝たり、肩を組んでみたり、やたらベタベタしているのですが、そんなことが臆面もなくできるのも、こんな時期だからこそ。


母の隣でしょっちゅう寝転がってるムスメ

だから、この介護生活、私にはそれほど苦にならないのです。父と違って、毎日が介護ってわけでもないし、日常的に寝不足だったりもしないしね。これから長期化した時にどう感じるかはわからないけれど・・・

実際に介護が始まるまでは、「私は結構身勝手なところもあるし、子供の頃、 “お父さんやお母さんが死んだら、私、ちゃんと悲しめるのかなぁ?” と悩んだこともあるので(なんでそう考えちゃったのかは謎)、親の介護をするような状況になったとき、そんなこと、本当にできるんだろうか?」と心配していたのですが、いざそうなってみると、案外ふつうに自然にやれるもんだ^ - ^

母がわがまま言っても、おしっこ失敗しても、パジャマの上からズボン履いちゃっても、あんまり腹がたったりはしないんです(何度も書くけど、これは私が毎日母を看ていないからだと思う。毎日一人で母を看ている父は、もうほんと、かなりストレス溜まってるはず)。

でもね。コミュニケーションが取れなくなってくることは、たまらないですね。

少し前まで、大変ながらも、何かおかしいことがあると、わはは!って笑いあっていたのに、楽しいことや嬉しいことがあっても、喜ばそうと思って何かしても、反応がないことがある。いつもじゃないのです。今もわははは笑ってることもしょっちゅうあるのです。でも、たまに、寂しいぐらい反応がない時がある。

これは、ほんと、こたえます。

いろんな大変なことがあっても、にっこりしてくれたり、ありがとうって言ってくれたり、笑ってくれたりしたら、それだけで帳消しになるけれど、何も反応がないとぐったり疲れてしまう。

父が要介護申請をするときに書き留めた、母の様子を表す文に、こんな感じのがありました。うろ覚えですが…

「楽しみにしている2人のお茶の時間に、交わす言葉がないのは寂しいことです。」

この最後の一文を読んだ時には、涙がポロリと出てしまった。

父がこれを書いた時から2ヶ月も経っていないのに、このところさらに、急にコミュニケーションが取りにくくなって、びっくりするような行動も増えてきました。父も私も、そのスピードに面食らってしまって、ちょっと参っています。

そんな状況だからなのかな。
先日、また母の横に寝転がって、小さい声で
「おかあさん」って呼んでみたら
「なぁに」
と、子供の頃に聞いた母とおんなじトーンで返事が帰ってきました。
本当にふつうに「なぁに」って。
ただ、それだけなのにじわ~っと涙が出てしまった。

ふつうに「なぁに」って返事をもらえることが、こんなにスペシャルな、嬉しいことだなんて、知らなかったよ。

子供の頃の私は
この「なぁに」が聴きたくて、
何度も何度も母を呼んだんだろうな。

そして、母は何度でも「なぁに」って、応えてくれたんだろうな。

お母さん。
お母さんは、やっぱり私にとって特別な、特別な人です。


14:19  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.10.02 (Tue)

【妻】ちょっとかわいい

母を見ていると、身体の機能も、心の機能も少しずつ手放して、自分であることもだんたん手放して、自分と環境との境界がなくなってきて、そうして全て手放した先に死があるのかな、と思ってみたりします。

しかし!
一つだけ今のところ決して手放さないものがあります。
それは、食欲。
しかも甘いものが大好き。

砂糖は体に良くないのはわかっているので、あまり食べてほしくないけれど、甘いものを食べる時だけは確実に機嫌がいいので、こちらもつい甘くなってしまいます。

帰省時は毎回、名古屋駅前でHARBSのデッカいケーキを買って帰ります。



だってさ。
私が家に帰って「ただいま~!」って言っても、反応イマイチな時も、
「ケーキ買ってきたよ~」
って言うと、
「わぁ~!嬉しい!」
って目を輝かせるんだもん。
買っちゃうよ(>_<)

三重を去る時も
「じゃあね。またケーキ買ってくるね」
と言うと。
「ほんとう?嬉しい。ありがとう」と感情込めて言ってくれます。

とはいえ、出来るだけノンシュガースイーツを食べてもらいたいと思い、できる範囲で甘酒スイーツやりんごジュースを使ったおやつを用意しています。

先日は、巨大なさつまいもがあったので、りんごジュースで甘みづけをした芋きんとんを作りました。我ながらなかなか美味しくできたと思ってタッパーに詰めていると、それを見ていた母。

「たくさんできたねぇ」
「美味しくできたよ。食べてみる?」
「何個食べていいの?」

な、なんか、かわいいぞ。
そして、嬉しい。
「たくさんできたから、たくさん食べれるね~」と私。
どっちがお母さんか、わからん(>_<)

母が可愛く思える瞬間は結構あるんだけど、思い出してみると、食べ物がらみのことが多いかも。

「ご飯まだ?」
「まだ4時だよ。」
「ご飯まだ?」
「うん。まだ4時半だよ」
しばらくして…
「お腹空いたなぁ。ご飯食べようよぅ」
とかね。

なんだか、ほんとに子供みたい。

「じゃあ、ちょっと早いけど、ご飯作るかね」
ってなっちゃう。

それにしても、食い意地、はりすぎじゃない?ってこともあります。

介護初心者の私たち、せっかく要介護3になり、訪問介護が受けられるようになっても、来てくれた人に何をしてもらえばいいのかわからない時があります。

母が立てなくなったり、おしっこを失敗してしまったりして、本当に大変な時に助けてもらえると、とても有り難いのだけれど、何でもないときに定期的に来て下さる方に何をしてもらったらいいのか、いまいちよくわからないのです。

食事の準備などの家事も、ヘルパーさんたちは患者の分しかやってはいけないことになっているので、母の分だけご飯作りとか、母の分だけ洗濯とかってやってもらっても、結局、父のものは別にやらなきゃならないので、二度手間なのです。だから、どうも何をお願いすればいいのかイメージできない。

そんな話を父としていて、ふとベッドに寝ている母に
「お母さん、何かやってほしいこと、ある?」と聞いてみると、
「うん。あるねぇ。」
「お!何してほしいの?」
「さっきの焼き芋(スーパーで買ってきた焼き芋のこと)はね、もう少し甘くしてほしいね。」

って。
おやつのことしか頭にないんかいっ!


P.S.
介護ベットについて、非公開のコメントを下さった「くみ」さん、コメントありがとうございます!返信の仕方がわからず、返信できていませんが、参考にさせていただきます。ありがとうございます♪
14:10  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.09.21 (Fri)

【妻】介護保険

今、介護保険でいろいろな人にお世話になりながら、ようやく介護が成り立っています。

とはいえ、まだどう介護保険を使っていいのかわからないことも多く、皆さんどうしているんだろう?と思います。

うちは親戚に介護の仕事をしている人や、医療関係者がいるから、割とその手の情報に触れやすい環境にいる方だと思うのですが、未だにそれでもわからないことだらけ、戸惑うことだらけです。

そして、介護生活が始まるってことは、介護そのものをやるということだけでなく、いろんな手続きや根回しや連絡を、かなり精力的にこなすってことなんだなぁと実感しています。

そこで、備忘録のためにも、この二ヶ月ほどでやった(主に)介護保健にまつわる手続き的なあれこれを書いてみます。

ことのはじめは、電話するたびに父が困っていて、「これは要支援2じゃないな」と思い始めたこと。

母は以前階段から落ちて骨折し、その時から要支援2の認定は受けていましたが、介護保険を使うのは機材を借りたり、手すりを導入したりするときぐらいでした。あ、去年ぐらいからデイケアを週2回ぐらい使い始めてたかな?

でも、今年に入ってから、どんどん様子がおかしくなり、この夏には、こりゃただ事じゃない、という感じになって来ました。

その進み具合が速すぎて、私たち家族はいつも後手後手に回っている感じです。

この7月からやって来た手続き的なことを書き留めてみると・・・

⚫︎脳神経内科に予約を入れて、認知症の診断をしてもらう(認知症と診断されると介護度が上がりやすい)。

⚫︎ケアマネさんに娘の私から初電話。現在の状況を聞くと共に娘目線からの要望を伝える。

⚫︎ケアマネさんに要介護度見直しの申請をしてもらう。

⚫︎父に現状(特に困っていることや症状)と要望を書き出してもらう。

⚫︎父の書いた↑の書類を持って一番足繁く通っている整形外科の先生に要介護度見直しのための意見書を書いてもらう。

⚫︎今、デイケアに行っている所に隣接する居住型老人ホームを父と見学。

⚫︎ホームへの入所申し込み。ウエイテェングリストに入れてもらう。

⚫︎5つ通っていた医者を一つにまとめて訪問医療にしてもらう(父は緑内障で目が悪いため、運転免許証を返上し、その結果、母の病院送り迎えが非常に困難になってしまった)。

⚫︎歯医者も訪問歯科にしてもらう。

⚫︎ケアマネさんと相談して介護ベッドを入れてもらう。

⚫︎デイケアセンターでのショートステイを体験的にやらせてもらう。

⚫︎ここで要介護3認定をもらう。

⚫︎ここからはケアマネさんと、とにかく密に連絡を取る。もうね、しょうもないことを含めてケアマネさんとよくコミュニケーションをとる(ケアマネさんや施設も、こちらのニーズやウォンツがわからないと動きにくいのだそうです)。

⚫︎ホーム(特別養護老人ホーム。要介護3以上でないと、入れない)をもう一つ見学。

⚫︎母の介護に関わる人々8人が集まり、年に一度の会議が行われる。

⚫︎大変な時にブザーを押すと来てくれるというサービスもあることをケアマネさんに教えていただき、申し込みをお願いするも、NTT回線でないと契約できないとのことで、断念(>_<)

⚫︎訪問診療してくれているホームドクターから、レスパイト入院(認知症の介護をしている家族の負担を軽減するための入院)の話を聞き、見学に行く(ドクターに紹介状を書いてもらい、入院先の病院に電話。アポを取って説明を聞きに行きました)。

こんな感じかな。
他にも細かいいろいろがあった気がするけれど、忘れちゃった。
父と協力しながら、一つ一つクリアして来た感じです。

そして、このぐらいやらないと、介護保険はまともに回り始めません。というか、それでもまだ、介護保健のサービスをうち仕様に使いこなせてはいない感じです。ほんと、皆さんどうしてるんだろ?って感じ。

今後こんな情報が必要な方もいらっしゃるかなと思い、取り敢えずリストアップしてみました。

という、オチのない話でございました~。
必要な時が来たら、このページを思い出してもらえたら、嬉しいです♪









22:20  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.09.21 (Fri)

【妻】ヤなこと言う人

デイケアから帰ってきた母に
「どうだった~?疲れた?」と聞くと
「うん、まあ、そんなことないよ。でも、嫌なこと言う人がいるもんで」(名古屋弁)
という話がたまに出てきます。
その内容はいつも同じ。

母は自宅でお風呂に入ることが既に困難なので、デイケアで入浴をさせていただいています。
そんな時、脱衣所で一緒になった人が、母が着替えている(正確には着替えさせてもらっている)ところを見て
「この人お風呂から出たのに同じパンツ履いてるよ~!」
と大きい声で言ったのだとか。

本当にそんなことを言う人がいるのかどうかは定かではありませんが、
とにかく、それがとても嫌な思い出として残っているらしく、
いつも生々しくその話をしてくれます。

先日、また
「嫌なこと言う人がいるもんで」と言うので、
私が先回りをして
「”この人お風呂から出たのに同じパンツ履いてるよ~!”って言われちゃったんだよね~」
と言うと、少しきょとんとして、
「知ってるの?」と聞きます。
「うん。前に教えてくれたよ」と私。

すると、母も負けじと
「他にも嫌なこと言う人がいてね」
「何か新しいこと言われたの?」
「その人じゃないんだけどね。トイレ何回行った?って、しつこく聞かれるんだよ」
「そんなこと聞く人いるの?ヘンだねえ」
と、私が不思議がっていると、

表情がふとほんの少し動いて(意識がここに戻ってきたような感じ)、
「あの人」と指さします。
その指の向こうには・・・








父。

↑私の自慢の父です。この10月に87になり、数えでもう傘寿なのに、元気で好奇心いっぱいで、若々しいのです♪ただいま、老老介護、奮闘中!

「えー!’あの人’って、お父さんのこと?お父さん、あの人になっちゃったの~?」

母は、おしっこの失敗がたびたびあって、父の一番の悩みのタネはそれ。
ベッドをぬらしてしまうと、洗濯の量が半端なく、更に、マットレスを干さねばならないのに、天気が悪かったりすると本当に大変なのです。
寝ぼけるのか、夜中にあちこちをおしっこで塗らしながら歩いちゃうこともあります。

私がいるときなら、笑い話にしながら、2人でちゃちゃっと対処できるけど、
一人のときにこれは、本当にきついと思う。

だから、朝、母が目覚めるたびに、何回トイレに行ったのかとか、今日は大丈夫だったのかとか、父は確認してしまうのです。
そんなこと聞いても事態は何も変わらないんですけどね。
聞かずにいられないんでしょうね。
気持ちはとってもわかります。
私も一人のときにこれが起きたら、たぶん、父ほどの忍耐力で対応出来ないと思う。

でも、そんな風なので母からは嫌われてしまうんですよね。
よく介護で一番近くで一番お世話している人がまっ先に忘れられたり、嫌われたりするという話を聞きますが、まさにそれです。


母の爪を切る父

父は、でも、基本優しい人なので声を荒げるようなことはなく、嫌われると言っても、たいしたことはないのです。
だから、指さした先に父がいたときには、「えー!」っと、あまりのことに笑ってしまいました。
「あはは!あの人ってお父さんのこと~!?」って感じです。

まっすぐ伸びた腕と指先が、キリリとかっこよく父の方向を指していたので、
なんか、よくある推理ドラマみたいで、笑っちゃう感じだったんですよね。

父にしたら笑い事じゃないでしょうが、本人も「えー!ぼく?!」って笑ってました。

切なくて、ちょっぴり笑える、未知との遭遇の日々です。


追記
お父さん「あの人」事件に衝撃を受け、でも、ちょっぴり面白くなっちゃった私は、後日、母に添い寝しながら、ちょっと意地悪く聞いてみました。
「ダンナさんの名前覚えてる?」
「えーっと。あれ?忘れちゃった」
「いくや、だよ」
「あっ!そうだ!!」(心底、しまった!そうだった!って感じで)
「じゃあ、息子さんの名前は?」
「りゅういち」(自信満々で。でも、これ、私の叔父つまり母の兄の名前です)
「え?けん、じゃない?」
「あ、息子はねぇ、健だよ」(そんなこと、わかってますよって感じで)
「じゃあ、娘は?」
「浩子だよ」(何聞いてるの?って感じで)
「やったー!私の名前覚えてたねー」(ガッツポーズ)

…ってな会話も交わしたりしてます。むふ。


追記2
母にとって、私は金曜~週末、長くて火曜日までしか居ない人なので、今までは私、「ヤなこと言う人」という汚名は免れていました。

しかし!今日、とうとうその日が来た!

ご飯を食べてそのまま寝てしまった母に
「歯を磨こう」とか「着替えよう」とか、「薬塗ろう」とかやっているうちに、
とうとう「浩子はやりすぎー!」と言われてしまいました(>_<)
けっこう強い怒り口調で。
とほほ。
笑っちゃったけど、やっぱり小さくショック。
お父さんの気持ちが身にしみてわかります。

お父さん、がんばろーね♪




14:13  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(1)

2018.09.16 (Sun)

【妻】久々のオシャレ

備忘録としての介護日記です。

母の調子は、相変わらすですが、この半年で急に加速度的に衰えてきて、少しずつ死に向かっているのかなという感じではあります。

ちょうど今日、実家の自治会の草刈りに行った際、偶然ホームドクターの先生に会い、そんな話が出ました。

先生曰く、そろそろこの先の看取りをどうするか(病院か、ホームか、自宅か)考えておいたほうがいいですね、と。


この8月に旦那さんのお母さんが亡くなりました。
ご飯が食べられなくなってきて、だんだん呼吸が大変そうになってきて、
点滴をしたら少し盛り返してくれたけど、
それでもやはり少しずつ反応がなくなってきて、
ああ、身体はもう死のうとしているんだな、ちゃんと納得して死に向かっているんだなと思った。

お義母さんのそんな姿を見て、死が少し親しくて近しいものになった気がします。
だから、そんな姿を見せてくれた死の先輩であるお義母さんに、とても感謝しています。

そんなこともあり、ホームドクターから看取りの話が出ても、驚かなかったし、動揺もしなかった。
一週間空けて週末に帰るたびに、少ーしずつ元気がなくなっている感じがして、そんなお母さんを見ていると、まだまだ時間はあるけれど、でも、身体は少しずつ死の準備をしているんだなと思えるから。

そんな母ですが、まだこちらの世界の人なので、
まだまだ世間体を気にしたり、まわりに気を遣ってくれたりもします。

「お土産は何かいいのあるかねえ。」
「誰に?」
「きょうじ(ウチの旦那さん)さんに。」
「きょうじはいいよ、アメリカに行ってるから、むしろお土産買ってきてくれるよ」
「じゃあ、お菓子のお土産買う?」
「誰に?」(お母さん、自分がお菓子食べたいだけじゃない?)
「浩子に」
「私?!いいよ。自分で作るから。私はお母さんの笑顔が一番嬉しいよ」
「そう?じゃあ、昨日の写真みて練習しないと」
「あはは!笑顔、苦手だもんね!」
なんていう会話をしてみたり。

「昨日の写真」というのは、これ。


料理教室仲間でアクセサリーデザイナーのかおりんが、前回のブログに載せた母の写真を見て、
「こんなのが似合いそう」と、イヤリングをくださいました。
そのイヤリングをつけてパチリ。

ちょうど9月18日が母の誕生日なので、素敵なプレゼントになりました。
スカーフを持ち出してきたりして、ちょっとだけオシャレしてみたり♪
かおりん、ありがとう!とっても似合います。

母、写真撮影のために意図的に笑顔を作るというのが難しいようで、
「笑って~」と言ってもなかなか笑ってくれません。
「じゃあ、’おいしい~’って言って。いーって伸ばすんだよ」と言ってもなかなか。
結局こんなぼんやりした表情になっちゃったんだけど、
最近教えてもらった「camera360」っていうアプリで撮ったから、顔色がやけに良く写っていて本人は結構気に入ったみたい。
(余談ですが、皆こんなアプリ使ってたんか~!!むっちゃ顔色とか肌の質感とか、補正されて写るので、面白くて何枚も自撮りしちゃったさ。でも、なんか、自分じゃないみたい・・・)

そんなこんなで、笑顔の苦手な母ですが、結構笑える日々です。なんか、母が可愛らしく見える瞬間が多くなってきて、ほんのちょっぴり子育て気分を味あわせてもらっているような…。うふ。

あ、でも、大変なことも、もちろんいろいろあるので、また今度書いてみますね^ - ^
15:01  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.09.09 (Sun)

【妻】新しい局面


農天気ブログ、普段は農やDIYなど、手作り暮らしについて書いていますが、最近また人生の新しい局面が展開してきました。

私の母の介護が暮らしの中に登場したのであります。

ほんの少し前まで要支援2だった母が、一気に要介護3認定が出るほどにいろいろ手のかかる人になってしまいました。



てなわけで、最近は田んぼも畑もサルサも、他のいろんなことも、一時棚上げにして、金曜日からほぼ毎週、三重の実家に通ってます。

こうなると、2拠点暮らしは、かなり訳のわからないものになります(実質3拠点)が、まー元気にやっとります。

そんな中でいろいろ感じたことなど、2拠点暮らしの参考になるかもしれないし、自分の備忘録にもなるし、少しずつ書いてみようかなと思います。

まずね。お母さんは家の中心。お母さんがニコニコだと皆んな幸せという話、最近よく聞く、っていうか、もはや世の常識なのかもしれないけれど、大人になっても、お母さんが大好きなんだなーと思うのです。

ほんとうに手のかかる人になっちゃったけど、やっぱり母が笑ってくれるとすごく嬉しい。



ご飯以外のほとんどの時間を寝て過ごし、頭もぼけてきているから、顔に表情がなくてドキッとするような時もあるんだけど、暇があれば、私も隣に寝転がっちゃったりして、少~しずつコミニュケーションとっていくと、だんだん表情が出てきて笑ったりもしてくれる。

今は特に甘いものが大好きで、ケーキを買って帰るとすごく喜ぶので(甘いものの話の時だけは目に輝きが宿る!)、子供に甘い親のように毎回HARBSのデッカいケーキを買って帰っちゃう。私、子供がいたら、きっとダメな甘い親になってただろうな~。

男性である父は、母のその時その時の気持ちに寄り添うってことが、なかなか難しいらしく、理屈が先立っちゃうみたい。「昨日、そう言ってたじゃない」とかね、言ってみたりする。でも、昨日の約束なんて、お母さん、覚えてないもんねぇ。

父は大学教員だったので、理屈の世界で生きてきた人。人の気持ちもわかる人なので、職場では人望もあり、癖のある大学教員を束ねる力量もあるので、学部長を2期務め、いろんな人から慕われてた。そんな父が「わかっているけど、難しいんだよ。理屈で仕事をしてきたんだから」と言います。さもありなんと、思います。

女はやっぱりもともと共感力があるから、今、どうして欲しいのか、今、どうすれば母が動いてくれるのか、直感的にわかっちゃうんだよね。

でも、父も、すごく頑張ってて、最近母に寄り添ってあげられるようになってきている気がする。訪問介護の人や、ケアマネさんや、私がどんな風に母に接するか観察したりして。

偉いなぁ。私がいないほとんどの時間、父は一人で母を看てるんだもんね。イライラする時もあるよね。でも、本当に大変ななかでも、お母さんを大切にしてくれてありがとう。…と、娘は思うのである。

お父さん、このブログを時々読んでくれてるみたいだから、これも、いつか読むよね。なので、最大級の感謝を伝えます。

ありがとう、お父さん。
(お母さんにブログ見せちゃダメだよ。たぶん自分の大口あいて笑ってる写真、嫌がるから!w)
17:41  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)
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