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2017.03.18 (Sat)

移住&開店2周年!

都留に移住して2年。
あっと言う間と言えばそうかもしれませんが、日々新たな経験や出来事が次々と押し寄せてきたため、濃く長い2年だった気もします。

移住して2年ということは、家に併設している我が家の応接間、BAR Rioも2周年ってことになります^_^

先日、Rioのサル友(サルサの友達)が、サプライズでRioのアニバーサリーを祝ってくれました。

あずみんからはこんな綺麗な花束!

お花屋さんがサルサのイメージでアレンジしてくれたそうです。

ひろちゃんからは、カフェ ナチュラルリズムのちあぱんちゃんの絶品ビスコッティ!

いつ食べても唸るほどうまい。

そして、はのちゃんからは『Rio』の文字を絵文字にした手ぬぐいや手づくりポストカード!


アップで見ると、、、


ひとつ一つの絵が、我が家の暮らしにまつわるイラストになっています。
すごい!素敵!!
お店のポストカードにさせていただきます。

ありがとう!みんな~!
また、3周年を元気に迎えられるよう、頑張りまーす!!

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2017.02.21 (Tue)

【妻】米こうじ作り

毎年、味噌づくりや、甘酒づくりに大活躍の米糀(こうじ)。これまでは大月にある糀屋さんで購入していたのですが、今年は風と土の自然学校のナツキータが「こうじ、作ってあげようか?」とオファーしてくださいまして、「こうじ作りなんて、めっそうもない」と思っていた私ですが、いい機会なので、ナツキータが作る過程を要所要所で見学させてもらうことになりました。

突然始まった糀作り。写真を撮ることも思いつかず、また、私が直接見られた工程はほんの一部ですが、自分のための備忘録として手順や感想を書いておきます。

写真がないので、手順を図解にしてみました。あやふやな部分があったり、間違っていたりするかもしれませんが、ご容赦ください(>_<)





上は蒸しあがりの図













途中、温度を計り、コメの温度が38度を超えていたら、かき混ぜて空気を入れてさます、というのを何度か繰り返し、糀菌が回ってほわっとしてくるまで置いておきます(たぶんここまでで30時間ぐらい)。この間の最適温度は38-40度だそうで、45度以上になると菌が死んでしまうのだとか。

菌がコメにまとわりつくような感じで増え始め、ほわっとしてきたら、平らな入れ物に移して、広げて発酵させます。



ここで、糀菌は菌糸をのばし、お互いが絡み合ってくっついて、米糀は板状になっていきます(だから、米糀は「一枚、二枚」と数える)。

この日からナツキータが家族でお出かけだったので、糀さん、我が家に来て、私が面倒をみることに。

なのですが、この日は私もサルサの日。上の図のようにセットして、温度を測ったらちょうど38度だったので、その後、放置してリオへ。夜の1時ごろ戻って温度を測ると、29度ぐらいしかありません。

焦って、容器と電気毛布のセットごとこたつにin!しばらくすると、また温度が上がり、38度になったので、就寝。

しかーし!4時ごろ、なんとなく目が覚めてみてみると、なななんと、米の温度が47度になってる!ひえ~!菌が死んでしまう~!!!

慌ててコタツから出し、かき混ぜて空気を入れて冷ますも、既に47度になってしまった状態で菌は生きているのか?!

コタツは消し、電気毛布も剥ぎ取り、濡れ布巾だけかけた状態でしばらく様子見をすることに。といっても、糀さん、温度が上がったり、下がったり、ほおっておくと状況が全く読めず、寝ていても気が気じゃない。

そこで、仕方なく、寝室を抜け出し、私はコタツのある部屋へ移動。糀から剥ぎ取った電気毛布を自分に巻きつけて、消したコタツに私も一緒に入り、糀さんと夜を明かすことに!笑 こうすれば、温度変化にもなんとなく気づくでしょ?

どうやら菌が完全に死んでしまったわけではないようで、何度冷ましてもしばらくすると、菌の働きで発酵し、勝手に温度がぐんぐん上がります。

薪ストーブもコタツも消した状態の部屋で、コタツぶとんだけで寝ましたが、糀さんが発酵してあったかいので、案外快適でした。

翌朝、ダンナさん、どこを探しても私がおらず、コタツをめくってみたら、こんなんなってた!という一枚。



いやー、ドキドキしましたが、翌々日にはなんとか板になり、米糀、完成しました。




今年、糀作りの工程を少し経験できて、38-40度というのがどんなもんかが、体感としてわかったので、来年の味噌づくりの際は自分で米糀さんを仕込んでみようかな~と思っています。何しろ味噌の材料の中で米糀がダントツお高いので!

ちなみに糀は、「50度になると死んでしまう」と書いてある記事もあり、45度になったら即死ってわけでもないようです^_^

あ、あと、下に敷く紙は色の印刷のないものにした方がいいようです。糀さん、湿り気を増しながら菌糸をのばして絡みつくので、ペットリと紙に吸い付き、今回、印刷の色が糀に移ってしまいました。来年のための備忘録に!
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2017.02.21 (Tue)

【妻】感謝の味噌造り

今年も味噌を仕込みました。

しかーし、これがもうバッタバタ(>_<)

そもそもの間違い?は、味噌の量の計算から。

一昨年はだいたい20kgの味噌を仕込んだのですが、それが去年の10月ぐらいに早々と無くなってしまい、去年仕込んだ味噌が出来上がるまでの3ヶ月ほど、いつも糀を買う糀屋さんの味噌を食べていました。

そこで、今年は思い切って多めに作ろう、うちの畑で採れた大豆は2キロちよつとだから、まだ買い足さなきゃな~、えーっと、出来上がりは乾燥豆の4倍になるっていうから、5キロ買う?んーそれだと、出来上がり28キロでギリギリ一年分って感じだから、5キロ入り2袋買っちゃえ!

これが、ドタバタの始まり。

味噌づくりの前日、大豆を袋から出し、水に浸してみてびっくり!



こんなに大量?!
あれ、なんかおかしい???

そこへ、サルサレッスンにやって来たはのちゃん登場。農業女子はのちゃんは、味噌づくりもベテランです。開口一番

はの「えーと、味噌何キロ作るんですか?」

私「いや、去年の味噌が、途中で無くなっちゃったから、えーと、それが20kgで、あのー、ブツブツ…」

はの「何で煮るんですか?」

私「アルミの大鍋で、ガスレンジで…」

はの「この量、無理ですよ。大釜、誰かに借りられますか?」

私「いやー、ガスで一人でやるつもりだったからなぁ」

はの「わかりました!…あ、もしもし、シゲさん、はのです。明日、大釜を借りたいんですけど、また明日の朝連絡します、テキパキテキパキ」

はのちゃんが、いつもお世話になっているじいちゃんに電話して(20時現在で、もう寝ていたのか留守番電話)、あっという間に段取りをつけてくれました。そして、

はの「これ、一人じゃ無理ですよ。誰かにヘルプ頼んだ方がいいですよ」

そこに、やはりサルサに来ていたあずみん

あず「あ、私、職場のメンズに声かけてみましょうか?」

私「えー、ありがとう!じゃあ、私もフェイスブックやメッセンジャーで呼びかけてみる~」

あず「N氏、暇だって。味噌づくり、手伝ってもいいって。いい子だね~」

私「やったー!なんていい人なんだ!」

N氏はサルサに2回ぐらい来たことがあるぐらいで、そんなに我が家との繋がりが濃かったわけでもないのに、あずみんの電話一本でお手伝いしてくれることに。
うわーん、いい人すぎる!

結局、私は誰も人を集めることはできず、あずみんが声をかけてくれたN氏と私で大豆を煮ることに。
(その日サルサに来てくれていたNちゃんや、今年は味噌づくりやらなかっというSちゃんが手伝いのオファーをしてくれたのだけど、大豆の浸水時間に関する勘違いでスタート時間がずれ込んだため、時間が合わなくなってしまってキャンセルするはめに。もーせっかくオファーしてくれたのに、ごめんなさい!本当にありがとう!!)

翌日の朝、はのちゃんが畑仕事の合間を縫って、じいちゃんから大釜を借りて来てくれ、



そこにN氏登場。

順調に火を起こし、大豆を煮始めます。

しばらくすると、なんと、あずみん登場!

用事があったのに、時間をやりくりして来てくれました。



ゆっくりコトコト豆を煮ること3時間。
親指と小指で潰してすんなり潰れるぐらいの固さにまでなったら、茹で上がりです。

お次は、糀屋さんに借りたミンサーで、豆を潰します。





うわー、見事なモンブラン!

入れた大豆が底の方に滞ると、ミンサーから出て来にくくなくなるので、大豆投入口の底に溜まった大豆をグイグイ掻き出すような感じで豆を押しつつ、ハンドルをくるくるすると、わっさわっさとモンブランが出て来ます。

モンブランが出来上がったら、糀と混ぜます。

あらかじめバラして、塩と混ぜた米麹をビニールシートの上にドーナツ状に広げ、ドーナツの真ん中に冷ました(熱すぎると糀菌が死んでしまう)モンブランを投入。



これをみんなで混ぜ混ぜ。



この頃には用事を終えて帰って来たダンナさんと、はのちゃんも加わってだいぶん賑やかに。

やっぱり皆んなでやると、楽しい~!
これ一人でやったら苦行だったな~。

プーさん。


こうじと大豆モンブランが十分に混ざったら、適量とって雪合戦の雪玉ぐらいの大きさにまるめ、ハンバーグのように空気を抜いて味噌玉をつくり、更に空気が抜けるように樽に強く投げ入れる、という作業を繰り返して、樽をいっぱいにしていきます。



最後にラップをし、塩を入れたビニール袋で蓋をして、上から紙をかぶせて出来上がり。

最終的に10ℓ入りの樽に5.5杯の味噌が仕込めました。多分これで全部で50kgぐらいかなぁ。

予定よりちょっと多かったけど、そんなに桁違いな量ではありませんでした。

今回のドタバタの原因は、私が大豆を煮る作業を甘く見ていたことに尽きます…とほ。

でも、こんなおっちょこちょいの私でも、皆さんのご協力のもと、なんとか今年も味噌が仕込めました。ありがとうございました!!!

夜の宴は皆んなでワイワイ。



いつもとちょっと違ったのは、はのちゃんが道で拾ったヤマドリを料理してくれたこと。



↑拾ったヤマドリをさばいて、薪ストーブで焼くはのちゃん。カッコよすぎるんですけど。

ヤマドリ、美味しかった!!!
ごちそうさまでした。













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2016.12.26 (Mon)

【妻】薪割り名人現る

私たちが3年前初めて田んぼにチャレンジしたときに、sosa project(千葉県匝瑳市)でお世話になったナリさんが、モバイルハウスで都留に遊びに来てくれました。



あ、いや、遊びに来たっていうより、作業を手伝いに来てくれたというべきか?

薪だなの足場づくりのための煉瓦つみとか、



サンルームの屋根の雨どい取り付けとか、

薪割とか、



あれもこれも手伝ってくれて、大助かりでした。

特に薪割は名人級!
固い広葉樹をスパンスパンとすごいスピードで、気持ちよく一刀両断にしていきます。





あまりにすごいので、ナリさんがいるうちにコツを伝授してくださいとお願いしたら、すごくわかりやすく教えてくれました。

●斧の持ち方と立ち方●
右利きの場合(左利きなら手も足も左右反対)
・左手を下(柄の端の方)に置き、小指を先っぽのカーブのところに引っ掛ける。
・右手は柄の少し上の方をもつ。
・足は右足を少し前に出して、踏ん張れるようにする。

●斧の使い方●
・斧を真上に持ち上げたら、力を抜いて、怖がらずに、上から気持ちよく振り下ろす。下に置いてある土台の木も割るぐらいの気持ちでスコーンと。
・右手は斧に最初の勢いをつけるためにポンと押すぐらいで、あとは重力に任せる。
・斧を後ろの方まで振り上げて、弧を描いて振り下ろすのではなく、気持ちとしては真上から素直にストンと斧を落とし、刃の全幅を樹に当てる。

とにかく力は要らない。よぼよぼの爺さんでも、見事に割るとのこと。

そう教えてもらって改めてやってみると、自分がこわごわやっていることとか、それによってブレーキがかかってしまっていることなどがちゃんと感じられて、「ああ、この力を抜いてストンと気持ちよく、思い切りよく落とせばいいのね」というのがわかってきました。

ナリさんのアドバイスを受けながら少し練習していたら、本当にだんだん割れるようになってきて、面白かった~。

ナリさん、薪割上手なだけでなく、教えるのも上手!

暗くなって作業終了後、この日は、ちょうどサルサ仲間とレッスン&クリスマスだったので、一品持ち寄りパーティにナリさんも参加。今日は、普段はレッスンに来ていない人も家族で集まってくれて、本当に豪華な楽しいご飯会になりました。





狭いうちからはみ出そうでした。

母屋でのご飯が終わったら、リオに異動して、まずは、結成1週間のバンドtrio de biscoの生演奏。先週に引き続き、チェロとホルンのハーモニーにうっとり。



その後、サルサレッスンかと思いきや、あずみんのバーサル(バースデーサルサ)からのプレゼントタイム、からのレッスン、からのダーツやらカラオケやらいろいろ入り乱れて夜更けまで楽しみました。
あー、楽しかった!

お開きになって皆が帰るとき、ナリさんも出ていこうとするので、「あれ?ナリさんは家で泊まりでしょ?」と言うと、ナリさん「いや、私は自分の家に帰ります。すぐ近くに家があるので」

た、確かに、近いね。うちの駐車場だもんね!
モバイルハウス、いいなぁ~!!!

翌日は、前の晩にあまりにも遅くまで起きていた(解散は確か午前3時)ので、予定を変更して朝寝坊し、のんびりモードで薪割をすることに。ナリさんも、夕方まで滞在して薪割の続きをしてくれることになりました。

しかし、ナリさん薪割のペースが速すぎて、木がない!

ということで、木を預かってもらっていた森林組合の木材置き場まで取りに行き(前日遅かったのに安曇ちゃんが駆けつけて、カギを開けてくれました)、軽トラに木を積み、そのついでにナリさんにロープの結び方(南京結び)も教えてもらい、帰宅後はまたひたすら薪割り。

その成果はこちらです!

ビフォー


アフター


裏面も


なんと、この二日で薪だなは、裏も表もほぼ満杯ですっ!

こんな風に薪だながいっぱいになっているって、なんだかすごーく安心。
なんでしょうね、この安心感。

これで、どのぐらい持つかなぁ。3か月分ぐらいかなぁ。薪ストーブって本当に薪がたくさん必要なんだなって、それも薪ストーブを持ってみてわかりました。

薪を入手するためには人のつながりも、手間も必要だし、どうせなら森を壊すのではなく、森を守ったり、生き返らせるために切られた樹を使いたいし(間伐材)、薪ストーブが入ることで暮らしや人、ものの見方がまた一つ変わりました。

少しずつ我が家が変わっていき、その都度人とのつながりも豊かになっていくのが、しみじみと嬉しいなぁ。

【旦那コメント】
ほぼ薪棚がいっぱいになりましたが、助っ人の皆さんのおかげで、私は薪運び役となり、まだ薪割りやってない(^^;;

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2016.09.15 (Thu)

【妻】壁見会

珪藻土塗りのお手伝いをしてくださった友人へのお礼と、DIYでだいぶ古民家風になった我が家の台所お披露目とを兼ねて、「壁見会」を開催ました。



本日のメインイベントは壁を見て愛でることなので、家に着いたら座布団を持って、好きな壁の前に陣取ります。



壁には製作者の名前が記してあります。



あくまでも壁を愛でるのが目的なので、食事は適当な感じで考えていたのですが、差し入れも沢山いただき、結局、けっこう豪華なごはん。



乾杯のあとは、めいめい食べ物と飲み物を持って、壁の前で楽しみます…というつもりでしたが、皆さん、普通に机の周りで食べてました^ - ^


みんな楽しそうに、何を見上げてるんでしょうね?

以下、壁と、なんちゃって古民家風内装のご紹介。

皆でやってもらった、一番大変な壁塗り以外のDIYは、ダンナさんの手も借りず、ほぼ私一人でやりましたよ。うっしっし!(自慢)

壁が味わい深くなったら、他のところも良くしたくなって、DIY魂に火がついてしまったって感じです。やり出してみたら、まあ、楽しい楽しい!

因みに、築35年の、ただの中古住宅の我が家。それを内装いじって、なんちゃって古民家風にしようとしているので、我が家では「中古民家」と呼んでいます。

ガチの古民家は、なかなかに寒そうなので、軟弱な我が家には、このなんちゃってな感じが、またちょうどいいです。

あ、そして、ダンナさんは、電気の配線とか、ポリカや金属を切る必要がある二重窓とか、断熱とか、そういう難しくて地味なDIYを一手にやってくれてます、実はっ。あと、Rioは全部ダンナさん担当なので、遊びごごろ満載。今後の進化も楽しみです。ふふふ。



まーさんかべ


しげかべと、ヒロすけ壁と、DIYトイレ


じゅんかべと、DIY棚と、DIY冷蔵庫。

冷蔵庫は、ワインケース柄の壁紙がマグネットでくっつけてあるだけなので、いつでも元に戻ります。

壁に取り付けた2段の棚は、サンルームの端材で作りました。

上のカップがかけてある木も廃材です。フックは100均で購入。コスト安っ。



ひろちゃんかべと、めぐかべと、DIYで窓枠一杯に取り付けた、造り付け風食器棚。この板は新たに購入しました。
あ、シンク下の扉も先日DIYで木に取り替えたやつです。



もうすぐ薪ストーブが来る予定のきょうじかべ(今は段ボール箱に薪ストーブの絵が描いてあります(>_<)^ - ^ 横に置いてあるのは薪ストーブの雑誌)。

薪ストーブの暖かさが広がりやすいように、台所と居間の間のガラス戸も外してしまいました。そしたら、開放的で広く感じられ、とってもいいです^ - ^



このよーに、皆さまのおかげで、我が家、着々と中古民家に再生されつつあります。

いつもながら、本当にありがとうございます!
22:33  |  暮らし  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2016.08.16 (Tue)

【妻】珪藻土塗り

2016年8月13、14日の2日間かけて、キッチンと廊下、脱衣所の壁塗りをしました。

断熱、サンルームなど、いろいろいじった末、今は基本快適な我が家ですが、もと田んぼということもあって、湿気がすごい。下手するとあちこちカビ臭い。

ってことで湿気を吸ってくれる珪藻土を塗ってみました。

この日はお盆の只中ということで、助っ人に来てくれる人もおらんかなぁ?と思っていたのですが、誰かいないかなーと言いまくっていたら、直前になって結構いろんな人が集まってくれました!ありがたしっ!


もちろんDIYで!とは思ったものの、以前、トイレの珪藻土塗りをした時にぐだぐだになった経験もあり、一度プロの技を習いたいと思い、工務店さんにお願いして、1日壁塗り指導をしてもらいました。


左官職人さんに真剣に習う、の図


事前作業として、この機会に、壁と壁や、壁と床、壁と天井の境にある木(回り縁?っていうのかな)も塗り替えたいと思い、回り縁の木材を壁から外して、ベトっとした薄めの茶色から


木目が見える薄塗り、でも、色は濃い茶色に


塗り替えました。

外した回り縁はそのままにしておいて後で取り付ければ、塗りが多少はみ出しても回り縁に隠れるし、マスキングも楽なんじゃない?という素人考えで臨んだところ、そうすると、塗りが平らにできなかった場合に回り縁が浮いてしまい、ちゃんと取り付けられなくなるとのこと。

ががーん!

ということで、まずは回り縁を壁に取り付け直すところからスタート。予想外の展開にテンパっていたので、写真なし!

同時に、もともとあった壁板と壁板の合間にメッシュテープを施す作業と、マスキングの作業を進めます。

メッシュテープはできる限りぎゅーっと押し付けて貼るのがコツ。マスキングは、できるだけ壁ギリギリに貼る…のかと思ったら、2ミリぐらい離して貼るのがコツなのだそう。珪藻土と下地剤の厚み分だそうです。なるほど!!

また、壁に接する部分だけでなく、床には全面にマスキング。

この理由は作業を始めたら、すぐわかりました。


とにかく珪藻土がボトボト落ちまくる!

マスキングができたら、下塗り剤を水と混ぜます。まず水を入れ、それから下塗り剤の粉、これを、ミキサーで攪拌!





適量をすくってコテ受けに乗せたら、


塗ります。


まずは、角から、そして、柱とのキワから綺麗に珪藻土を置いて伸ばし(この際、必ずコテのどこかの辺を端のラインと平行にする)、その後、真ん中の方は大胆にシャーッ、シャーッと手早く…

塗ります


塗ります


塗ります


昼ご飯を食べて


まだまだ塗ります


ふざけます


かわいい


塗ります


ときどき指導が入ります


そんなこんなで無事1日目の下地塗りは終了。工務店さんはお帰りです。


翌日も同じ要領で、昨日習ったとを活かしつつ、今度は本番の珪藻土を二度塗りして、仕上げ。

塗り終わったらすぐに(まだ塗ったものが柔らかいうちに)マスキングテープをはがし、終了です(この時、濡れた刷毛でマスキングテープのキワをシャーっとやって珪藻土を緩めてテープを綺麗に剥がす方法もあるようです。この日はやらなかったけど)。

そして、ついに完成!…と思ったら、バーにつながる引き戸を開けた助っ人のまーさんが、
「大変なもの見つけちゃった!」と。

見てみると、ががーん!開いていた引き戸の裏に隠れていた壁!



一面まるまる塗り残し(>_<)
(上の写真はもう塗り始めた時のもの。この時も衝撃のあまり写真撮り忘れ)

工務店さんの指示で、残った下地と珪藻土(どちらもすでに水で練ったもの)をジップロックに入れて冷蔵庫で保管しておいたのが幸いでした。さすが経験値が違う。

その日の夜、1人で黙々と下地塗り(ダンナさんは回り縁などの補正をしてました)。翌日は珪藻土で仕上げ。

今度こそ、なんとか完成しました!!

じゃじゃ~ん!

ビフォー

(静止画です。ビフォー写真を撮り忘れたのでこれで代用)

アフター




ほれぼれ!

いや、それにしても、2日間のうちにみんな腕を上げて、素人とは思えないむっちゃ綺麗な仕上がり!

「一週間ぐらい壁を眺めながら、それをネタに飲めるね!」ってことで、壁見会を催そうかと思っています。

あ~、助っ人の皆さま、工務店さん、本当にありがとうございました!

振り返ってみても、助っ人のみんなの手がなければ、とてもできませんでした。いやいやいやいや、ほんま、ありがたいです。

私も少しは腕を上げたので、今度は誰かの壁塗りを手伝いに行きます!


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2016.08.10 (Wed)

【妻】逝きし日の面影

「ヌマに喰われる」のブログ記事を書いた時点で読んでいた、渡辺京二さん著の『逝き日の面影』(平凡社)を未だに読んでいます。



他の本も挟みながらゆっくり読んでいるのでなかなか終わらず、まだ読みかけですが、とてもいい本だと思います。嬉しくなっちゃうぐらいいい本なのと、一つ前の記事に少し関係があるので、読みかけだけど記事アップします。

右寄り、保守の方たちは、この本、好きだろうなぁ。

でも、自分のことを右よりじゃないと思っている私も、好きだなぁ。

かなり思い切って発言しますが、私、教育や環境によって、日本人であることにコンプレックスを持たされてきた部分って、やっぱりあると思うのです。

西洋に比べて日本では、本当の個人主義がきちんと発達していない(個が確立していない)、過去に間違った戦争をしてしまい、日本だけがその総括もしていない、真面目で勤勉だけど自由な発想がなくオリジナリティに欠けている、などなど、本当のことも本当じゃないことも入り混じって、結構なコンプレックスになっている。

でも、この本読んでいると、江戸時代の日本人がいかに愉快で闊達で気持ちの良い人々だったか、いかに礼儀正しく綺麗好きで、善良な人々が多かったか、日本がいかに美しく住みやすい国だったかが、日本に来た外国人の眼で延々と描かれています。

たとえば、
「誰の顔にも陽気な性格の特徴である幸福感、満足感、そして機嫌のよさがありありと現れていて、その場所の雰囲気にぴったりと溶け合う。彼らは何か新しく素敵な眺めに出会うか、森や野原で物珍しいものを見つけてじっと感心して眺めている時以外は、絶えず喋り続け、笑いこけている。」(p.75: 横浜、東京、大阪、神戸の水道設計によって名を遺した英国人ヘンリー・S・パーマーの記述より)

「日本の民衆ほど善良な人が他に見いだしがたいことは否定できないのではなかろうか」(p.89: パーマー) 

「人々は楽しく暮らしており、食べたいだけは食べ、着物にも困ってはいない。それに家屋は清潔で、日当たりもよくて気持ちがよい。」(p.102: 合衆国外交官ハリスの記述より)

「彼らは皆よく肥え、身なりもよく、幸福そうである。一見したところ、富者も貧者もない。―これがおそらく人民の本当の幸福の姿と言うものだろう。私は時として、日本を開国して外国の影響を受けさせることが、果たしてこの人々の普遍的な幸福を増進する所以であるかどうか、疑わしくなる。(中略)生命と財産の安全、全般の人々の質素と満足とは、現在の日本の顕著な姿であるように思われる」(p.121:ハリス)

「日本人の農業技術はきわめて有効で、おそらく最高の程度にある」(p,112: 長崎商館長メイランの記述より)

「農家と茶屋がたがいに間を置いて続き、その概観によって、住民の間に満足とつつましいゆたかさがゆきわたっていることを示していた。花々もまたおのれの魅力によって貧しい人びとの住居を活気づけ、自然の詩趣をあたりにまきちらす」(p.120: オランダの軍人、政治家カッテンディーケの記述より)

「気楽な暮らしを送り、欲しい物もなければ、余分な物もない」(p.125: 英国の医師であり外交官のオールコックの記述より)

「さてこれからが、子供たちの収穫の時です。そして子供ばかりでなく、漁に出る男のいないあわれな後家も、息子をなくした老人たちも、漁師たちのまわりに集まり、彼らがくれるものを入れる小さな鉢や籠をさし出すのです。そして食用にふさわしくとも市場に出すほど良くない魚はすべて、この人たちの手に渡るのです。……物乞いの人にたいしてけっしてひどい言葉が言われないことは見ていて良いものです。そしてその物乞いたちも、砂丘の灰色の雑草のごとく貧しいとはいえ、絶望や汚穢や不幸の様相はないのです」(p.131: 英国公使ヒュー・フレイザーの妻メアリの記述より)

「金持ちは高ぶらず、貧乏人は卑下しない。……ほんものの平等精神、われわれはみな同じ人間だと心から信じる心が、社会の隅々まで浸透している」(p.129: 英国の日本研究家チェンバレンの記述より)

「都会や駅や村や田舎道で、あなたがたの国のふつうの人々と接してみて、私がどんなに微妙なよろこひを感じたか、とてもうまく言い表せません。どんなところでも、私は、以前知っていたのよりずっと洗練された立ち振る舞いを教えられずにはいなかったのです。また、ほんとうの善意からほとばしり、あらゆる道徳訓を超えているあの心のデリカシーに、教えを受けずにはいられませんでした」「日本には、礼節によって生活を楽しいものにするという、普遍的な社会契約が存在する」(p.181-182: イギリス出身の新聞記者エドウィン・アーノルドの記述より)

日本ってこんなにいい国だったのか!と嬉しくなります。

目からうろこが落ちまくりです。

なんで、これまでいわれのないコンプレックスを持ち続けてきたんだろう?と思っちゃいます。

「江戸時代は過酷な年貢によって人々は苦しめられ、農民は生かさず殺さずの状態で搾取されていた」という定説(少なくとも私の年代では学校でこう習った気がする)は何だったんだろう?


ちなみに渡辺京二さんは右翼ではないと思います(笑)。

この本も、「日本礼賛!」って感じじゃなく、抑制のきいたものとなっています(ただ、日本を訪れた外国人の日本礼賛がすごいから、それを引用するだけで日本礼賛になっちゃう)。

渡辺さんは、この素晴らしき日本を、産業革命が生み出した貧富の格差や工業都市の惨状が忍び寄る前の牧歌的な風景と捉えているようです。

そして、このような牧歌的な風景は工業化が到来する以前のイギリスにも見られたというエンゲルスの記述を紹介しています。

つまり、「日本が素晴らしかった」というのもあるでしょうが、それ以前に、工業化の波が訪れる前の牧歌的な社会はそれなりにとても幸せだったということなのでしょう。

それにしても、江戸時代、大分汚名を着せられてませんか?

その流れで、私たち、いわれなきコンプレックスを持たされてませんか?

もしももしも、このコンプレックスのもととなっている「日本人はダメだ」という教育や空気が、なにかと左寄りな日教組の唯物史観による歪曲なのだとしたら、何かと西洋コンプレックスのある知識人の行き過ぎた自己批判精神によるものなのだとしたら、なんか腹が立つ。

日教組をきらう右翼の人たちの気持ち、なんかわかる。

もちろん、そもそも戦争は間違った判断のもとで発生してしまうものだと思う。日本が始めた戦争も間違っていたと思う。


日本は江戸末期に開国を迫られて、外国の脅威があって初めて近代化の道を歩み始めた遅れてきた国の一つだとも思う。

でも、そのことと、日本や日本人の素晴らしさを断固斥けて、後世に伝えないようにすることとは、全く別の話じゃないか!

渡辺さんは、歪曲された認識について、次のように述べています。

「日本の知識人には、この種の欧米人の見聞録を美化された幻影として斥けたいという、強い衝動に動かされてきた歴史がある」(p.20)

「古い日本を賞讃されることに抵抗をおぼえる心的機制は、けっして戦後の産物ではないのだ。だが当時の当時の日本知識人が歩もうとしていた進歩と強国への道は、今日の彼らの末裔にとっては恥ずべき過去のひとつにすぎない。日本の美化を拒否すると言う心的機制自体、ひとつの進化の歴史をもつものである。今日の日本知識人が「妖精の棲む小さくてかわいらしい不思議の国」というアーノルド的イメージを否認するのは、明治三十年当時とは違って進歩という価値基準のためではない。それはもはや信奉されざる用済みの基準である。彼らがそういうイメージ、とくにハーンやモラエスによって流布されたイメージに根強い嫌悪感と軽蔑をおぼえるのは、むろん、それが日本の伝統主義者や民族主義者の主張する誤った民族的な一体感や自負心を助長すると考えるからである。」(p.21-22)

つまり、明治時代には「西洋に遅れたダメな日本」という認識が日本礼賛を斥け、その後には「近代化を強硬に推し進めて、あげくに民族主義的・全体主義的な一体感のもと戦争に突入してしまった」という反省が日本礼賛を斥け、常に「日本ではない何か」を求める反省好きの日本人の心性を作り出してきてしまったということでしょう。

渡辺さんは「今日の日本の論客は、彼らの日本賛美をオリエンタリズム的幻影として否定する一方、彼らの日本批判については鬼の首を取ったように引用し、まったく無批判に受容しているのだ」とも言っています。

でもね、「昔の日本人の知恵に学べ」という考え、今では多くの人が持っていると思う。

右寄り保守の人だけでなく、「みどりの党」の人とか、三宅洋平さんとか、その辺の人は結構持ってると思う。

でも、この方々、世間的な言い方すれば、かなり「左」寄りな人々だと思う(今の時代、単純に右とか左とか言えないけどね)。

「革新」と言われる「左」な人々が、伝統を大切にする「保守」的な思考を持っていたりするのが、今なんだよね。

フクザツです。

左寄りな人って、一部の右翼の人が言うような「売国奴」じゃないよ。

古き良き日本の伝統に学ぼう、学ぶべきところはきちんと学ぼうという姿勢を、強く持っている人たちだよ。

昔の日本人はすごかった→現代人も資本主義のお金ワールドから片足下ろして、昔の日本人に倣って自分の暮らしを手作りしよう、というのが三宅さんとかの方向性の一つじゃないかと思う。

昔の日本人はすごかった→日本人は特別な民族→最強の日本を復活させるべく国防軍を持って戦争できる国にしよう→そして、素晴らしい日本の国体を守るため、人々にも協力してもらおう。そのためには「人権、人権」「国民主権」「平和主義」なんて言ってないで、少しは我慢してもらおうというのが、一部の右翼の人たちの考え方なのかな、と思う。

どっちも日本を、自分の故郷を愛しているんだよ。

どこかで、わかり合えないのかなぁ。共感できなかったとしても、合意できないとしても、「あなたの言いたいことはわかる」って地点があれば、話し合えるよね。

一つ前のブログ記事に書いたけど、私はあえて言うならマイルドな左よりだと思うけれど、保守の人の気持ちもわかるところがある。

この間帰省した時に聞いたのだけれど、このところ父が通っている座禅会には、日本会議の人たちが、どうやらたくさんいるらしい。けど、日本会議といっても、私たちと同じような末端の庶民は、本当に純朴で信仰心のあつい、故郷を愛する人なんだって。そんな人と、接点がないはずないじゃない?

今の政権の、話し合いを避けて人が気づかぬうちに、うやむやのうちに、変えてしまおうというやり方、やっぱり極端だと思うな。異なった意見を持った人同士が対話できる地点があることを信じて、根気よく考え続け、話し合い続けることを、放棄しているように見える。


少し話はかわるけど、『逝きし日の面影』を読んでいて、「ラダック、懐かしい未来」という映画を思い出しました。映画の内容は長くなるので、また機会があれば書きたいと思いますが、工業化された高度文明世界との接触によって、長く続いた伝統が崩れていく様は、ラダックと同じだと思った。

ちなみに『逝きし日の面影』の作者は、だからと言って、昔バンザイ!というわけでもなく、人々が連体感を持って生きていた時代の良さを認識すると同時に、自立した個人が、自由と責任を自ら引き受けつつ磨いていくような高次の精神的活動とは無縁の「ある種の子供っぽさ」を、この頃の日本人は免れていなかったことも指摘しています。


さてさて、長すぎるプログ2連発、そろそろ終わらねば。

お金による"ステキな分業”(特に人とのつながりがなくともいろんなことがお金で解決できる便利な暮らし)と、

持続可能な自給的循環生活(自然、人、環境とのつながりの中で生きていく、面倒くさくも、ぬくもりある暮らし)の狭間で、

「さて、これからどうするか?」

このまま新自由主義的な行き過ぎた資本主義を続けていけば、おそらく地球環境はどんどん破壊され、多くの人間にとって住みにくい場所になっていくでしょう。

社会も、経済格差も広がり、おそらく弱者が生きにくい世の中になっていくんじゃないかな。ピケティさんも言っているように。

その結果、不満の吹き出し口としてテロをはじめとする犯罪も増え、結果的に全体的に住みにくい世の中になってしまうかもしれない。

でも、今の便利な生活を手放すのはとうていできそうもない。

その狭間で、随所で様々な選択を迫られているのが、日本に限らず、現代に生きる人々なんじゃないかと思う。

てなわけで、『逝きし日の面影』から、日本人が日本を見る眼差しのこと、政治的な立ち位置のこと、変わってしまった社会のこと、いろんなことを考えさせられました。

長いくせに、気の利いた落ちのない話ですみません。

『逝きし日の面影』、”今だけ、金だけ、自分だけ”主義が横行していると言われる今だからこそ、しみじみと読んでほしい本です。
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2016.08.10 (Wed)

【妻】人は間違える

今日は農の話ではなく、農天気な生活を続けていくためにも考えたい政治の話です。
いつもとちょっと違う内容ですんません。
そして、長いです!すんません(>_<)

ちょっと前に、今、ベストセラーになっている菅野完さんの『日本会議の研究』(扶桑社)を、遅ればせながら読みました。
参議院選挙の前に読めばいいのにね!
たいだい何でも遅いわたすです。

内容は、想像通りではあるものの、やはり「ここまでか!」という衝撃を受けました。
恐るべし日本会議。

過去の成功体験をもとに、ゆるぎない「反~」(「反左翼」「反日教組」「反”権利を主張する人々”」など)を原動力として、コツコツとやり抜いていく「事務能力」、手ごわいです。
ってことは、日本会議に支えられている安倍政権もまた、手ごわいです。

この本の筆者、菅野完さんは、ご自分のことを「右翼であり保守だ」と自認しています。
この本を読む限り、どちらかというと左寄り?と思えてしまうところもあり、改めて「保守って何?」と考えてしまいました。

菅野さんは、以前デモクラTVというネット番組で「国体でなく、くに(故郷)を愛する保守」というようなことをおっしゃっていたと思うのですが(記憶曖昧。ちなみにこの「デモクラTV」とても面白いです!月々500円かかるけど、とってもオススメ。私はテレビない代わりにこれを見てるので、相当世間とずれてしまっているかも!?笑)、「故郷って、たぶん、誰でも多かれ少なかれ愛していて(たとえ、それがねじれた形であったとしても)、それは左翼だって右翼だって変わんないんじゃない?」と、私は思うので、「国体でなく、故郷を愛する保守」ってどう理解したらいいんだろう?って感じです。

よく「本物の右翼」とか、「本物の保守」とか言う言葉も聞きますが、そもそも右翼や保守にあまり興味をもっていなかったので、それもスルーしてしまっていました。
このあたり、反省です。
興味がないからこそ、耳を傾けなければならないこともあるだろうに…特に政治的な話はさ。

そんなわけで、これまでは「右翼」とか「保守」とかいうと、どうしても”好戦的で、やたら中国や韓国、北朝鮮を嫌い、見下す、国粋主義的”というようなイメージを持ってしまっていました。
だから、菅野さんが言う「故郷を愛する保守」の意味が少しわかりにくかったのです。
(こう改めて書いてみると、大分ダメですね私。すみません。勉強不足過ぎて…。だんだん恥ずかしくなってきた。)

そんな中、先日デモクラTVの「2016年7月9日 第171回本会議」を見ていて、「なるほどー!」と思ったことがあるので書いてみます。

この会議の中で「週刊金曜日」編集長の平井康嗣さんという方が「基本、保守は反動だ」という主旨のことをおっしゃっていました。

「反動」を辞書で引いてみると、デジタル大辞泉では「1.他に力や作用を及ぼしたときに、その反作用で押し返されること。 2.ある傾向に対抗して生じるそれと全く反対の傾向・動き。「好景気の反動が出始める」 3.一切の改革や確信に対して、守旧的立場に立つ極端な保守主義。また、その立場をとる人。「反動主義」「反動勢力」」とありました。

また、ブリタニカ国際大百科事典の解説では、「進歩的変革ないしそれを支える進歩的勢力に対し、既存の政治t系状態を保守しようとしたり、旧体制の復活をもくろんだりする保守勢力の行動をいう。反動は保守よりも積極的、行動的な形態である。」とあります。

で、平井さんの考えでは、保守ほど「人は間違うものだ」ということを痛切に自覚している人はいないはずなのだそうです。

というのも、「保守」は熱狂的な急進的ムーブメントにストップをかけ、冷静になることを促す立場だから。

人は間違うもの。特に熱狂的になって集団心理が暴走したりする時には間違いやすい。

だからこそ、うわーっと何かの変革運動が起きたときに、「この方向は本当にいいのか?そんなに暴走するのではなく、一旦止まってこれまで続いてきたものの良さをきちんと評価しよう」、そう考えるのが「保守」と理解しました。

そうだとしたら、私はむしろ「保守」…に成り得ているかどうかはわかりませんが、保守でありたいと思っているかもしれません。

現時点で、「右」とか「左」とか「保守」とか「革新」という分類が成立するのかって問題もありますが、それはちょっと置いておくとして、私は、「自分は特に右でも左でもないけど、もしも(無理やり)位置づけるなら、マイルドな左よりかなぁ」と思っています。

でも(だから)、底なしの陰謀論みたいなのに接すると、なんか違和感を感じるし、
「当事者(多くの場合、弱者。中でも最弱者)が一番声を聴かれるべきであり、一番偉いのだ!」っていう単純な論理のもと、「弱者」を強烈に擁護する人が一番偉い人ってことになって、逆にヘンテコなあべこべ権力構造が出来上がってしまうという、ありがちな構造にも違和感を感じることがあるし、
最近では、『逝きし日の面影』なんて読んで、「いいなぁ、昔の日本!」って思ったりもする。
(『逝きし日の面影』今まだ読んでいる最中なのですが、かなりいろいろ考えさせられます。それについては、また、後日書きますね!すごくいい本だと思います。)

今回の選挙でも、三宅洋平さんが「選挙フェス」で大活躍をして、私も心から当選してほしいと思っていたし、寄付だってしていたにも関わらず、少しだけ身が引けているところもあったりしました。

大きなムーブメントを起こして世の中を変えていく際に、三宅洋平さんのようなカリスマ性のあるアイコンは確かに必要だと思うのです。でも、その反面、フェスであれ選挙であれ集会であれ、集団の熱狂を少し怖いと思う感覚は常にどこかにあって。

今回の選挙では三宅洋平さんを応援する気持ちも強いにも関わらず、「洋平さんはすばらしい革命家だけど、政治家としての資質はまだわからないからなぁ~」と水を差すようなことを、偉そうに考えて(ほんとに偉そう!ごめんなさい、洋平さん)、友人にもそんな話をしたりしていました。

因みに、その友人は、そのあたりもちゃんと認識していて「あ、そうだよね!チェ・ゲバラに顔も似てるし。だからこそ、彼を支える周りの人、ブレーンとなるような人が必要なんだよね」と冷静に答えてくれて、ほっとしました^_^


私が臆病者なのかもしれないけれど、
「変化は必要。でも熱狂的な暴走はこわい。」
これって、ごく普通の感覚じゃないかと思うのです。

第二次大戦だって、ヒトラーへの傾倒だって、大衆の熱狂に支えられて起きたのだと思うし。

でね。
そういう立場から見ると、今の安倍政権は全くもって「保守」とは真逆の方向に突っ走っていると思うのです。(デモクラTVの受け売り!でも、本当にそう思うの。)

たとえば、
憲法の自民党改正案では、九条の二の国防軍に関する記述の5に、「国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に裁判所を置く」とあります。

【心の声】これはつまり、軍の治外法権ということ、ですよね…。軍の暴走は誰が止めるのだろう?

たとえば、
よく取りざたされる「緊急事態宣言」。
第九十八条 「内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。」

第九十九条 「緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。」

【心の声】「社会秩序の混乱」が起きているって誰が判断するのかな?もはや、内閣や総理大臣の暴走を止めるものは何もなくなってしまうのかな?


「改憲勢力2/3議席」などと騒いでも、憲法改正までにはまだまだ様々なハードルがあるそうですが、それでも、これまでの強引な「憲法解釈」による集団的自衛権の容認、特定秘密保護法などの経緯を考えると、現政権、今ある「様々なハードル」など楽々と飛び越えて、一気に憲法改正に持ち込む可能性もないとは言えないと、感じてしまいます。

もしくは、粘り強く、徐々に徐々に、現憲法の精神を骨抜きにしてしまうことも、もちろんありえます。

日本会議とタグを組み、おそらくアメリカのジャパン・ハンドラーにもそこそこ気に入られていると思しき今の安倍政権、ウルトラCの裏技で、強引に、そのぐらいのことはやってのけそうな・・・個人的にはそのぐらいの危険性を感じます。

というか、そのぐらいの危険性を感じといた方がいいと思う。

自民党の憲法改正案、読んだことありますか?
なかったら、是非読んでみてください。

読む観点としては
「基本的人権」「国民主権」「平和主義」を放棄する方向への改正
「一人一人の人としての尊厳」より「国体」という方向への改正、
かな。

まず人があり、ひとりひとりが集まって国ができ、そこで住みやすいように法律を作っているのか(現憲法)、

まず国があり、国(国体)を支えるために人々がいるのか(改正案)

という違いがくっきりと出ています。

ちょっと注意して読めば、誰でもすぐわかるぐらいの分かりやすい方向転換です。

自民党改正草案URL
http://constitution.jimin.jp/draft/

比較(ちなみに、明らかに護憲派の人が作ってます)
https://www.youtube.com/watch?v=6TNg8xauLCY

本物の保守を自認する菅野さんが、日本会議や安倍政権を嫌うのは、安倍政権の強引な急進、というか、急変路線のためなのでしょうね。


さて、もうこの辺で終わりにしますが、菅野さんの本の後、続けて矢部宏治さんの『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』を読みました。

既に記事が長くなりすぎているので、詳しい内容については書きませんが、いやはや、孫崎享さんの『戦後日本史の正体』を読んだとき以来の衝撃でした。

3冊とも「戦後再発見」双書というシリーズで出ているものです。

偏った部分もあるのかもしれません。
この本に書かれていることを鵜呑みにすることにも問題があると思います。

実際、上智大学の良識ある研究者である安野正士さんが、アマゾンのブックレビューに「「安保条約」のテーマによる幻想曲」という辛口のコメントを書いていて、「なるほど」と思う部分もあります(特に後半は)。

それでも、もし、上に少し登場したアメリカのジャパン・ハンドラーが日本に与えてきた影響について、何も知らないという方がいらしたら、ぜひ読んでみてほしいと思います。
18:17  |  暮らし  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2016.06.14 (Tue)

【妻】気にかける

今年もいただきもの天国の季節がやってきました。

タケノコからはじまり、冬菜、わらび、レタス、さやえんどう、大根、手作りパン、天然酵母のあんパン、やまめ、アユ、猪肉、鹿肉、いろんな苗、種、ご飯に呼んでもらう、などなどたくさーんのありがたいいただきもの。







私はまだ「おー!」と、いちいち感動してしまいますが、地元の人や移住歴の長い人は、いちいち感動したりしないほど、普通の当たり前のこととして、互いにやりもらいをしているようです。

やりもらいと言っても、モノのやりとりとは限りません。

例えば、わが家の田んぼが日陰になるからと「この木、切っちゃった方がいいよ~」と言っていた近所のおじさん。いつの間にかはしごを持ち出して、自分で切ってくれていたりします。しかもすごく高ーいところの、太ーい枝を何十本と。

例えば、いつもお茶に呼んでくれる近所のおばあちゃん。うちの稲の苗の育ちが悪いと聞いて、わざわざちょっと見に来てくれて、大丈夫、丈夫に育ってる!と太鼓判を押して帰っていく。

なんちゅーか、互いが互いを気にかけていて、みんながみんなを少しずつケアしている感じ。

自分がパンを食べたくなって行ったパン屋で、うちのことを思い出してくれて、うちの分もついでに買ってきてくれたりする、その「ちょっと気にかけてくれてる感じ」が、じんわりあったかくて、ありがたい。

いつも誰かがちょっぴり気にかけていてくれるってことの幸せ。

うちのある地区は世帯数が12戸。移住者同士のネットワークもたぶん数十人規模。

このぐらいが、皆がケアしあうのにちょうどいい心地よい大きさなのかな?

今はしてもらうことばかり多くて、なかなか恩返しができないですが、少しずつ恩返し、恩送りができるようになりたいな~と思っております。
23:36  |  暮らし  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2016.06.14 (Tue)

【妻】忘れっぽい

私、自慢じゃないけど、記憶力悪いです。

謙遜でもなんでもなく、本当に悪くて、スポンジのように何でも吸収する小学校2年生のころ九九が覚えられなかったほど。

だからなのか、愛情が足りないのか、植物の世話も忘れます。
目の前にないと。

毎日行くトイレの観葉植物の水やりさえ、ちょっと目線から外れた高いところに置いておくと、忘れます。

だから、田んぼや畑が家のすぐ目の前にあることは、私にとってはとても重要みたいです。

草が伸びてきたから刈る。
葉っぱに元気がないから水やる。
何か目の間にあることをやるだけっちゅーのが性に合ってるみたいです。

枯れたら枯れたであきらめも早いです。
無情かっ!とつっこみたくなるぐらい。

で、悩みごとはぬか床。



ぬか床をかき混ぜるのも、目につくところに置いておかないと忘れます。何度、異臭を放つ物体を作ってしまったことか!

でも、目につくところに置いておくと、キッチンの調理台を占領することになって邪魔なの~!何かいい方法ありませんかね?

あと、ぬか床はどうも鬼門で、実はちゃんと毎日朝晩かき混ぜていてもツンとした匂いのするヘンな物体になってしまったことが何度もあり…うーむ。

ウチに住んでいる菌が悪いのかっ?!そういえば浦安では結構いい調子でできていた気がする。

うーむ。これに関しても、何かいい方法ありませんか~?
23:14  |  暮らし  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2016.01.30 (Sat)

【妻】お隣と雪遊び

先週の雪で雪かきをした話は書きましたが、雪かき後の雪の捨て場所の確保って結構なのです。

そんな邪魔者扱いの雪ですが、遊び心満点のお隣さん、いつの間にかこーんな楽しい遊び場を作っていて、

私たちもそり遊びをさせてもらいました!

ダンナちんは悪ノリして、こんなものを持ち出し、


得意げ。



隣のイケメン小学生は、怖いもの知らずで立ち滑りにも挑戦!


写真はないけど、私も満喫させてもらいました^ - ^ いやー、楽しかった~!!
13:03  |  暮らし  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2016.01.22 (Fri)

【妻】雪の日の失敗談

この間の日曜日の夜から月曜日にかけて、かなりの雪が降りました。

我々は日曜日の夜に浦安に移動してしまい、翌日のニュースで都留、大月方面の雪の様子を知りました。その後、フェイスブックなどで次々と雪かきの様子などがアップされ、大変だねぇ、私たちも少し出るのが遅かったら、立ち往生してたところだったね、などと話していました。

そして、4日後の木曜日。仕事を終えて都留の家に帰ってみると…駐車場が雪に埋もれてる!車、入れない!


実は、この写真は、翌日の雪かきの時に撮ったもので、帰った時はもうほぼ真っ暗。隣の家に車を止めさせてもらって、少し雪をかいてみたものの、凍ってしまっていてカッチカチで歯が立たない。

どうしよう~。車停めるところがなきゃ家に帰られへん(>_<)いやいや、こんなことになっていたとは!

しかし、考えてみたら当たり前です。皆が雪かきの話をアップしてたのは、こういう状況があったからに他ならず。ちょっと想像力を働かせれば、わかるはずなのに、なんで家だけ大丈夫だと思ってたんだろう~?

滅多に雪が降らない浦安では、たまーに降る雪の雪かきは、主に歩道を歩く人が滑らないようにという感じのもの。だから、自分ちに入れないなんて思いもよらなかったんですな~。浅はかなり。
結局、近くの土石を扱う会社にお願いして、駐車場に停めさせてもらいました。ありがたい。

翌日は、仕事を午前中までにして、そそくさと帰宅。雪かき雪かき!雪かきしなきゃ!でも、一人でできるのかなぁ~。なーんて、不安な気持ちで家に帰ると、なななんと!ウチの駐車場に人影がっ!

この細いながらも逞しいシルエットは、、、はのちゃん!なんと、農業女子のはのちゃんが一人で雪かきしてくれてる~!!!うぐっ。涙がでるほどありがたいっ。

しかも、速っ!私はちょっとお手伝いする子供ぐらいの戦力にしかならず、ほとんどはのちゃんが雪かきしてくれて、なんとか2台分のスペースを確保しました。



雪かきのやり方もとても参考になりました。私一人で闇雲にやっても、絶対こんな風にはできなかった。雪を捨てる場所なんかにも気を配りながらの作業、さすがです。

家主よりも先に駆けつけて、すごい勢いで雪かき。なんだなんだ、この人はっ!

前日、暗い中一人で帰宅した時は、寒いし不安だし、日が短くてすぐ暗くなっちゃうし、ほんとにこのまま都留に住めるのかな?ぐらいのことを思っちゃうほど心細かったのですが、こんな人がいる町だと思うと、離れられません!

おまけは、サンルームから見た雪景色です。



サンルーム、なんとか無事です。しかも毎日、日中超あったくなるので、屋根にも雪、積もってません。上の駐車場の屋根とえらい違いです^ - ^
08:03  |  暮らし  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2015.07.08 (Wed)

【妻】所有すること

都留に来てから、所有することへの欲望が少しずつ薄まってきています。

もともと今の経済のあり方に疑問を持ったのがきっかけで始めた田んぼでしたが、田畑が楽しすぎてそんな動機はどこかに吹っ飛んでました。でも、やはり、それは肚の底にはいつもあって、時に所有とは?お金とは?などと考える種となったり、価値観の変化に気づくセンサーになったりしています。

ここ、都留では、おそらく多くの地方都市同様、田んぼも畑もあちこちで余っていて、気前よくタダで貸してもらえるし、優しい近所の人からは野菜もタダでもらえます。
そして、自然は、米一粒を千倍に、ジャガイモ一個を10倍にして返してくれます。見返りを求めるでもなく、ただただそうしてくれます。

また、田んぼや畑をやっていると、地球を耕しているってことが、理屈じゃなくからだで感じられ、もともと地面を区切って誰かのものって決めてるのはなんで?って気持ちになったりします。

囲い込んで所有するのは貯蔵、貯蓄という概念が生まれてからのものなんだろうか?
土地を所有するってのは、開拓とか開墾の手間があるから、そこに生まれた概念なんだろうか?
そもそも所有するってどういうことなんだ?

そんな風に疑問が湧いてきたり、感覚が変わってきたりして、だんだん土地も家もモノも、そんなに所有しなくてもいいなと思うようになってきました。

ただ、現代社会では多くのものが誰かに所有されている(とニンゲンが思っている)。
所有されたモノは、基本、所有者がどうにでもしていいことになっている。でも、どうにでもしてもらいたくないものもある。

最近の私が土地や家を所有したいと思うのは、目の前にある素晴らしい景色が壊されてしましうかもしれないと感じる時。
ブルトーザーで山を切り崩したり、やたらとトンネルを掘ったり、そんな風に使われてしまわないようにするために所有することが必要ならば、所有したい。

梅仕事をしながら、私が「庭にびわの木を植えたいな~。梅の木もあったらいいけど、梅はあちこちに植わってて、いろんなところから貰えるから、更に自分の梅の木を植えなくてもいいしね」というと、それに応えて、ナツキータが言いました。
「そうそう。自分の梅の木を持つのもいいけど、そうすることで今、梅をあげたりもらったりしてできている関係性がなくなっちゃうのは寂しいよね」

そう!そうなの~!
一年間実験的にお金なしの生活をしたという、どっかの国の研究者が「お金は関係性を断つものだ」っていうようなことを言ってたけど、そうなんよね。

お金を使って、自分のものを所有して済ませると、面倒がなくて簡単でいいけど、関係性を育てることをしなくなってしまうのよね。

お金自体はいいものでも悪いものでもなく、私もお金は大好きだけど(笑)、お金で買えないものが、確かにあるのです。当たり前だけど。

お金と所有、うーん、考えれば考えるほど、不思議なものです。
オチのない終わり方ですみません。
20:46  |  暮らし  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2015.06.18 (Thu)

田舎暮らし後悔!?

都留の家には、あえてテレビは置いていないのですが、千葉の家では、興味のあるキーワードを設定して、自動録画しています。

古民家や田舎暮らというテーマの番組は結構多く、2、3日に1件は録画されています、

その中で、こんな番組が録画されていました。


おもしろそ~‼️
皆さん、答えわかりますか~⁉️


都留市はいわゆる田舎ではないので、我々もわからないのですが、、、(*^o^*)
では、正解の発表です。

第5位は『家族がついてこなかった』

我が家は問題なしですが、特に年配の夫婦に多いそうです。他の番組も見ると、比較的リタイヤした旦那さんだけで移住が多いような気がします。

『男のロマンは女の不満❗️』

だそうです。上手い‼️

第4位は『なにかにつけてお金がかかる』

二地域居住は交通費がかかりますが、そうでなくてもガソリン代はかかります。

また、大手のスーパーや小売店が少なく、価格設定に競争原理が働かないから物価は高め。確かにそうですが、本当は田舎の価格が適正価格なのかもしれませんね~。

第3位は『自然をなめていた』

確かに雑草刈りや獣害など、自然との格闘は身近にあります。

第2位は『言葉が通じない』

番組では、飲んだ席で方言で話しをされ、訳も分からず消防団に入ることを了承してしまったという例が紹介されていました(*^o^*)

幸い都留で言葉が通じないような経験は今の所ありません。多少の方言は、心地よいですね~。

そして、第1位は『都会よりのんびりできない』

確かに、畑や田んぼをやりはじめると、のんびりというわけにはいきませんね~。田んぼや畑にまだまだ慣れていない私達は、日々寝不足との戦いです。

都留市では、毎朝7時に、市内全体の防災スピーカーから、『エーデルワイス』の音楽が流れます!我が家のすぐ横にスピーカーがあるため、朝は規則正しく起床する習慣ができました(*^o^*)

ちなみに、先日から曲が変わり、『みかんの花』に変わりました。年に4回曲が変わるそうです。楽しみ(^_-)

まあ、そもそも我々はのんびりするために都留に来たわけではなく、やりたいことがいっぱいあって来たので、まったく問題ありません(^O^)

地元の方々にも、ほんとに良くしてもらっていて、幸せな日々を過ごしてます。
 

田舎と言ってもいろいろで、どんな環境か、地元の人たちがどのような地域にしたいと思っているのか、そして、何よりも、自分たちが何をしたいのかが重要ですね~(^o^)
09:40  |  暮らし  |  トラックバック(0)  |  コメント(1)

2015.06.17 (Wed)

【妻】畑で野菜を

「畑で野菜を」ってタイトルですが、カテゴリーは「野菜全般」ではなく「暮らし」。

なぜかというと、畑で野菜を育てる話ではなく、畑で野菜をもらう話だからです。

ウチの畑は、まだ今年始めたばかりで土もできていないし、右も左もわからぬままのいい加減農法だし、無農薬無肥料のナンチャッテ自然農だし、鹿留は寒冷地だし(なんと、最低気温、最高気温が日々山中湖と同じ!あの避暑地の山中湖とですよっ!)、育ちはとっても遅いので、収穫物はまだほんのわずか。

あ、でも、先日キュウリと食用ほうずきができました~!^_^



しかしですねぇ、畑にいると、野菜がもらえるんですよ。

とにかく外に出る。
これ、移住したときの極意ですね。

いくら人間関係の豊かな土地に住んでいても、自分の家に引きこもっていたら誰も訪ねてきてくれません。

自分から出ていかないと、結局、家で一人、誰とも話さずに過ごす、なーんてこともあるかも。

私も、全然社交的じゃないので、初めのころは、用事のとき以外はずっと家で片付けなどしていて、ほとんど誰とも言葉を交わさない日もありました。

でも、畑を始めたら、必然的に外に出ます。
そうすると、いろんな人が見ていて、結構声をかけてくれるのです。
「大変だねぇ」とか、「よくやるねぇ」とか、「何植えたの?」とか。

そんな中に「○○食べる?」っていうのがあって、「食べます食べます!」っていうと、もらえます。その○○がっ!

たとえば、こんな感じ。


「いただきもの天国」のところでも書きましたが、ここらの人は野菜作りにも年季が入っているので、育て方が本当に上手!
すごい立派な野菜を山のように作ってます。

で、食べきれないから、ウチみたいなへなちょこ畑を見つけると、愛の手を差し伸べてくれます。

ってなわけで、畑に出ると、野菜がもらえます。

「畑で野菜を」の述語は、「もらう」が正解でした。
日本語のテストでそう書いたら、×にされそうだけどね~!

まとめると、
「移住してその土地の暮らしを楽しみたいなら、とにかくやみくもに外に出よう!」
です。

そんなに社交的じゃなくても大丈夫です。
私もそうです。
社交的じゃなくても、自然が豊かなところって人間も自然体。全体的に人と人との垣根が低いから、自然に話せるの。

だから、ちょっと引っ込み思案な私にはちょうど心地よいのです♪
18:49  |  暮らし  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2015.05.26 (Tue)

【妻】いただきもの天国!

週末の家がある鹿留では、野菜の自給率が高い。
しかも、みなさん作り方が上手で、どんどん採れる!
とにかく野菜作りの腕前がすごいんです。

このところ暖かくなり、野菜がよく採れる季節になってきたせいか、あちこちから採れたて野菜をいただきます。
新鮮で美味しい野菜、本当にありがたい!

そういうわけで、今、我が家の冷蔵庫はいただきもの満載!

今日の夕食も…
・いただきもののサヤインゲンと買ってきたキノコの卵とじ、味付けはいただきものの手作り醤油!


・いただきものの苗から作ったレタス(初収穫物!)と、スーパーで買った農業女子はのちゃんのレタス、ガーリックソースかけ(コレ、はのちゃんの思いつきレシピなんだけど、これがうまい!うますぎて、このところコレばっかり)、

・いただきもののワラビの煮浸し(たくさんいただいたので、田植えイベント用にいっぱい煮付けました)、

・いただきものの青梗菜と、いただきもののサヤインゲンの味噌汁、

・買ってきた見切り品プチトマト
以上



以前、誕生日にもらった、お気に入りのいただきものCDを聴きながら食べました。

いただきもの天国だぁ~(^o^)

因みに、味噌汁の味噌と、ガーリックソースの塩麹は自家製です。どちらも人に教わって作りました。つまり、いただきものレシピですな^_^

いただきものシリーズのついでに、
はのちゃんからのいただきものの種の中で、最後まで残っていた里芋と小豆の芽が、遅まきながら出てきました~!





どんだけ待たせるねん!
心配したよ~^_^

因みに因みに、おかずの横にちらっと映ってるのは土鍋炊きごはん。
最近、かなり上手く手間なしで炊ける方法を編み出しました。
わざわざご飯炊き用の鉄鍋を買ったのに、こっちの方がずーっと美味しく炊けます。

こういう実用品の良し悪しって、実際に使ってみるまでわからないので、また、いつかブログで報告しますね~。

【夫コメ】
その頃、私は今週末の田植えに思いを馳せつつ、千葉の自宅でコンビニ弁当を食べるのであった、、、(*^o^*)

【返コメ】
羨ましいでしょ?普段の一人ご飯は具沢山味噌汁と、ご飯と漬物だったりするんだけど、折角のいただきもの、新鮮なうちに食べたいからね~!
21:12  |  暮らし  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2015.05.13 (Wed)

なぜ不便な山村に?

昔の人は、なぜ不便な山村に暮らしていたのか?


以前からの疑問に答えてくれるブログを見つけました!





続きはこちらから(^o^)↓


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そう言えば、ロシアでは1998年に通貨危機がありましたが、ロシア市民は週末の自給的な菜園を持っていたことで、この危機を乗り越えることができたそうです。

この菜園付きセカンドハウスは『ダーチャ』と呼ばれており、ロシア市民3400万世帯の約8割が所有、国内生産のジャガイモの9割、野菜の8割が、このダーチャで栽培されているそうです(^O^)

日本人は大丈夫かな~?


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2015.03.25 (Wed)

【妻】はのひろ邸

今日は「はのひろ邸」のことを書いてみます。

私たち夫婦は、去年の秋頃から、山梨での住居&田んぼ探しのために、週末の度に都留にやってきてはちょろちょろしてました。その度に、お世話になっていたお宿が「はのひろ邸」です。

お宿といっても、旅館やホテルではなく、普通の民家です。はのちゃんの「はの」と、ひろちゃんの「ひろ」で「はのひろ」。

はのちゃんは、今年就農4年目に入る有機農業女子。「はのさち農園」を一人で営んでいます。


はのさち農園のブログへ

大学卒業後、何年か会社勤めをしたのち、一から農業を始めたそうです。
ご実家が農家というわけでも、農学部出身というわけでもなく、また、出身が都留市であるわけでもないのに、なぜか都留で一人農業を始め、ひょうひょうと、でも、本当に一生懸命に、丁寧に農をやっている若者です。土作りから収穫、販路開拓から発送・配達、お金の計算まで一人でやってのけるスーパーウーマンです。ほんと、頭が下がります。

…な~んて言うと、凄い傑人を想像してしまいますが、実際のはのちゃんは、もーもーホントにかぁいらしい女の子です。もう、かわいいの!
そのひたむきさが、さりげない心遣いが、丁寧な生き方が、人の心を打つような人。はのちゃんが笑うと幸せになります。



ひろちゃんは、都留移住一年生の腸セラピスト。ひろちゃんにお腹を触ってもらうと、柔らかくて、あったかくて、優しくて、ひろちゃんの人柄が伝わってきます。

この写真は、昨年の収穫祭での出張セラピーの様子です。


ひろちゃんの腸セラピーのブログへ


ひろちゃんの第一印象は、その名の通り、ひろびろとした人!明るくて開かれていて、月と太陽に例えるとしたら、絶対太陽だな~って感じの人。
因みに私は、月なヒトです、たぶん。
(どーでもいい情報でした、失礼失礼)

もともとの出会いは梅ちゃんのパーマカルチャー塾の体験講座。
風と土の自然学校の紹介ページへ


ダンナちんが、先輩受講生として稲刈りの手伝いに来ていたひろちゃんと話しているうちに、あれよあれよという間に「一緒に田んぼを借りよう!」ということになり、それ以来のお付き合いです。

その後、ひろちゃんの繋がりで田んぼを紹介してもらい、「はのひろ邸」にもしょっちゅうお世話になるようになり、いろんな出会いがここから始まっています。

はのちゃんと、ひろちゃんは、私たちの都留滞在の象徴のような二人で、ブログでは語りきれない感じなのですが、先日、都留での住居が決まったことで、もう「はのひろ邸」に宿泊することも少なくなるんだと思うと、なんだか寂しくなっちゃって、こうしてブログに綴ってみました。

初めに書いたように、「はのひろ邸」は旅館ではないのですが、はのちゃんはいずれはゲストハウスにもしたいという気持ちを持っているそう。私たちのようなぶらり旅の怪しい二人にも快くスペースを使わせてくれて、とっても居心地がいいのです。
二人の無理のない、何気ない気遣いも嬉しいです。

私たちが家探しを始めた時期は、ちょうど、はのちゃんが農閑期だったこともあって、よく夜更かししておしゃべりしました。
そして、この二人から得た都留情報で、都留のことがどんどん好きになりました。

はのちゃん、ひろちゃん、この数ヶ月、本当にありがとう!
これからもよろしくね!!

【夫コメ】
ほんとに、はのちゃんもひろちゃんも素敵な女性です!!

農業女子はのちゃんの勇姿をご覧ください!!



実はこの直後、はのちゃんは、近所の男の子から、バレンタインのチョコをもらったんだって!!その男の子、見る目あるな~(^o^)/

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