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2020.01.01 (Wed)

ブログはじめました!

2014年5月からブログを書いています。

ブログをはじめたきっかけは、こちら(^O^)↓

ブログ「はじめに」

ブログを始めた理由やら、初めの頃の初々しい感じやらが出ていて、いま読むとちょっとくすぐったいですが、私たちの最初の想いが書いてあります。よかったら、覗いてみてください♪


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16:52  |  ご挨拶  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2019.01.08 (Tue)

【妻】帰りたくない

今年のお正月は、年末年のお休みをフルに使い、年休もいただいて、2週間弱帰省してきました。本当に、こういうことができる環境がありがたいです♪

母もホームから長めの一時帰宅をし、暮れとお正月を親子3人で過ごしました。

簡単な手抜き御節を作り、お屠蘇がわりのお酒で正月を祝ったり



兄夫婦とその長女が遊びに来てくれて、少し遠いショッピングモールに行ってご飯を食べたり(普段は車がないので遠出できない)、



私の旦那さんと妹のすみちゃん、甥っ子の大ちゃんが遊びにきてくれたり



いつになく賑やかに過ごしました。

皆で百人一首のカルタをやったり



すみちゃんや大ちゃんに母のボール投げに付き合ってもらったり、

歌を歌ったり、

母の大好物の鰻を食べに行ったり、



車椅子で、父、母、私の3人で散歩に行ったり、


↑散歩でも、一瞬、歩いてくれた!

普段なかなかできないことを、てんこ盛りでやって、とてもとても楽しいお正月でした。

相変わらず、父には厳しいことを言ってしまったりして、個人的に反省点もありましたが、母もすごく楽しそうで、笑顔をいっぱい見ることができました。

母は、言うことも、やることも、本当にしっかりしてきて、会う度にやれることが増えています。

着替えも、ものすごく時間がかかるけれど、少し手伝えばほぼ1人でできる時もあるし、トイレも1人で行ける時もあるし(どちらも、できない時もあるんだけど)、ちょっと気の利いたことも言えるようになってきました。

今回、大ヒットだったのはホームの介護士Tさんとの会話。

最近、父や私がいるときは、(車椅子でなく)食堂まで手を引いて歩いて行っているのですが、その姿を見て、

Tさん:「わあ、歩いてきたの?すごいねー。本当に表情も明るくなって、背筋も伸びて、少し大きくなったんじゃない?」
母:(澄ました顔で)「皆さんに育てられて、大きくなりました」

ぷぷぷ。上手いこと言ったね^ - ^

たまに、そういうちょっとしたお茶目なことを言ってくれるので、こちらも嬉しくなります。

今回びっくりしたのは、得意の百人一首を結構覚えていたこと。

下の句を読む前にカルタがとれるので、実力を発揮して、父に圧勝してました^ - ^

それと、俳句を作ってくれたこと。


前半は母作、後半は父作の俳句

拙いけれど、季語も入っているし、お付き合いで私が作ってみる俳句よりずっと気が利いてます。

ただ、歩き方は本当におぼつかなく、全体として体力はだんだん弱ってきているのかなぁという感じもあります。

少し動くと息がはぁはぁしてしまったり、気道が狭くなっているのか、息をする時にヒュルヒュルと小鳥が鳴くような音が出たり、少し心配なことも。

母は「胸に小鳥を飼ってて、時々ピヨピヨかわいく鳴くんだよ」
と言ってました。

あと、時間の感覚はかなり衰えていて、少し寝ると、まだお昼なのに夜中だと思っていたり、1週間も前のことを「昨日は…」と言ってみたり、正月に来る予定の兄のことを、年末に何度も「明日来る」と言ってみたり。

そんな感じで、いろいろありながらも、概ね順調な一時帰宅だったのでずが、一時帰宅が楽しすぎて、最終日が大変でした。

予定では、デイケア・サービスの車に迎えにきてもらって、
<デイケア→ホーム>
と移動して、
通常のホーム生活に戻ることになっていたのですが、

当日の朝になって
「デイケア、お休みする。ホームにも行きたくない」と言い出してしまいました。

母をホームから家に引き取ることも検討し始めてはいますが、退去するならするで、事前にお伝えもしなくてはならないし、とりあえず、まだしばらくはホームでお世話になる予定なのですが、「行きたくないのに、どうして行かなきゃいけないのか、わからない!」と言います。

そう言われると、ツラい。

とりあえず、デイケアは休ませてもらうよう電話して、ホームに戻るよう、父と2人で説得するのですが、なかなかウンと言いません。

「とりあえず、起きてご飯食べよう」
と言っても、
「とりあえず手向山(たむけやま)」とか言っちゃって、はぐらかしてみたり。
(百人一首の’このたびは 幣もとりあえず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに’ の一節であります。)

とってつけたように、「痛ーい」とか、「すごく寒い」とか言ってみたり。

私は即、「仮病だな~」と思ってしまうのですが、父は真正直というか、優しいというか、いちいち反応して熱を測ってあげたりしてました。でも、やはり全くの平熱。

父と私と、代わる代わる何度もゆっくり話すと、最後には説得に折れて、「もう何でもいいわ。病院でもどこでも行けばいいじゃん」と、やさぐれ気味の承諾。

一旦、そう言ってしまったら自分でも納得したのか、割とすんなり起きて着替えて、ご飯も食べてくれました。

でも、そうだよね。ホームには戻りたくないよね。私も一人で帰るの、寂しいもん。お正月が楽しすぎたね。皆が来てくれたしね~。いつになく賑やかで楽しかったよね。わかるわかる。

それにしても、これまでは、ホームも、家も、「まあまあだね」なんて、つれないことを言ってたけど、やっぱりお家がいいと聞いて、ある意味、父も私も嬉しいような、くすぐったいような、心苦しいような、複雑な気持ちでした。

父とは、少し暖かくなる頃に本格的に家に帰れるといいねと話していますが、どうなるかなぁ。長期的に見れば、確実に衰えていくわけだし、なかなか難しい決断です。


さて、そんなこんなの盛りだくさん冬休みもとうとう終了。

それぞれの場所に戻って、またしばらくそれぞれの場所でがんばろうね!

08:21  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.12.11 (Tue)

【妻】ノックアウト


母、絶好調です。

体力もついてきたし、言葉もしっかりしてきたし、何より自分でできることが格段に増えました。

頑固に訂正のきかない記憶があったり、今どこにいて、どの年代なのかがわかりにくくなって、昔の話を始めたり、前の家の話をしたり、ということはあるものの、食事や着替え、歯磨き、トイレなど、身の回りのことが自分でできる度は、格段にアップしました。

だから、介護が楽チン!

ホームでのクリスマス会の出し物に、英語でホワイトクリスマスを歌うと張り切っています。(実際、家でカラオケやってみたら、歌えてたっ!)

時々びっくりするような気の利いたことも言います。

今日は実家の近くの美術館に隣接するレストランに、父と母と私で行ってみました。


こんなことができる日がくるとはっ!

小さなランチのコースを食べたのですが、

前菜代わりのスープ。美しい!


母だけはデザート付きを注文。

小分けにした各種デザートが盛られた美しいプレートが運ばれてくると、思わず一同、

「わぁ~!きれい!」



母、黙々と食べ始めます。あまりにも黙々と食べているので、思わず

「おいしい?」と聞くと

「言葉がでないほどおいしい」と。

ほほー!
そんなにおいしいなら、よかった!!!
連れてきた甲斐があった!
父もニッコニコです。

それにしても、そんなこと、言えるようになったんだ~♡

メインのお魚料理を少し残してしまったので、ああ、手軽なランチコースとはいえ、ちょっと母には多かったかな、と思っていたのですが、なのんのなんの。

デザートに挑むために、わざと残したそうです。そんなこと、考えるようになったんだねぇ。

デザートに挑む心意気と計画性にも脱帽でした。


それもこれも、やはりユマニチュード効果なのでしょうか?

うん、やっぱり、そんな気がします。
父、ほんとに頑張った。



さて、NHKの福祉ネットワークというのがあるのですが、そこがユマニチュードのDVD3本セットを無料貸し出ししてくれています。

それを借りて観てみました。



真近でアイコンタクトをとる・・・やってる
たくさん触れる・・・やってる
たくさん話す・・・やってる
立って歩く(そのためのサポートをする)・・・やってる

いいぞいいぞ、やってるやってる!と思いながらDVDを観ていたのですが、1つ、「わぁ、すごいなぁ」と思ったことがありました。

それは、ポジティブな声がけ。

ポジティブ・マインドとか、ポジティブ・シンキングって、素晴らしい面も、もちろん否定しないけれど、というか、そういう面が多々あると思うけれど、天邪鬼な私は、あまりにポジティブ、ポジティブ言うのって少し抵抗があるのです。

ずーんと落ち込んでいたい時もあるし、悲しみをとことん感じていたい時もある。

その気持ちを無視して「ポジティブじゃなきゃ!」って、ちょっと暴力的ですらありうる気がして…。

でも、ユマニチュードのポジティブな声がけは、なんか、いいなーと思いました。

例えば、
「○○さん、また会えましたね~。気持ちいい朝ですね~。○○さんといると楽しいです。今日も一緒にいましょうね~」とか。
そんな感じ。

私はこの「今日も一緒にいましょうね~」に、なんだか、ノックアウトされてしまいました。

「○○さんといると楽しいです。今日も一緒にいましょうね~」って、最高に安心させてくれる声がけじゃぁあーりませんか?

こんな可愛らしい女の子にこんなこと言われたら、完全に心奪われるわ。と、私の中のおじさんが言っとります。

いや、そういう話じゃなくて。何かができたから嬉しいとか、病が回復する明るい未来があるから嬉しいとかじゃなく、一緒にいることが嬉しいって、究極の許しというか、無条件に受け入れてもらえているというか。


これは、言ってそうで、言ってなかったな~。

で、さっそく、言ってみました。

「お母さんといると、嬉しいな。今日も一緒にいようね~」

母、やっぱり嬉しそうです。

父がお出かけの日も

「今日はお父さんがいないけど、お母さんといるから嬉しいな。一緒にいようね~」

そしたら、

「今日はお父さんがいないけど、浩子といるから嬉しいな。一緒にいようね~」

って返してくれます。

単なるおうむ返しなんだけど、、、
なんだか、嬉しいぞ!

こういうポジティブは、いいですね~♪


もっといろんなところでいろんな人に使っちゃおうっと。

父とか、ダンナさんとか(あ、もう言ってるかも!と、何気にのろける)、学生さんとか、素直に言えそうなシーンで、照れずに言うって、大事だな。

ま、逆にパワハラとか、セクハラとかになっても困るので、表現は相手によって変わってくると思うけど、その人がそこにいることが重要なんだというメッセージを、素直に出していけたらステキだな、と思います。

言われたら、やっぱり嬉しいもん。うん。


年末年始は長期一時帰宅をトライしてみて、それで大丈夫そうなら、また家に引き取ることになるかも?!という話がでています。

母は最近、ホームにもかなり馴染んできたようで(献身的なホームのスタッフさんのおかげです!)、最近ホームのことを「向こうの家」と呼ぶようになっています。なので、家に引き取るというのは絶対目標ではなくなってきているのですが、それでも、やっぱり、できることなら、という想いがあります。

私も、まとまった休みをいただき、いっぱいユマニチュードを実践できるチャンスなので、嬉しいです。

てなわけで、冬休みがとっても楽しみです♪






16:55  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.11.22 (Thu)

【妻】新しい関係


一つ前のブログで
「父と母の間に生じている新しい関係について書きたかった」
というようなことを言いましたが、
今日は、そのことについて書いてみようと思います。

父、毎日ホームに入り浸っています。
そして、いま、ユマニチュードという武器を手に入れました。

母、何でもないときは、よく下を向いてごみを拾っています(これも症状の一つなんだと思う)。
疲れているときや、機嫌が悪い時は、下を向いて、ぼそぼそ話します。
でも、疲れてもいなくて、ごみも拾っていないときは、よく父の顔を目で追っています。
父と話すときも、3人で話しているときも、父と私が話しているときも、
本当にしょっちゅう。

母、父を頼りにしているんだろうな。
父、本当に母の助けになりたくて必死で母に向き合っているんだろうな。


母が今のような状況になって以来、
私は毎日定期便のように実家に電話をしています。
初めのころは母は電話口に出てほんの少しでも話ができたのですが、
どんどんそれもできなくなり、今はもっぱら父と話しています。
(あ、でも、母、最近は少し回復してきて、電話口にも出てくれるようになりました!)


さて、前回の帰省の翌日、父に電話すると・・・

私「今日はどう?」
父「うーん、一言でいうとね、機嫌が悪かったね。」

この日、母は一時帰宅から直接デイケアに行き、
そのまま隣接するホームに戻る日。
昨日は「ホームがいい」なんて言ってたから、
ショックながらも少しほっとしていたのですが・・・

父「何か嫌なことがあったっていうんだけどね、 聞いても、わかんないとか、忘れちゃったって言うんだよ。」
私「そうかぁ。なんだかわからないけど、嫌だなっていう気持ちだけが残ってるんだろうね」
父「そうだねぇ。美子(母の名前)がそんなに元気がないと、僕もつらいなあって言ったら、“明日になったら、治ってるよ”なんて言うんだけどね」
私「へー。すごいこと言うね」
父「ね。時々ハッとするようなこと言うよ」
私「じゃあさ、あんまり気に病まなくていいよ。時によって気分が変わるだけだよ。
お母さんの感情に振り回されてたら身が持たないからさ。
 お父さんはいつも変わらず愛情だけを伝えてあげるのがいいと思うな。
  顔を手で包んで、“かわいいねー。大好きだよー”って言ってあげたら?」
父「浩子はそういうのが上手だけどね。なかなかできないねぇ」
私「でもさー、お父さんがやってあげたら、お母さん、ものすごく嬉しいと思うよ。私がやるよりずっと喜ぶよ!」
父「そうかねー」
私「いや、そこはね、確信あるよ。
お母さん、お父さんのこと大好きだから、
私がやるよりずーっとずーっと効果あるよ!」
父「そうかねぇ」

と、言いながら父、少しうれしそう。

そう。そこだけは自信あるのです。
母は父のことが大好きなので、
父に構ってほしいのです。

一方、父も、
私が母をハグしたり、
「かわいいねー、大好き!」って言ったり、
添い寝したり、にかくべたべたしているのを
隣で、ちょっぴり羨ましそうに見ていたりして、
そんな父に、私も気づいていました。

母がボケちゃう前は、そんなことをやってみようとも思わなかったと思う。
でも、母がだんだん複雑なことがわからなくなって、
ほんとにほんとにシンプルな感情だけが最後に残っていくのかな
という感じになってきて、
その感情にアプローチするために、私たち、必死。

だから、父は本当に真剣に母と向き合っています。
そんな父と母を見ていると、
これって、この状況にならなければ生まれなかった関係なんだろうなーと思います。

それはなんというか、とても、暖かくて、悲しくて、キラっとしていて、根本的です。
なんか、意味不明ですが、そんな感じです。


今、カウンセリングの勉強をしていて、
その課題として「思考観察」というのをやっているのですが、
浮かんでは消え、浮かんでは消える、
とりとめもない考えや思いと、そこにくっついている感情は、
全く自分でコントロールできないというか、していないというか、自動的と言うか、
ほんと、浮かぶがままです。

「これを考えよう」と思って考えていることは、ほとんど(いや、全く?)なく、
自分の意志とは関係なく勝手に浮かんでくる。
その意志でさえ勝手に浮かんでくるものだったりして、
あー、人間の思考っていい加減なもんだなーと思ったりします。
思いや感情に操られているだけで、
自由意志なんてないんじゃないの?とかね。

しかも、思いや考えが去っても感情が残っていたりして。
面白いもんです。


そんなこと思いながら母を見ていると、
母は人間の思考や感情の在り方の原型に戻っていっているだけなのかなーと、思ったりします。
その時に浮かんできた思いと感情に素直に反応しているだけ。

だからなのかな。
今の父と母を見ていると、
「根本的」っていう言葉が思い浮かびます。

もう、根っこのところでしか通じ合えないから、
土の下の根っこを必死で探して、
見えないどこかで相手を探り当てて、触れ合おうとしている。
そんな感じです。

なんだか、言葉がうまく探せなくてまどろっこしいのですが、
なんとなく、そんな感じ。

そんな父と母の時間、
あってよかったのかもしれません。

そんなこと言うと、父に怒られるかもしれないけれど、ないより、あってよかったのかもなって、思います。


父と母



14:12  |  介護  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2018.11.20 (Tue)

【妻】疲れた~(>_<)


2週間ぶりに実家に帰ってきました。

父も私も、そろそろお互い、母のサポート体制を持続可能な形にしなきゃねという話になり、私は試しに1週間帰省せずに過ごすことにしてみたのです。

久しぶりの実家と母、前日までは早く会いたいな~とワクワクでした。

ユマニチュード効果で母の回復は目覚ましく、帰省の前々日の父との電話では、父が家からホームにいる母に電話してみたところ、15回ぐらいなって、母が出た!というニュースもあり、父と二人で大喜び。

会わないうちにそんなに大きくなって、じゃない、そんなに回復しちゃって!

いよいよ帰省当日。
「ただいまー!」と帰ると、母、なんと台所に立って食器をあちこち移動しています。

おー!これは!!

しかし、片付けているのかと思いきや、全く見当違いのところに持っていき、それをまた別の見当違いのところに動かして、とやってます。

うむむぅ。いいんだけど、これ、次使う時、絶対探しまくって、イライラするやつだ(>_<)

ま、いっか。
「お母さん、ただいま!」と顔を覗き込むとなかなかいい表情。
ホッとします。

でもね。
少し落ち着いて、机を挟んで向き合って座って、バッチリ目を合わせられる態勢で話しかけても、下を向いていることが多くて、なんとなく元気がない。父に聞くと、昨日はいろいろ大変だったのだとか。

まー、いろいろあったのね。

で、私、こんなタイミングで聞かなきゃいいのに、母の元気なさが気になって、
「ウチの居心地はどお?」とか、、、
聞いてしまいました。

母「まぁまぁだねぇ」
私「まぁまぁかぁ」(内心ちょっとハートブレイク)
私(よせばいいのに)「ホームとどっちがいい?」
母「どっちがいい?」と父の方を振り向いて父に聞きます。

(あ~なんか、言いにくいことあるんだな~。スパッと言えないんだな~きっと。)

私「お父さんに聞いてもわかんないんじない?」
母「やっぱりホームかねぇ」
父・私、内心ガガーン!

な、なぜ?
その時その時の気分で言うことは変わるので、昨日の「大変だった」ことが響いてるのかな?
何があったの?お母さん。
↑説明がややこしいので何があったかは省略しますが、あとで父に聞いてみても、私から見たら、それほど大したことではないのです。

いやぁ、ハートブレイク!
父も私もショックです。

でも、その反面、少なくともホームがそんなに嫌じゃないんだと思うとホッとする部分もあります。

母曰く「ホームは、いいことも嫌なこともある」そうです。

そのホームに負けるってことは、うちもだいぶ嫌なことがあるのね~(>_<)
凹むわ。

そんなスタートだったせいか、今回の帰省は、なんだかどっと疲れてしまいました。

ケーキも食べたし、散歩もしたし、ボール遊びも、ババ抜きもして、大笑いもしたけど、何か心に穴が空いたよう。

父もため息が多く、かなり疲れてました。
きっと私よりショック、デカかったよね。


今後、母の暮らしをどうするか、私たちも考えていかねばならないので、今回の滞在で何度か母に同じような質問をしてみました。

「ホームは居心地いい?」
「家はどお?」
「こんな風に時々家に帰るのはどお?」
「明日ホームに戻るのはどお?」
などなど。

そしたら、母は、ホームにいて、時々家に帰るのがいいようです。

そうかー、そうなのかー。
父も私もてっきりホームより家がいいんだと思い込んでたよ。

でも、ここからは私の推測だけど、母がホームがいいと言うのは、たぶん家だと、父がバタバタと家事やら母の世話やらをしていて、母の扱いがどうしても雑になってしまいがちだからなんではないかと思うんです。

その点、ホームだと、父はずーっと母と向き合っていられるからなんではないかと。

父、本当にずーっとホームに入り浸ってるから、きっと寂しくもないしね。

実際母に
「ホームはいい?」と聞いた時…
「そうだね、まぁまぁだね」(一貫してます)
「嫌なことはない?」
「嫌なこともあるけど、いいこともあるよ」
「お父さんもいつも来てくれるしね」
「そうだね」
↑この「そうだね」の時に目が一瞬パッと開いてすごく力を持ったのを、言葉にとても実感がこもっていたのを、娘は見逃しませんでしたよ、お父さん!

つまり、母の言うホームは、父込み込みのホームなのかなと。

そう伝えたら、父、少し嬉しそうでした。

ま、でも、やっぱりハートブレイクだよね~(>_<)

そんなわけで、父も私も、なんだか気が抜けたと言うか、ちょっとショックというか、いつもよりぐったり疲れてしまった一時帰宅なのでした。


それと、立つ、伝え歩きする、言葉を交わす、と言う点では、たしかに大進歩しているのだけれど、認知症が少しずつ進んでいるのかなと思う部分もあり、そのことも、父と私を疲弊させる一つの要因だったと思います。

例えば、一緒におやつを食べて、さて、私はもう帰るね、となった時にも、私には目もくれず、別のお菓子のところに行って、お菓子の缶と格闘していたり。

皆でご飯を食べ始めるのがどうしても待てずに、食卓に出ているものから、手や楊枝で食べ始めてしまったり。

それを父に注意されて、意固地になって、ご飯を楊枝で食べ続け、最後まで楊枝で食べてとんでもなく時間がかかったり(あ、これがさっき説明を省いた「大変だった」ことです)。

家族としては、なんとも寂しさを感じずにはいられない出来事が少しずつ増えているように感じます。

そんなわけで、介護が始まって初めて、とてもとても疲れた気持ちで新幹線に乗っています。

私がこんなに疲れてるんだから、父、大丈夫かなぁ?


本当は父がユマニチュードを始めて、父と母の新たな関係性が生じていることとか、書きたいと思っていたのですが、なんだか、話が違う方向になっちゃいました。

現実は、なかなかキビシイですな!



私が子供の頃恒例だった、かもおばあちゃん(父の母)と行く藁とり。父の兄弟と、私たちの従兄弟が大集合。


おまけ

私が自宅に帰り着いて実家に電話すると、父が
「さっき、お母さんがお風呂に入りたいって言い出してね」と言います。

お風呂は、母、大好きなのですが、脚力が弱まったのと、痛み止めで頭がふわっとしてしまうのとで、バスタブから立ち上がれなくなり、溺れかけて、父が必死の思いで救出というのを何度もやっています。

それが続くようになったため、家での入浴は避け、随分前からデイケアで入らせてもらっています。

しかも、今は、その頃より脚力はずっと弱くなっています。

それでも父、「じゃあ、お水溜めていないバスタブで練習してみて、出来たらにしよう」と言って、練習してみたのだそう。そしたら、練習するうちに母の気が変わり、シャワーがいいと言い出したそうで。

「結局シャワー浴びて、 今着替えて、一段落してね。 これから歯を磨くところ」とな。

どこまで優しいんだ、父。
あんなに疲れてたのに。

お母さん、昔よく
「お父さんと結婚して本当に良かった」
と言ってたよね。

娘は今思うよ。
あなたのその言葉は、全くもって正しいです!

ほんと、お父さんと結婚して、良かったね、お母さん。






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